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その2 物理法則破壊アパート

※この小説は実際は登場人物全員が関西弁を喋っていますが、わかりやすさのため標準語でお届けします。


天使と悪魔っていいよねと思って書きました。

世界の仕組み回です

 ルルちゃんに連れられてやってきたのは、新大宮駅から二条大路を渡った住宅街の中に建つ、寂れた雰囲気のアパートだった。


 ずらりと並ぶ室外機。錆びた手すり、三階建てでエレベーターなどない。ワンルームが15戸ほどぎゅうぎゅうに押し込められ、もともと白かった外壁も煤けている、なかなか築年数を感じる集合住宅だ。一階の家の鉢植など枯れて朽ちている。それだけであれば何の変哲もないアパートなのだが、そのアパートは少し僕がよそ見をした隙に忽然とそこに現れた。いかにも天使の棲家らしい。アパートの外壁にへばりついた薄汚れた看板には「WHY GOODコーポ」と書いてあった。

「どうぞ、我が家へ。古いから見た目はアレですけど、中はリフォーム済なので」

 酔いがさめてきたのがルルちゃんは徐々に敬語に戻りつつあった。戻るんかい。仲良くなれたかと思ったのに。

 ルルちゃんがA27号室の鍵を回してドアを開ける。パチンとスイッチの音がして真っ暗な部屋に明かりが灯る。

 家の中は、庭園だった。

「は?」

 ドアの向こうには広大で手入れの行き届いた英国風庭園が広がっていた。せせこましい居宅などというものはどこにもなく、物理法則を完全に無視している。玄関から続くレンガ敷きの小路の向こうには、東屋っぽい見た目だが東屋としてはかなり堅牢な建物があった。頭上には普通に現実と同じ晴れた空が広がっている。暑くも寒くもなく心地いい風が吹いていて過ごしやすい。ダイキンって、こういうとこの空調もやってるのかな。それともシャープかもしれない。いやパナソか? 見たところこの"家"は相当広いが、庭全体を囲む生垣で空間は終わっているらしかった。

「やっぱり自宅、癒され~」

 僕の先に立って歩いていたルルちゃんは東屋に近づきドアを開ける。中にはキッチンやベッドといった設備があり、やはりここが家の機能を果たす場所らしかった。室内は全体的に白を基調としたインテリアで統一されているものの、物は少ない。どことなく聖なる雰囲気があって、天使の家だと言われれば納得できる。

「これ、すごいですね!? こんなに広いなんて……」

「よく言われます。見た目より広いというよりは、空間を別の場所に繋げてるんです。ちなみに、ここのアパートは天界の関係者ばかりが住んでます。どの部屋も招かれないと入れないので、興味本位でドアを叩いたりしないでくださいね。怒った住人に聖なるビームで焼き殺されるかもしれません」

「怖」

 ふと後ろを振り向くと、茶髪の女の子が当たり前のようについてきていた。この人は勝手に入っていいのだろうか。友達?

「あの、えっと、この方は」

「そう! 紹介してなかったですね。この方はニュイちゃん」

 ルルちゃんはニコニコしながら茶髪の女の子の後ろに回り込んで肩をもみもみと揉んだ。

「ニュイちゃんでーす。よろしくね〜……?」

 言葉とは裏腹に、ニュイちゃんは不安そうに視線をさまよわせながら名乗った。ルルちゃんの声はいわゆる鈴を転がしたような声だが、ニュイちゃんの声はダウナー系のハスキーボイスだった。本人のテンションもダウナーだし、合っているといえば合っている。

「ニュイちゃんも天使なんですか?」

「厳密には違うけど、大雑把に分けるとそう。ほぼほぼ天使です」

 ルルちゃんはにっこり笑いながら快活に答えた。

「ディアボロの厨房で調理見習いをやってるから、私の同僚ってことでいいかな?」

「うん、でも調理見習いじゃなくて、皿洗いマシーンだよ……」

 卑屈である。

「そしてそして、ニュイちゃんはわたしとここで一緒に住んでます。えへへ」

 そう言いながらルルちゃんは盛大に照れた。女の子同士のルームシェアなんてよくあることだし、そんなに照れなくても。

「ね?」

「うん」

 照れたルルちゃんがニュイちゃんの顔を覗き込むと、ニュイちゃんは表情を変えないままこくこくと頷いた。

「そういうわけだから……」

 ニュイちゃんは気まずそうな困ったような怒ったような顔をして僕にそういうわけらしいと教えてくれた。ニュイちゃんは基本おどおどしていて、顔を見ていても今どういう感情なのかがよくわからない。ともかく、ルルちゃんと違って僕を全く受け入れていないことしかわからなかった。

「お茶どうぞ〜」

 リビングのソファでくつろいでいる僕達に、ルルちゃんがマグカップに入った人数分の温かい薄いお茶と、白い粉末の調味料らしきものを持ってきてくれた。

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 お盆をテーブルに置くと、マグカップの傍らにある調味料に手を伸ばす。砂糖をお茶に入れてくれるのかな? と思っていると、ルルちゃんは塩壺だか砂糖壺だかを引っ掴んだ。

「ん……?」

 そして、中身をばさっと一気に僕の体にぶちまける。

「うお!?」

 粉なので痛くも痒くもないのだが、ものすごく驚かされた。ソファまですっかり白い粉まみれなのだがいいのか?

「お清めの塩です」

「お!? お、お清めの塩!? なんで!? 天使なのに仏教……?」

 困惑しかない。ルルちゃんはいかにもキリスト教的なものを信じていそうな顔をしている。

「仏教ですね。世界って、ざっくり天界と人間界とあと地獄って感じで、我々にとっては宗派とかって無くて。突き放すような言い方で申し訳ないんですけど、人間が文化やら国やらで勝手に分断しているだけというか……」

「そうなんだ……」

「逆にいえば、私は何教徒だろうと全員助けるし、誰しもに善く生きて欲しいと思ってますよ」

 ルルちゃんはこれが自分の誇りだと言わんばかりに人差し指でデコルテのあたりをとんとん叩いた。その隙に、僕は塩をこっそり部屋の床に払った。さすがに許せ。受け入れがたい。

「あ、その人が信じるやり方のほうが、イメージがしやすくて効きやすいので、今日は仏教です」

「なるほど」

 僕が仏教徒だから仏教に習ったというわけか。一応納得出来た。

「そう、ちょっと長くなるのですが、お話ししたいことがあるんです。話してもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

「さっき君を追いかけてたのはあの辺りに住み着いている悪霊です。悪霊というものは、生き物の魂の成れの果てだったり、悪い感情や悪い場が時間を経て塊になってしまったものだったり、成り立ちは色々です。それで、もう少しレベルの高い存在になると悪魔と呼ばれるやつになりますね。日本では鬼とか天狗とかにあたるかな。有名なやつがありますよね、鬼をメッてするお話」

「ありますね」

 僕は長男だから、すぐに理解できた。

「そもそも……」


 そして、ルルちゃんはこの世界の仕組みを教えてくれた。


 天使は、人を善行に導く存在であり天界にいる。天国は天界の一部である。そのほかに、人を悪行に誘惑する悪魔という存在がおり、それらは地獄にいる。

 よく知られていることだが、天使と悪魔は、人間の魂をめぐって長年争っていた。というのも、人間が死んだ瞬間、魂が天国にいくのか地獄にいくのかについての”裁判”が始まるのだそうだ。人の行いは全て記録されており、善行と悪行、それぞれの総量によって善行が多ければ天国へ、悪行が多ければ地獄へいくこととなる。悪魔は人を悪行に誘惑することにより悪行を増やし、天使は人を善行に導くことにより善行を増やす。いわば陣取り合戦で、天使と悪魔、双方が天国と地獄の人数を増やそうと日夜努力しているわけだ。ちなみに、昔は閻魔帳が紙だったため、判断するのにものすごく時間がかかったり、裁判自体が適当だった時代もあるそうなのだが、現在は近代化がすすみスーパーコンピューター涅槃の登場によりスピーディな審判が可能になったらしい。しかし、テクノロジーとは皮肉なものである。最近はAIがどちらに行くか判定し、エンマ様がその検証に追われ逆にものすごく忙しくなっている……という嘘っぽい噂もあるらしい。

 そんなわけで、一昔前まで、お互い正反対の存在である天使と悪魔はごく素朴に戦っていた。悪行と善行の勧誘合戦をしたり、シンプルに殺しあったり。

 だが、近代化が進むにつれて、天界にとって不都合な真実が明るみに出ることとなる。

 人間という生き物は、とてつもなく愚かなのである。

 自己犠牲などまだ良い方で、時として誰も得をしない合理性の全くない行動を取る。ダーウィン賞の受賞者一覧を見て、天使たちは頭を悩ませた。我々頑張って守ってるけど、人間って意外とダメじゃね。思い出してみれば、何度人間に裏切られただろうか。二度と悪事はしませんと神に誓った人間が、翌日しないと誓った悪行をしたというようなことが何回繰り返されただろうか。人間は生きていれば大なり小なり悪行をする生き物である、ということは天使全員が薄々感じていたことだった。また、人間が愚かであることを一度受け入れてみれば、ではただただ罪を犯させないことが果たしていいことなのだろうか、という大論争が巻き起こってしまった。例えば、飢えに耐えかねて強盗を働いた者がいたとする。その者が逮捕され、人間社会の司法で裁かれ、刑務所に入ったとしよう。そうすれば、刑務所では食事にありつけるだけでなく、再び人間社会に組み込まれることができる。アウトサイダーからインサイドへ。償うことができるのである。人間は社会性のある動物なので、社会に属さず孤独に生きていくことはできない。また、前述のような空腹のあまり盗みをした者や、正当防衛で相手を殺してしまった者をやたらと責めたてるのもいかがなものかという、昔ならば『それすら神が与えた試練だ』と片づけられていた問いも再び盛んに議論されるようになった。


 もう、以前ほど世界はシンプルではない。そこで、天界主導でルールが変更されることとなった。

 一、軽微な悪行の誘惑は見逃す。悪行の誘惑への対処も含め人間の魂を評価する。

 一、悪魔が人間を直接傷つけた時は、天使は介入し、戦闘してもよい。

 一、軽微でない悪行への誘惑は、今まで通り天使が介入し、戦闘してもよい。


 その他掟は山ほどあるものの、人間がおさえるべきポイントはこのあたりらしい。


 これは実質的な天界の取締基準の緩和であり、地獄サイドとしても、地獄に来る魂が増えるならラッキーとのことで、とんとん拍子に合意がすすんだ。悪魔たちは、六十年ぶりに釜を増設するぞとスキップで地獄に帰っていった。

 ちなみに、地獄にいく人数は若干増えた程度で爆増はしなかった。しかし新しい釜は性能がよく、以前より一度に大量の魂を高出力で煮られるため、悪行への誘惑活動に充てられる悪魔の数が増やせて悪魔たちは喜んだそうだ。


 そして、数十年がたち、今に至る。


「まあそんな感じ。わかってもらえました?」

「だいたいは」

「さっきの塩で浄化もできたし、もう大丈夫になるといいですね」

 ルルちゃんは迷子をなだめるように、目を細めてじっとこちらを見た。

「大丈夫にならないこともあるんですか?」

「ありますね。さっきの塩は今日の分を浄化しただけなので。でも、危ないことに足を突っ込まなければ大丈夫」

「はい……」

「汚いものには触らない。臭いものには蓋をする。パンドラの箱は開けない。悪霊と目を合わせない。結局これに尽きます」

「……」

「でも、もしも何か困ったことがあったら頼ってください。たいていこの家か、お店にいますから。呼んでもらえれば、いつ何時も全力でお救いします」

 ルルちゃんはまた人懐こい笑顔で笑って、僕に握手を求めた。

「絶対です」

 握手をしながら、絶対なんてあるのだろうかと訝しんでしまう。だが、人間界と天界は理が違うので本当にあるのかもしれない。

 ルルちゃんは本当に天使だったし、悪霊を祓ってくれたのもこの目で見たし、ヘンテコなマンションにだって入れてもらった。全てが現実にあった。

 何かあった時に助けてくれる人がいるというのはありがたい話である。ルルちゃんの話す口調から、天使という生き物は、人間を心から愛し、深い愛で許しているのだと感じた。ピンチの時はきっと彼女を頼ろう。ニュイちゃんはずっとそこにいたが無言でうなずくばかりであった。


 やや清々しい気持ちで僕は天使アパートを後にした。

続きます。続き書けたら載せます。

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