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三章 目には目を。歯には歯を 2


 あれだけ聞こえていた銃声がぴたりと止んだ。最初はオークションに勤しんでいたが、それどころではないと気付いたのか一旦やめて事の成り行きを聞いていた。犯罪組織のボスも気が気でない。あれだけ送り届けた部下達が報告しないばかりか誰一人帰ってこない。この部屋にいる部下の数は少ない。客や商品もいるこの状況は色々と面倒だ。

 二人ほど様子を見に行かせようとした時、部屋の扉が激しくノックされた。敵の襲撃に備えてロックしていた。誰が来たのかモニターで確認しようと部下が近寄る。

 モニターを見ようとした時。けたたましい重い発砲音の直後、扉が爆発したかのように銃撃されて部下が蜂の巣になった。少し離れた位置で紗来奈が伏射体勢でペチェネグ機関銃を撃っていた。ロックの意味もなく、瞬く間に扉は粉々になった。それでも撃ち続け、敵の頭を出させなかった。全弾撃ち尽くし、乃愛がアサルトライフルを構えて突入。紗来奈も拳銃を抜いて後に続く。

 そこから先は、実に呆気なかった。残っていた犯罪組織の戦闘員は少なく、反撃の余地すら与えられずに撃ち抜かれていく。ほんの数十秒の出来事に犯罪組織のボスと客達は動けなかった。商品である少年少女達も同様だ。

「クリア」

「こっちもクリア」

「あのさぁ、撃ち過ぎなんだけど! この子達に当たったらどうすんのさ!?」

「当てないって言ったじゃん」

「やだもうこの脳筋のヤニカス」

「うっさいなヤンデレ地雷」

「まだ愛の重さがあるからいいですぅ」

「地雷が余計だって言ってんの」

「な、なんなんだお前ら……!」

 ボスが拳銃を向けたが、乃愛が躊躇なくアサルトライフルで頭を撃ち抜いた。今まで取引していた男が死体に変わり、中東アジアの男は恐怖した。

「目的はなんだ。コイツか? あの商品かっ? だったらくれてやる。持っていけ。金もやろう! いくら欲しいか言ってくれ! わ、私は国を代表してここに来ているんだ! 満足のいく取引がきっとできる!」

 二人は淡々と銃のマガジンを交換した。男の言葉を聞く耳は持っていなかった。

「英語くらいわかるだろ! 何が望みだ!?」

「クズの命」

「それだけあれば充分だよ。ばぁか」

 紗来奈と乃愛は同時に男の頭を撃ち抜いた。そればかりではなく、客として参加していた者達も殺した。鏖殺した。それも仕事の一つだった。この場には無関係な人間など誰もいない。

 殺し尽くして、今度こそ静寂が部屋を包んだ。空薬莢がむなしく転がる音がいつもより響いて聞こえた。紗来奈は周囲を警戒。乃愛は銃を隠すように少年少女達に歩み寄る。目当ての少女を見つけると、マスクを取ってしゃがんだ。

「貴方のお父さんの頼みで助けにきたよ」

「…………帰れるの?」

「うん。皆も一緒に」

 笑って見せた乃愛は少女を優しく抱き締めた。見ていた紗来奈は表情を変えなかったが、煙草を吸ってゆっくり紫煙を吐いた。

「さぁ。お家に帰ろう」



 都内にある高層ホテルの屋内プール。大きな展望ガラスの向こうには東京都の夜景を一望できる。大きな温水プールに広々としたプールデッキには専用の高級デッキチェアが並んでいた。そんな室内のプールで一人のツーブロックの男がゆっくりと泳いでいた。筋力トレーニング後のリラックスタイムのようなものだった。プールから上がり、高級デッキチェアに座ってミネラルウォーターを飲んだ。筋力トレーニングで鍛え続けた体は逞しく、太いところは太く細いところは細かった。脂肪などという物を排除しようとしている体だった。

 広々としたプールエリアには男一人しかいない。利用時間は過ぎていたが、関係者に多くのチップを渡して特別に使わせてもらっていた。仕事に追われながら、こうやって一人でリラックスできるのなら安いものだ。

 ミネラルウォーターを横のサイドテーブルに置いてアイフォンを操作する。いくつかメッセージがきているが大事な要件のものはきていない。先程済ませた仕事は今回も上手く纏まった。とても良い一日だった。部下はまだ働いているが、一足早く部屋に戻って赤ワインを一杯飲めば、とても良い心地で寝られるだろう。

 それを邪魔したのは、出入口が開かれて室内に響き渡るハイヒールの足音だ。凜とした強い足音はリズムを崩すことはなかった。男が起き上がって顔を抜けると、赤いブラウスの上に白いジャケットを羽織り、タイトスカートを履いている女性──エミリアが笑顔を見せながら近寄っていた。

「随分と良い仕事終わりの過ごし方をされていますね。この後はプロテインを一杯やりますか?」

「良い仕事をできたので赤ワインを開けようと」

「どこの赤ワインを?」

「リベラ・デル・ドゥエロを」

「いいですね! 生ハムとハードチーズを黒胡椒たっぷりにふりかけて食べれば間違いなしです!」

「そうですね。失礼ながら、お名前を聞いてもよろしいかな?」

「名乗るほどの者ではございません。それでも言うなればジェーン・ドゥですか」

「ジェーン・ドゥ?」

「名無しの権兵衛です」

 目の前に立ったエミリアは笑顔のまま腕を伸ばし、男の首を掴んだ。抗おうとした男だったが、虚をつかれたとはいえエミリアの力は予想以上に強かった。捻り込まれるのではないかと思うほど指の力は強く、一つ間違えば肉に食い込むほどだった。事実、短く切り揃えた爪が食い込んで少しだけ血を溢れ出させていた。

 デッキチェアから落とされて床に倒された男にエミリアは馬乗りになる。男の両腕を足で上手く押さえ込んで使い物にできなくさせた。男に自分が履いている黒い下着を見せつけることになっても気にしなかった。もがこうとする男だが、両腕はエミリアの足で押さえ込まれて動けない。暴れる男を黙らせる為にエミリアは右の拳を振り上げると、男の左眼球を目掛けてハンマーフィストを叩き込んだ。硬い拳で瞼がぱっくり切れて血が溢れるが、エミリアはかまわずに殴り続けた。

「貴方が私のことをご存じないのは好都合です。私は貴方のことを存じ上げていますよ。岸和田きしわだ博敏ひろとし。三九歳。バツイチ。大学卒業後に諸外国を巡った後に貿易商の下で働き、数年後に自ら貿易商となる。香辛料を中心とした荷物はやがて人と麻薬と武器の隠れ蓑になり、シリア政権崩壊後は即座にバルカンルートへと介入を始めた。凄いですものね、国が密輸していた銃と麻薬の魅力と誘惑と恩恵は。中東アジア人の仲介を経て正式に運び屋となり、人身売買を生業とする犯罪組織とも親密になっていく。ヨーロッパ系統の少年少女の穴の感触はどうでしたか? それともモルドバ人がお好みですか? それとも口とか、もしくは尻の方がお好みでしたか? まぁ、穴には変わりませんか」

「な、なんだお前!?」

「言ったじゃないですか。身元行方不明者ジェーン・ドゥって」

 男の言葉を聞くこともなく、エミリアは笑顔で殴り続けた。瞼やこめかみ、頬や鼻。くまなく殴り続ける。殴り続けた手の拳から血が滲もうともかまわなかった。

「テメェ、この、ガキの殺し屋なんか使ってるクソ野郎が!」

「なんだ。知っているじゃないですか。その子供達に貴方の大事な取引相手、殺されてますよ」

 ボロボロになった男の顔。首根っこを掴んだままのエミリアは引き寄せた。

「結末は変わりませんが、選択肢は与えましょう。なにか言い残す言葉はありますか?」

「…………ヒーローにでもなったつもりか? ダークじゃねぇか。ガキに殺しさせて自分は高みの見物して、やってることは俺と同じじゃねぇか。もしくは俺以上に外道だな、このアバズレが」

 エミリアは「ふぅむ」と黙り込んだ。不気味な間を空けて口を開いた。

「ダークヒーローが嫌いです」

 静かに言い放った。

「正確に言うなら、その呼称が。己のルールに則って自分の行いが外道であろうとも手段を問わず、なんとしてでも掲げた信念を押し通す傍若無人。加えて苦悩を抱え、葛藤しているその姿。そんなものを見て、観衆は心を惹かれるのでしょう。闇に浸りながらも光を忘れない孤高の存在だと。私は、そんなものが嫌いです」

 エミリアは表情を変えずに続ける。

「だって、ヒーローはヒーローでしょう? ダークだろうがシャイニングだろうが、ヒーローはヒーローですよ。敵対するものはただのヴィランだ。ダークもなにも関係ないと思うんですよ」

「……そんな、極端な」

「極端? 確かにそうですね。けど、世の中そうじゃないですか。私と貴方。こちらとあちら。光は光、闇は闇。白は白で黒は黒。正義と悪。絶対に混じり合うことのない道理で埋め尽くされている。ほら、簡単じゃないですか。()()()()()()()()()()

 男は今、恐ろしいものと対峙している。人の域を超えた化け物を見上げている気分だった。

「それに、この道理だってなんとでも変えられるじゃないですか。白を黒と騙し、烏を鷺だと偽ることもある。重要なのは混ぜないことです。灰色は絶対に作らない。どちらか一方にしかさせないことです。中途半端にやることが一番駄目ですよ」

 話すことはおろか、目を合わせることすら怖くなってきた。目の前で見下ろしているこの女の眼球は人形のガラス玉のようなのに、心理を見つめてくるような責める瞳だ。

 殺意もなにも見えないガラス玉の瞳が見下ろし続ける。

「話が逸れましたね。意見がころころ変わって掌返しする連中が多いこの世の中ですから、他人が決めることではないと思うんです。そもそもヒーローだろうがダークヒーローだろうが自己満足エゴイズムを満たす為に動いているじゃないですか。世界を救う為。己の正義を全うする為。苦悩と葛藤を打ち破る為。信念を貫く為──みんなみんな、エゴじゃないですか。ヒーローとはエゴの塊だ。()()()()()()()()()()()。己のエゴイズムを満たして貫き通すのならば、誰であろうと立派なヒーローなんですよ。ダークなんて関係ない。個人的な正義であろうとも。ですから──」

「まっ──」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 男の制止を聞かず、エミリアは拳を振り下ろした。何度も、何度も振り下ろした。

 肉が裂けて骨が砕ける音が鳴り止み、エミリアは立ち上がった。眼前にはだらしなく大の字に寝っ転がり、小さく呻き声を上げている男の姿だった。

「うん。休憩にはいいでしょう」

 笑みを絶やさずエミリアは立ち上がって入口に向かっていく。男は虫の息のまま床を這いつくばり、散乱とした自分の荷物に手を突っ込む。そこには普段から隠し持っていたグロック17拳銃が隠されており、薬室にも銃弾は装填されている状態だった。

 発射されることはなかった。男が拳銃をエミリアに向けるより早く、狙っていたエミリアの部下が狙撃して頭を撃ち抜いた。撃ち抜かれた死体はプールに落ちて、まるで絵の具のように死体を中心に赤い色が広がっていった。

 そもそも、この階が制圧済みだと理解するべきだった。エミリアによってフロアは制圧され、このプール部屋は部下によって掌握済みだったのだから。逃げ道などどこになかったのだ。

「ナイスショットです」

『挑発し続けるのはやめてもらえますか? 指が掛かりっぱなしなのは心臓に悪くて』

「そうでしたか。でしたら今後もお願いしましょうか。貴方にしかできないことですから」

『あのですねぇ』

 無線機の外で呆れる声が聞こえ、エミリアは笑った。

「貴方にしか頼めないことなんですよ。今日はありがとうございました。後始末はこちらでしますから貴方はあがってください」

『差し入れもなしで?』

「ちゃんと良い日本酒をあげますから」

『わかりました。お気を付けて』

「貴方も」

 通話していた男の部下は連絡を切った。エミリアは死体を眺めるが、特に思うこともなくその場を後にした。プールエリアに空しくハイヒール音が響いていき、扉は閉まると無音のような空間になった。

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