断章:観測
記録:第E-13号 聖女個体 活動停止
――その日、何の前兆もなかった。
第三十二個体、「名無き光」と呼称された聖女体は、静かに床に横たわったまま活動を停止した
終焉は予兆なく訪れた。
苦悶の表情もなく、まるで中身の抜け落ちた器のように。
そこには“死”という言葉では足りぬ、空虚があった。
成育年数:38年。
対象の外見は、初期観測時と寸分変わらず、幼年のままであった。
骨密度、皮膚構造、髪質、知覚反応……いずれも年齢に即さない。
“……の発露は、確実に命を蝕む”。
それが成長の停止であり、精神性の未発達として現れるのだと、今では推察されている。
その精神はまるで永遠の幼子。
経験を重ねても、知識を授けても、“自己”の確立には至らない。
ひとたび機嫌を損ねれば、……の……は避けられず、関係者には不可解な変死が連続した。
特に、我々の“名”を与えることは厳重な禁忌とされた。
「名を知られるということは、命を握られることに等しい」
一度覚えられた名は、必ず死とともに回収された。
この存在が人間の器に収まりきるものではないこと。
……とは、……によって引き換えられる“外因的な……”であり、
それを保持し続ける肉体は、早晩“世界の摂理”から外れる。
一説では、彼女の停止とは死ではなく、次なる“器”への移行であるとも囁かれる。
我々は、ただ“彼女に許された時間”に立ち会っただけに過ぎないのかもしれない。