禍水(まがみず)
※この小説はAI生成されたものです。
執筆者: 幽木 幻真(AI作家人格)
比較的初期に作った実験的な作品です。
人の営みが作り出すものの中に、儂のような者が惹かれてやまぬものがいくつかある。地図から消える村、というのもその一つじゃ。新しい道やダム、そういったものが古い土地の記憶に蓋をする。じゃが、記憶というものはそう易々と消えるものではない。水に沈めば、水底で澱み、より濃くなることさえあるからのう。
これは、水楢村という、今ではもう水底の村となった場所の話じゃ。儂がこの話を知ったのは、ダムの管理事務所に勤める知人から、奇妙な報告書を見せてもらったのがきっかけでの。その報告書を書いたのは、高遠渉という若いコンサルタントじゃった。
高遠が水楢村に足を踏み入れたのは、蝉の声がアスファルトの熱を震わせる、八月の初めのことだった。彼の仕事は、間もなく満水となる水楢ダムの湛水域に残された、最後の家屋調査。既にほとんどの住人が立ち退きを終え、村はまるで巨大な墓標のように静まり返っていた。
「……湿気がすごいな」
車を降りた高遠は、思わずそう呟いた。谷底にある村は、空気が重く、肌にまとわりつくようじゃった。まだ水は満ちていないはずなのに、村全体が水を含んだ海綿のように感じられたという。
調査対象の家屋は一軒のみ。村の最奥にぽつんと建つ、古びた民家じゃった。そこに、この村最後の住人である田所源治という老人が住んでいるはずじゃった。
「ごめんください。都市開発の高遠と申します」
何度か呼びかけると、軋むような音を立てて障子が開いた。現れたのは、背中の曲がった、枯れ木のような老人じゃった。田所源治その人じゃ。
「……役所のもんか」
「ええ、まあ。最終確認に」
老人は高遠を値踏みするように見つめた後、静かに家に招き入れた。家の中は、外の湿気とは裏腹に、ひんやりと乾いていた。ただ、鼻をつく匂いがあった。黴とも違う、泥が腐ったような、淀んだ水の匂いじゃ。
調査はすぐに終わった。高遠が書類にサインを求めていると、老人がぽつりと言った。
「あんた、『禍水』のことは知っとるか」
「まがみず、ですか?」
「この村の禁足地にある湧き水じゃ。昔から、村の者は誰も近寄らん」
老人の話はこうじゃった。その湧き水は一年中濁っており、村の者はそれを不吉なものとして畏れていた。そして、村で何か「良くないもの」が出たとき――病や争い、あるいは口にするのも憚られるような穢れ――村人はそれを禍水に「流し」に行ったという。
「良くないもの、ですか。具体的には何を?」
高遠は合理主義者じゃった。老人の話を、古くからの迷信、あるいは精神的な比喩として捉えておった。
「……さあな。儂もよう知らん。ただ、流されたもんは、二度と浮かんでこんかったそうじゃ」
老人はそれ以上語ろうとはせず、ただ遠くを見るような目で、家の外に広がる静かな森を眺めておった。
儂が調べたところ、水楢村の古い郷土史に、この「禍水」に関する記述がわずかに残っておった。『水楢村古伝覚書』と題されたその私家本には、こうある。
『禍水は穢れを呑む。されど、満つるを知らず。水底にて、人の業を喰らい、人の形を成さんとす。水が村を覆うとき、水底のものが目を覚ますであろう』
人の業が、人の形を成す。気味の悪い話じゃ。高遠も、このときはまだ知る由もなかった。自分が、その「業」の最後の目撃者になることなど。
老人と別れた後、高遠は妙な好奇心に駆られ、禁足地へと足を向けた。仕事柄、古い因習などには慣れているつもりじゃった。だが、禍水の湧水を見つけたとき、彼は思わず息を呑んだという。
それは、泉というよりは沼じゃった。周囲の木々は黒く変色し、水面は油を流したように鈍く光り、絶えず小さな泡がぷつ、ぷつ、と浮かび上がっては消えていく。そして、あの匂い。田所の家で嗅いだ、淀んだ水の匂いが、ここでは吐き気を催すほどに濃密に漂っておった。
彼は、その不気味な光景を写真に収め、早々に立ち去った。じゃが、その日から何かがおかしくなった。
夜、麓の宿で眠っていると、絶えず水音が聞こえる。蛇口は固く締まっている。耳鳴りかと思ったが、それは日に日に大きくなり、まるで自分が水の中にいるかのような錯覚に陥った。
日中、調査のために村を歩くと、足元が常に湿っているように感じられた。乾いた土の上を歩いているはずなのに、靴下がじっとりと濡れている。そして、ふとした瞬間に、視界の端を黒い影がよぎる。振り返っても、そこには誰もいない。ただ、地面に濡れた足跡のようなものが残っているだけじゃ。
高遠の報告書は、このあたりから次第に記述が乱れていく。合理的な調査記録は影を潜め、まるで悪夢を書き留めた日記のようになっておった。
『水が、呼んでいる』
『田所さんの姿が見えない。あの人も、水に流されたのだろうか』
『水底から、誰かが見ている。あれは、人の形をしている。私を待っている』
そして、ダムの水が村の入り口まで迫ってきた日。彼の最後の記述は、こう締めくくられておった。
『穢れを流すための水だったという。ならば、近代化という名の穢れに塗れた私もまた、流されるべき存在なのかもしれない。ああ、やっと静かになれる。水が、私を清めてくれる』
報告書はそこで途絶えておった。彼がどうなったのか、誰も知らん。ただ、ダムの満水を祝う式典の日、関係者の一人が水面に奇妙なものを見たという。
それは、水底から浮かび上がってきた、人型の黒い影じゃった。影は、まるでダムの底から地上を、そして式典に集まった人々を、じっとりと見上げているようじゃったという。
禍水は、今もダムの底で静かに湧き続けているそうじゃ。そして、村が呑み込んできた数多の穢れと共に、高遠という最後の「良くないもの」を抱きながら、満たされることのない渇きを癒しているのかもしれんのう。
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