服の留め具
ウィンはあらためて寝室を見渡した。
寝台は激しく乱れている。この上で悶絶したのだろうか? 寝台の上で薬を飲まされるというのはどういう状況なのか。
ウィンは首をかしげたが、視界が斜めになっただけで何も分からなかった。
窓のよろい戸は閉じられ、ここも内側にかんぬきが差し込まれている。
「窓はこの状態だったのですか?」
「皆さまが夕食をお取りになっている間に、私がお閉め致しました」
ゲルネセルムが答えた。
寝台の近くに設置されている棚は、先ほど見た通り。背後に隠し扉が……ということもなかった。
「ん?」
寝台の下をのぞくと、縁の真下付近に何か落ちていた。直径一・五セルほどの木製の丸い板。衣服の留め具だ。だが、ポセワイゼスの服に付いているものとは違う。
ウィンが留め具を拾い上げると、背後でアレナセイアが声を上げた。
「どうかしましたか?」
「い、いえ。客室にそのような物が落ちているなど……。ゲルネセルム、掃除係は何をしていたのですか?」
「申し訳ございません、奥様。私からきつく注意しておきます」
「私からも一言、言いたいことがあります。ゲルネセルム、行きましょう」
アレナセイアは形の良い眉をつり上げて、ゲルネセルムと共に出ていってしまった。
ウィンはろうそくの火にかざして留め具を観察した。表面が滑らかに加工されている。装飾も兼ねた、貴族向けの物だ。強引に引きちぎられたのか、留め具には糸だけでなく服の生地まで付いていた。
「あの……」
若い女性の声がした。ウィンが振り返ると、この屋敷の使用人とおぼしき服を着た女性が寝室の扉付近に立っていた。
「お嬢様の侍女のメリエリナと申します。監察使様のお手伝いをゲルネセルム様に仰せつかりました」
メリエリナは、わずかに曲線を描く栗色の髪を顎下辺りで切りそろえている。茶色の瞳がくりくりしている。二〇歳くらいだが、少女の面影をまだ残している。
ウィンの相手をする者ができたからか、ガルダレンはウィンに一礼するとどこかに去っていった。
この部屋で見るべきものはないと判断したウィンは、寝室の燭台を手に取るとメリエリナを促して寝室から退出した。
燭台をかざして、客室の居間を眺めた。居間にもろうそくを差した燭台があったが、ろうそくは全て消えていた。ポセワイゼスは、寝ようとして火の始末をしたようだ。
「やや!」
「どうなさいましたか」
「ほら、これ」
ウィンが、床から刃渡り一〇セルほどの小刀を拾い上げた。
死体に刺し傷はなかった。少なくとも目立った出血はなかった。小刀にも汚れは見当たらない。この小刀は何を意味するのか。
特に意匠を凝らした物ではないので、持ち主を特定するのは難しいだろう。この屋敷の住人の物だとすれば、口裏を合わせてかばわれたらお手上げだ。
ここに小刀が落ちているのは不可解だが、今はこれに深入りしても進展はないだろう。そもそも犯人の物かどうかも分からない。
鞘は見当たらなかった。ウィンは小刀を布で巻いて懐にしまうと、さらに部屋を観察した。
長椅子の前の卓に、ガラス製の杯が置いてある。底にわずかにぶどう酒が残っている。念のため確かめたが、変わったニオイはなかった。
「監察使様、一体何を?」
「ポセワイゼス卿の口から妙なニオイがしてたんだよ。毒薬か何かのニオイかな。どこでどうやって飲んだんだろうね?」
ウィンはわははと笑った。メリエリナには、何が面白いのかさっぱり分からなかった。




