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プロローグ 令嬢ブリギッタの宿命


「ねえ、お父様」



 長く畝った黒髪に澄んだ碧眼を持つ少女は父の膝上に凭れて、彼に声をかけた。眼鏡をかけ、一見厳格そうな顔つきをした男性は手元の本から娘に視線を移すと、彼女に優しい笑みを向けた。



「どうしたんだい? ブリギッタよ」



「どうして、私は離れのお屋敷に行っては行けないの?」



 少女がなんてことはなしに尋ねると、父は難しい顔をした。



「それはね、このドルヴァンネ家の絶対的な秘密に関わることなんだよ」



 彼は本を閉じると、娘の頬を撫でた。



「ブリギッタ、お前はまだ幼すぎる。この父が今際の際になった時に、全てを話し、これを授けよう」



 父はそう言うと、首元にかけた古ぼけた真鍮の鍵をブリギッタに見せた。



「それは?」



「離れの鍵だ。お前はいずれこのドルヴァンネ家当主となる身。その時にはこの屋敷も財産も、離れも全てお前の物となる」



 まあ、そんな時は随分先だがな。そう言って苦笑いする父に対し、ブリギッタもつられて微笑み、再び父に抱きついた。



 しかし、約束の時は随分と先に来た。



「お父様、早すぎますわ……」



 ブリギッタが十八歳になったとき、ドルヴァンネ伯爵は急病で倒れ、親子は碌に別れの言葉も告げられずに死に別れた。「べニート•ドルヴァンネ」と刻まれた墓石の前で、雨に打たれながらブリギッタは膝から崩れ落ちた。



 傍らに控えていた彼女のお付きの執事、シャルル•ヘレンツァはそっと主に傘を向けた。



「ブリギッタ様、お風邪を引いてしまいます」



 しかし、ブリギッタは聞く耳も持たずに首を振って叫んだ。



「いいわ、風邪なんていくらでも引いてあげる。そうすればお父様の元へ行けるんだから!」



 ブリギッタは耐えきれず、父の墓石にしがみ付いて苦しそうに泣き声をあげ始めた。シャルルはそっと目を伏せると、自分の上着を主君の肩にかけて共に膝をついた。



「どうかご自愛を」



 シャルルが優しく声をかけると、ブリギッタは彼の胸に抱きついて、子供のように泣きじゃくった。



「お父様ァァ、どうして死んじゃったの!? どうか私を置いていかないでくださいまし! お父様ァ」



 彼女は父を想って泣いた。しかし同時に、これから訪れる貴族としての使命、責任の重大さに恐怖をしていた。



 十八歳の彼女には父が隠していたドルヴァンネ家の宿命を想像することなどできなかった。




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