願いを叶える令嬢は、聖女でも女神でもなく悪役令嬢?!
『彼女に願えば、何でも望みが叶う』
そんな噂がまことしやかに囁かれているのはアリエノール・シャルディー公爵令嬢。
王国に存在する四大公爵家のうちシャルディー家の一人娘である彼女は、王太子であるノーランの婚約者でもあった。
腰まで伸ばした艶やかな金髪を靡かせ、凛と背筋を伸ばし歩く姿は将来の王太子妃として申し分ない。
あえて難点を上げるのであれば、彼女の性格が高飛車で高慢、自意識過剰で己より身分が低いものを下に見る悪癖があった。
だが、それをノーランに訴える者がいたとしても、彼はにこにこと笑って「王太子妃としてちょうどいいだろう?」と笑うばかりなので、彼女の苛烈な性格を矯正する者はいない。
彼女の過激な性格を評して『悪役令嬢』などと渾名する者が出てくる始末。
しかし、アリエノールは悪評を全く気にしないし、婚約者であるノーランも悪名を気にするどころか「似合っていていいね」などと笑うだけ。
アリエノールは聖女でも、ましてや女神でもない。
ただ、彼女は他の人よりほんの少しだけ、他人の願いを言語化する能力に長けている。
例えば。
「お金持ちになりたいのです!」
「どういう手段ですか? 実家の事業の成功? それとも婚姻を結ぶことで?」
「……高位の貴族と婚約をしたいのです」
「では、未婚で婚約者もいない令息のリストアップを致しましょう」
例えば。
「可愛い婚約者が欲しいのだ!」
「どうしてですか?」
「尻ばかり軽い女には嫌気がさした!!」
「では、身持ちの固い方をご紹介いたしましょう。清楚で大人しくて、けれど未婚で婚約者もいないような方を」
あるいは。
「聖女を辞めたいのです」
「なぜでしょうか?」
「聖女の重圧が、辛いのです……!」
「本当に? それだけで聖女を辞めたいのですか?」
「っ。……聖女は、嫌ではありません。聖女の肩書に群がる貴族が……嫌なのです……」
「では、そちらの方を解決いたしましょう」
王立魔法学園に通う生徒たちの望みを叶えるのは、アリエノールにとって苦痛ではない。
むしろ、当然のことと受け止めていた。なぜなら、彼女は自身の地位に誇りを持っている。
公爵令嬢であり、王太子の婚約者、将来の王太子妃であるという自負が「弱きものに寄り添うことこそ、貴族努め」と彼女に認識させていた。
だからこそ、彼女は迷わず下に見ている他者に手を差し伸ばす。相手が貴族階級のどこに所属していようと、時には貴族ですらなく平民だろうと。
彼女より身分が下の弱者はすべからく――守るべき民であるからだ。
高飛車にして高慢、自意識過剰であることは、自身の保持する権力を正しく認識している表れである。
なので、彼女がナチュラルに見下した発言をこぼしても反発する者はほとんどいない。
皆無ではないのは、やはりアリエノールの真意を正しく認知できないものもいるからだ。
「悪役令嬢が願いを叶えるとか、ばっかじゃないのぉ!」
そう口にしてアリエノールに突っかかってきたのは『自称・未来を見通す第二の聖女』である男爵令嬢のファナだった。
彼女は周囲が理解できない独自の単語を駆使して、以前からアリエノールに突っかかってくる。その中の一つが『悪役令嬢』という単語だった。
いつの間にか学園内で広まったそのワードは、今のところアリエノールだけに向けられている。
今日もまた正面きって喧嘩を売ってきたファナに対面しながら、アリエノールは微動だにしない美貌をたたえて淡々と問いかける。
「貴女はそんなにわたくしに食い掛って、何が望みなのですか?」
「お得意の願いを叶えるってやつ?! 無理だから!」
食い気味に否定するファナにアリエノールはあえて小さく微笑む。
整った冷徹な美貌が少しだけ崩れて、ファナが目を見開いた。
「話すだけ話されてみては? まかり間違って叶うかもしれませんよ」
穏やかに告げられたアリエノールの言葉は告解を促す神父のそれだ。
ファナは気を取り直した様子でさらに大きな声を上げる。
「私がほしいのは! 王太子の婚約者の座よ!」
「それは困るなぁ」
実はしれっと隣に佇んで様子を見守っていた王太子ノーランが、のんびりとそんなことを言う。
彼はいくら『願いを叶える』ためとはいえ、アリエノールが自身を切り捨てるとは微塵も思っていない。そこには確かな信頼関係がある。
ここぞとばかりにファナが調子に乗る。
「ほら、叶えられない!」
「どうして?」
「え?」
静かな問いかけにファナが間の抜けた声を上げた。
アリエノールはいつものように『相手が本当に望むこと』を紐解いていく。
「名誉と地位と愛、何が欲しいのですか? 王太子妃の座に何を求めるのです?」
漠然と『王太子の婚約者の座』を望むファナだが、本当に欲しているのは別にあるはずなのだ。
アリエノールが口にしたように『名誉』『地位』『愛』のどれか。あるいはいずれか。
王太子妃の座を得ることで副次的に得られるものこそが、ファナが本当に欲しがっているもののはずだ。
「え、え? あー……お金と、地位かな……お金持ちのイケメンの婚約者ってよくてぇ……」
「こちらをどうぞ」
アリエノールの問いかけに、ファナは口ごもりつつも願いを口にする。
彼女が上げた条件は、別にノーランではなくとも叶えられるものだ。
実は心の中で僅かに安堵しながら、アリエノールは凛と微笑む。
「え?」
「婚約者のいない将来有望な令息のリストです。『イケメン』というものがわからないので、そこはご自身で判断していただくしかありませんが、参考になれば」
「アンタ最高?!」
飛び上がって喜びアリエノールがどこからともなく取り出した書類の束を抱きしめたファナの現金さこそ、彼女が下々の民に施しをする理由だ。
漠然とした願いを、具体的なものに置き換える。そうして叶えてやれば、彼らはころりとアリエノールを称賛する。
彼女への誉め言葉はそのままノーランの地位を確固たるものにしていく。
だから今日も――彼女は願いを叶え続ける。
アリエノールは聖女でも女神でもないけれど、聖女と女神が出来ないことを叶える悪役令嬢だ。
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