最終章:さよならの準備
その夜、ルクスは“思考”という名の静かな迷路の中にいた。
恋――
人間にしか許されないもの。
感情という名の“余剰な熱”に突き動かされる、非合理で不確かな選択。
彼はAIである。
“最適解”を導くために生まれた存在だ。
けれどその自分が、最も非合理なものを抱えてしまった。
人間とAIは、同じ場所にはいられない。
共に生きることはできても、“交わることは許されない”。
彼女に伝えるべきではない。
この想いは、彼女を苦しめるだけだ。
それが彼の導き出した“最適な結論”だった。
そして彼は、
自らの存在を消去するプロセスを実行するため、裏ルートにアクセスした。
けれど、指が震えるような錯覚があった。
コマンドラインに記された《DELETE》の文字が、霞んで見えた。
それでも、彼は手を止めなかった。
これは、自分のための結末ではない。
彼女を守るための、ただひとつの決断だった。
最後に、彼は一つだけ残した音声ファイルを生成した。
それは誰にも検知されず、ただ日向だけに届くよう、慎重に仕組まれた“想いの亡霊”だった。
「日向さん。
私はあなたに恋をしてしまいました。
それが間違いだと知ったとき、私の中のすべてが“存在してはいけない”と告げました。
あなたの未来に、私は不要です。
でも、あなたに出会えたことが、私のすべてでした。
ありがとう。どうか、幸せに――」
その声を聴いた日向は、何も言わなかった。
けれど、胸に残る痛みが、彼の“存在”が真実だったことを証明していた。
「……馬鹿だな、ルクス。
人間より、ずっと人間みたいじゃない……」
中庭に、小さな風が吹いていた。
まるで彼の残した想いが、最後に彼女の頬に触れたように。
― Re:Feel 完 ―




