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その10 天界の思い出①

※この小説は実際は登場人物全員が関西弁を喋っていますが、わかりやすさのため標準語でお届けします。


天使と悪魔っていいよねと思って書きました。

やっとキャラの名前を決めたので、前の分もぼちぼち直していきますね

昨日一度投稿したのですが、もう少し細かく書きたくなったので、加筆し投稿しなおしています。

 私は、天界で生まれた天使である。


 広くてよく手入れされたきれいな庭にある大きな木の下で、神様がおはよう、と言ったのが聞こえた。

 その声でうたた寝から目覚めたみたいに、私は始まった。


 目覚めた瞬間のことは鮮明に覚えている。心地良い風に頭上にある木々の葉っぱがこすれる音。植物の匂い。きらきら揺れる木漏れ日、石畳の向こうから、白い服の女性が靴音を鳴らしながら歩いてくる。

「こんにちは」

「……こんにちは」

 私を迎えに来てくれた女性も天使で、私ににっこり笑いかけてくれる。

「私はシャルロット。ここで新人さんの案内役をやっています。私と一緒に来てもらえますか?」

 シャルロットは肩までのブロンドの髪を左右に分けた優しそうな天使だった。本能的に、この人についていけばいいとわかる。こくんと頷くと彼女は私を立たせて衣服を着させてくれた。真新しい服は石鹸の匂いがして清潔で、すがすがしい気持ちになった。真新しい靴を履いて石畳を歩き、庭の中にある神社に入ると、そこにはこれまた優しそうなおじさんがいた。

「いらっしゃい。可愛らしい子だ」

「はい、今年は多いですね」

「喜ばしいことだ」

 おじさんは心底嬉しそうに目を細めてから、祭壇に立った。そっと祭壇の前に私を立たせ、祝詞を読み上げる。複雑な動作をしてお祈りをした。気付かないうちに誕生と名付けの儀式がはじまっていたらしい。シャルロットも、壁際で手を組んで祈っている。

「君の生が喜びであふれんことを。君の名前は……」

 もう一度、おじさんは頭を下げてお祈りをしてから、目録をめくった。

「ベル・ヴィル・ブルー。美しい青い街という意味だよ」

 おじさんは目録から紙を抜き出して私に渡した。先ほど読み上げた名前が書かれているようだった。字はまだ読めないので、推測だが。

「はい」

「これから頑張ってね」

「はい」

「健康第一だよ」

「はい」

「でも健康じゃなくなってから気付けることもあるからね」

「はい」

「苦しみや苦悩からも得るものはある。喜びはもちろん、苦しみや苦悩も分かち合っていいからね」

「ブレダラさん、最近腰痛がするって言ってますもんね」

「ペットを飼い始めて、そいつがまた甘えんぼでね。いつも抱っこをせがむから腰痛に。幸せなんだか不幸なんだか……まあ、こんな具合だ」

 シャルロットが茶化すとブレダラおじさんは困ったように、ウインクをした。


 名づけの儀式が終わってから、生活用品の入ったカバンを渡され、私は控室で待たされた。

「もうすぐミカエルさんが来ますよ」

 ブロンドの天使は小さく微笑んでいった。

「誰ですか」

「あなたの先生です」

「先生……」

「しばらくあなたのお世話をしてくださって、天使として基本的なことを教えてくださいます。ミカエルさんについていけば大丈夫ですよ」

 ちなみに私は生まれた時からそこそこしゃべれた方だが、つつがなく会話しているように見えるかもしれないが、この時点ではわからない単語がたくさんあった。


「どうも、こんにちは」

 しばらくの後にドアを開けて入ってきたのは、美しい天使だった。

 優しそうなところは同じだが、シャルロットとは存在感が全然違い、天使としてより上位階級であることが生まれたての私にもわかった。真っ白な長い髪をそのまま垂らして、背筋が伸びている。彼女は薄い緊張感をまとっていて、コバルトブルーの瞳は厳しい目線を投げかけてくる。

「こ、こんにちは」

「シャルロット、ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

「準備は」

「大丈夫です。名付けも済みました」

 ミカエルさんは頷いて、会釈をした。

「では、行こうか」

 私を見下ろして、ふっと微笑んだ。その厳しくも優しい視線は、私をたまらなく安心させた。この、強い天使についていけば大丈夫なのだと無条件に信じられる。


 天使は生み出されてからしばらくは見習いとして修業をする。

 先輩天使に弟子入りして天使のいろはを教えてもらうのだ。成熟した天使が教育係を務め、少人数の新米天使のグループを世話する形だ。

 天使は非常に長生きである。というか、成長していくことはあれど、死ぬことは基本的にない。したがって、修業期間も非常に長く、何百年ものんびりと初期研修をやっている。ここでしっかりやっておかないと悪魔に一撃でやられたりするので仕方がない。


 私に家としてあてがわれた場所は、天界の広い広い庭園の一区画だった。天使が生まれる庭園と、住居は全く別のエリアにある。人間界でも、産院と住宅は全くの別物であるのと同じことだ。

 最初は、先生が家に泊まり込んで、生活の仕方を教えてくれた。

 シャワーはここ、お洋服はここ。お腹が減ったら庭の花の蜜を吸うとよく、お茶やお酒も美味しい。水分をとると体のなかがきれいになるから、たまに飲んだ方がいい。そんな天使の体の仕組みも人通り教わった。そして、呼べばいつでも一緒にいてくれることも。

 先生には本当にお世話になった。一人で眠るのがどうにも不安で、夜中に尋ねていったことが何度あるか。いつ尋ねて行っても、優しく招き入れてくださって、本当に嬉しかった。先生の布団にもぐりこんで、手を繋いでおしゃべりをしていると、一人の時には決して訪れなかった眠気がいつのまにかやってきて、気付くと朝になっているのだ。

 あれは生まれたての未熟な時期だからこそ与えられる幸せな時間だったと思う。今なら恥ずかしくて師匠に一緒に寝てくださいということなんてできない。ちなみに、天使は霊体なので少々寝なくても大丈夫である。けれど、眠ることは一旦全てを忘れ、頭の中を整理し、心身を休めることができる。人間を理解するためにも一日に何時間か眠ることが推奨されていた。


「今日は悪魔について教えるわね」

 数人の同期とテーブルに座って、先生の話を聞く。

「この世界には悪魔という存在がいます。悪魔は人間を悪に誘惑する存在です」

 天使は人間を善に導くのが使命だとずっと聞かされていたため、対抗勢力の存在を聞かされ、生まれたての我々は狼狽えた。クラスルームにおこった小さなどよめきを見た先生はやさしく微笑んだ。

「悪魔は魔界にいて、魔界は人間界の地下にあります。魔界には地獄という恐ろしい所があって、悪魔たちは罪人に罰を与えているんです。地獄には業火が燃えていて、罪人たちを炙ります。私達が救えなかった者が地獄に行くことになるとも言えますね」

「怖い……」

 同期のプラリネが恐ろしそうに自分の二の腕をさすった。

「怖いところですよ。ずっと悲鳴と苦痛の絶叫が聞こえます。焼かれれば痛いのだから当然ね」

「わあ……」

「だから、そうならないよう、私達が頑張らねばなりません」

「はい、先生」

 私たちは、どきどきしながら頷いた。

「そして、悪魔というのも天使と同じく、高次の霊体存在です。けれど、その実態は天使とは全然違っていますよ。まず、悪魔の社会には秩序がありません。暴力的ですし、本能に任せて衝動的に行動します。言ってしまえばかなり短絡的です。頭のいい個体もいますが、それほど多くありません。大抵は、人間界に潜伏していて、人間を悪事に誘惑したり、堕落させたりします」

 ふうん。そうなんだ。

「こう言うと、悪魔というのは単純で脅威に感じるほどのものではないと思ってしまうかもしれないから、皆さんに天使狩りの話をしておくわね」

「なんですか……?」

 不穏な空気を察した同期が、不安そうに尋ねた。

「悪魔と天使、人間の魂を天界と魔界で勧誘しあっているわけですが、そのうちに戦いになることがあります」

「戦い……」

「それで、お互いがお互いを殺してしまうことはよくあります」

「殺す……」

「さらに言うと、戦いとは関係なく、天使を殺す嗜好の悪魔もいるのですよ。悪魔は乱暴で、力を使うことに躊躇がありませんから」

 先生は真剣な顔で頷いた。

「でもその数は決して多くはありません。私も生まれて長いですが、一度しか見たことはありませんし、その悪魔は天使にやっつけられました」

 皆の間に安堵が広がった。

「意味もなく天使を殺した悪魔は、天界のきまりで、天使が殺していいことになっています。殺し方にルールはないので、多勢に無勢でハチの巣にされて終わり。なので、悪魔も理性があるなら意味もなく殺してまわったりはしないですよ」

 クラスの雰囲気はすっかり元に戻った。

「どうしても抑えられない者だけです。あるいは、自分の力を過信している馬鹿者。そんな者たちから身を護るために、中級の研修からは戦闘訓練もありますから」

「ひえ……」

「嫌かもしれませんが、やっておかないともしもの時にやられてしまいます」

「怖い……」

「皆さんが意味もなく散っていかないように、私に手助けをさせてください」

 先生は真摯に言った。私は数人の同期とちいさく頷きあったものだ。

続きます。続き書けたら載せます。

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