その7 行こう行こう魔の山へ
※この小説は実際は登場人物全員が関西弁を喋っていますが、わかりやすさのため標準語でお届けします。
天使と悪魔っていいよねと思って書きました。
前回の続きです。前回読んだ方がいいかもです
レストランで食事をしていて、ふと最近インターネットで見かけた陰謀論の話になった。ツッコミどころが満載で、めちゃくちゃ盛り上がってしまい、混んできたレストランを退店した後もベンチに腰かけて1時間くらいしゃべりまくってしまった。
「さすがにワクチンを打ったらその中にマイクロチップが入っていて、そのマイクロチップのせいで体に金属がつくようになった、は面白すぎますよね」
「よしんばマイクロチップがワクチンから入ったとして、金属がくっつくは無理筋では」
「ていうかそれはもはやマイクロチップではないですね」
「いやほんとそれなんよ。しかも入れてどうするのっていうね。犬じゃあるまいし」
「我々を管理しようとしてるらしいです」
「管理て。犬じゃん。私、人間だから自分で身分証とか出せるよ。あ、それか、無縁仏になった時に機械で読み取って、ピッ! この死体は奈良県在住の巴です。ご愁傷さま、って? それやるなら普通に言ってからやればいいでしょ」
「隠す必要全くないですよね。ていうか、反ワクの人って陰謀論好きですよね」
「教育が完全敗北してるよね」
「よくないなあ」
「人類の叡智を否定するのはよくないよね」
「何も信じられなくなってるんでしょうね」
「かもね。テレビは嘘、インターネットには本当のことが書いてある」
「自分は騙されている」
「自分は陥れられている」
「社会には裏に悪者がいて、皆は気付いていない」
「自分はどんどん搾取されている」
先輩とは『それはないわ』のツボが合うので、本当に信頼できる。安心して皮肉も言えるし、ルルポよく二人でめちゃくちゃ文句を言える。陰謀論信者の方には悪いが、僕らは『陰謀論に騙されない賢い大学生』という自分象に酔っているため、誰もこの茶々入れを止めることなどできない。お互いの信じる物が完全に別なので、住み分けていく方向でお願いしたい。
ただまあ、反ワクチンとか、小学校もう一回出てから言った方がいいと思いますよ(笑)
……失礼しました。
「こういうの、普通絶対信じないよって思うんだけど、でもすごく本気で信じている人がいて、そんな人のSNS投稿とか見ると、普通ってなんだろって思うよね」
「僕たちの普通は普通じゃないってことでしょうね」
「それね。私が信じてない方が普通になったらすごく嫌だなって、本当に憂鬱な気持ちになる」
「こういうのに本気で騙されている人を見ると心配になります」
「同じ社会にいるのに、立ってる地面が全然違うんだよ、その違いはどこから生まれるんだろう」
「不思議ですよね」
違いがどこから生まれるのか。それはわからないけれど、見なければ知りえなかったことがスマホやSNSによって可視化されてしまった。
僕とややこしい友人たちは、確かに見えている世界が違うと思う。
僕と巴先輩もだ。世界観が違うと思うことはたびたびある。僕は「自分なんて」と思う気持ち自体はわからないではないが、先輩のことが好きなので、先輩が自分を卑下する気持ちを永遠に本当の意味では理解できないと思われる。
その溝が深いか浅いかの違いはあれど、他人の気持ちなんてわからないものなのだ。
「僕、ややこしい人は結構好きですけどね。友達も風変りな人が多いし」
「風変りって?」
「めっちゃこだわりが強い子とか、突飛もないことを言いだす子とか」
「へえ……それで困ったことにはならないの?」
「なります」
「なるんだ」
「お気に入りのシャツが洗濯されてしまって着ていけないから遊びに行くのキャンセルとか。真冬の夜集まって花火して、それだけでもアレなのに急に海を見に行こうって言いだして深夜に和歌山の海まで車飛ばすとか」
「前半は嫌だけど後半はちょっとうらやましい」
「眠くて事故りそうでかなり怖かったですけどね」
「やっぱやだ」
「でもまあ、無茶に付き合うのが楽しいというか」
「そうなの? 心広いね」
だから、もしかしたら先輩もややこしい人のかもしれないけれど、僕は受け入れる覚悟でいます。と言いたくてこの話をした。だが、先輩の顔を見ると『それはないわ』の白けた顔をしていた。
「さて、そろそろ行こっか」
スマホを確認すると、時刻は二時半。いささか話し込んでしまった。
巴先輩とはいつもそうである。話していると時間が一瞬で過ぎる。
先輩の皮肉は今日も切れ味が鋭くて聞いていてルルションが上がる。優しそうな見た目、柔らかい物腰とは裏腹な言葉のナイフの鋭さに最初は惹かれた。とはいえ、意味もなく人を馬鹿にしたりはしない。遠くの何かを皮肉るだけで、身近な人を傷付けない優しさは得難いものだと思う。口が悪くて、周りを傷付けている人はたくさん見てきたからだ。
それに気付いてからはもっと彼女の言葉が聞きたくなって、くだらない話をずっとしていたくて、部会の後に暇を見つけては話しかけていたらすっかり好きになっていた。
学部も学年も違うため、部会以外で先輩が学生生活をどう過ごしているのかはよく知らない。教室移動の時に一度見かけたことはあり、手を振ったら振り返してくれて嬉しかった。
先輩に、気に入られたい。
……と思うのだが、誰かをこんな風に好きになったのは初めてなので戸惑い気味である。僕は恋愛経験などというものはないのだ。ややこしい友達に対するスキルはあるのに。悔しい。
たどりついたお化け屋敷の入口には『地獄の門』とおどろおどろしい文字で書かれていた。
――地獄か。最近よく耳にする単語である。
正確には天国と地獄だが。
村長に言われた調査を成し遂げなければ。置き物の中に生首なんて、あるわけがないと思うのだが。これも一種の陰謀なのかもしれない。が、先輩とデートできたし、罪のない陰謀は大歓迎である。
古い和風建築風の入口に足を踏みいれ、アトラクションチケットを取りだそうとポケットの中に手を入れる。あったあった。最後のチケットを取りだそうとした時、お化け屋敷から出てくる客とすれ違った。ふと顔を上げてみると女性の二人組だ。黒いハット帽を被りマスクをかけた黒い服の女と、黒いキャップとマスクのジャージの女。
ん? ジャージ?
「ジャージ!?」
思い当たる節がありすぎる。慌てて後ろを振り返ったが、踏み出した日なたに焼き殺されたみたいに、そこには誰もいなかった。
ルルちゃんとニュイちゃんも来ているのだろうか。何のために。ああ、いや、決まっている。僕をお守りするためだ。あの二人なら遊園地デートはいかにも好きそうだが、プライべートなら変装をする必要などない。つまり僕らから隠れようとしているのだ。先輩との時間にずかずかと入って来られるのはさすがにうっとうしいので、その方がありがたい。
この先に何があるのか。ごくりと唾を飲み込む。お化け屋敷の中に足を踏み入れると、かろうじて見える程度の暗闇が広がっていた。室内は冷房がガンガンに効いており、山の空気の爽やかさとはまた違った冷ややかさがある。埃とほんのり黴、古いものの匂い。転倒防止であろうゴムっぽい床が、靴底に絡みつくようで少し歩きにくく、不快だ。
「すぐるくん、そんなに緊張しなくても大丈夫じゃない?」
巴先輩はにこりと笑ってくれた。あ、可愛い。僕、大丈夫っす。
「そうですよね。中が怖かったらどうしようと思って緊張しちゃいました」
「あはは、きっと子ども向けだから大丈夫だよ」
係員さんには聞こえないよう、耳元でささやいてくれるのでドキドキしてしまう。室内が暗くてよかった。今ものすごく顔が熱い。
続きます。続き書けたら載せます。
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