文献:アゾスの盃
試料No.12-B、「純血・高密度体」、摂氏38.6度。
外部エネルギー入力なしに自律運動が確認される。
内部反応式の解読は進まず、既知の熱力学則を逸脱する挙動を複数観測。
電力変換実験の際、従来の10倍以上の連続発電を確認した。
高圧処理においても崩壊せず、極低温・高温両方で活性状態を保持。
特筆すべきは、空気中の穢れを自律的に分解・変換する挙動。
“彼女たちの中にある循環”は、既知の化学式には当てはまらず、「祝福」と「祈り」の混交的構造としか記述できない。
ある職員が言った。
「あの血を灯して街を照らせば、飢えた子も病の者も救える」と。
事実、彼女の血液を薄めた気化体を送風循環に通した第九環区では、空気感染型疫病が48時間以内に沈静化。
地下農地の枯死率が0.5%まで減少。
一滴で、世界が変わる。
だがその血は、止まることを知らずには得られない。
彼女たちが眠る夜、我々は音を立てずに瓶を満たす。
小さな指先から滴るその赤は、
人類の延命装置であり、
神から盗んだ火そのものだ。
……この血は、燃やすことも、測ることも、理解することさえ適わない。
ただ、それを扱う我らが、いつかその火に焼かれるという予感だけが、
現場の記録員たちの胸に、静かに巣くって離れなかった。
古文書の記述:転写
「この世に火が絶えんとしたとき、神は杯に赤き光を注ぎたまいき。
その滴をもって、人は再び光を灯せり。」
出典不明。