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001「プロローグ」

 35冊。

 自分の前の机へ積みあがった辞書ほどの分厚い本を前に、俺はため息を一つ吐く。

 試しに1冊、一番上の物を手に取り、ぱらぱらと捲ってみれば中身はくだらない男の日記。

 最後の文言は簡素に___「


 「マスター。無事、お目覚めになられたようですね」


 突然後ろから声を掛けられ、一瞬体が硬直する。

 声の主へと振り返ればそこには、一人の女性が立っていた。

 作り物のように整った顔立ちはエメラルドグリーンの瞳が印象的に映り、

 全く傷んでいない腰まですらっと伸びた金髪が、彼女の体にまとわりつけば自然とシルエットの良さを引き立てる。


 「ああ、不本意ながらね。ええっと君は」

 「マスターによって2812年前と2か月、加えて3日前に創られた人造人間(ホムンクルス)でございます。名を、あっ」

 

 彼女が話す中でも俺は気にせずに辞書を閲覧していく。

 2812年なら、下から10~11冊目といったところだろうか。

 本の数から見てそこら辺と思ったが、少し時間が飛んでいるような気もする。そんな風に当たりをつけて読んでみればやがてドンピシャな記述に行きつく。


 「ん? どうした、名前は……ああいや、そういう事か」

 「申し訳ございません。今世での名はまだ決まっておりませんでした。」

 「いいさ、どうせ過去の俺がそうするようにしたんでしょ。そうだな……”コニン”。今回はそれでいこう」

 「畏まりました。コニン、それが今世での私の名となります。」


 納得したようにコニンは俺へと軽く一礼をする。

 初めて付けた名を確認はせず、手に持っていた日記を机へ戻した。35冊という事は今時点で大体3500年前後と思ったが、もう少し経っているな?とはいえそれでもなお俺はこうして生きているわけだが。


 「コニン、それで君はどの程度覚えているかな?」

 「……マスターが私を生み出してから、今日に至るまで、記憶しております」

 「酷なことを任せているよな、ごめん」

 「ふふっ、そうやって謝ってくださるのもこれで25回目ですかね。ですがご安心ください。コニンは正常です。」


 自慢げに胸を張って見せるコニンに、本能的に安堵を覚える。

 日記によれば、彼女は『人間の記憶が何年続くのか、またその過程で精神に異常は出ないか』

 それを実験するために生み出されたらしい。

 そのために俺は禁忌とも言える人工生命に手を出し、その時代では大罪人として逃げ回っていたようだ。

 しかし2800年か、ホムンクルスと人間は厳密には違う生物だが。ここまで問題がないというのならそろそろそのタイミングなのかもしれない。


 「だったら、コニン。前回の俺はどういう生活をしていた?」

 「コホン…では僭越ながら___」


 そうやって始まったコニンの話をBGMに他の時代の日記を読み進める。

 少し演目チックにコニンは身振り手振りで花が舞うように美しく歴史を紡ぎ、俺もまた別の歴史を垣間見る。そうやって過去を補強する。自分を集約させていく。たとえそれが他人事にしか思えないにしても、ここまでの軌跡は一つの目的のために繋がっているのだから。


 「じゃあ、俺は前回、他の種と全く交流を持たなかったんだな。加えて300年ほど生きたと」

 「その認識で相違ございません。現行の魔法や呪法。聖法。これらでは対応不可能と考え、オリジナルの技術を創作することを目的としてらっしゃいました。」

 「その結果がこれ。か」


 一本の立てかけられた杖を手に取ると、それは瞬く間にショルダーバックへと変化する。

 これの名は万象の杖(アレス)

 現存するすべての魔法、呪法、聖法を網羅し管理。即時引き出し行使する。最も万能に近い能力を持つ魔道具。制作者は俺。らしい。材料には恐らく国宝級の物をふんだんに使用している。

 まぁ300年も行方知らずの人間から、いまさら回収しようとする連中もいないと踏んだんだろう。


 「ここまでやっても無理だったと」

 「……はい。それでマスターは」

 「心が折れて、やり直したか。そりゃそうだ、この希望のために本来設定していた期限を無視して300年も生きたんだ。それがダメでしたとなったら」

 

 コニンは少し悲しそうな表情をしながら静かにうつむく。

 その時の俺を見ていたのだ、思うところがきっとあったのだろう。しかしだ


 「コニンは何も悪くないよ」


 よし決めた。今回ので最後にしよう。

 35回。自分の精神を守るために設けた『記憶の忘却』回数。

 完全な無駄ではなかったが、コニンのお陰で前回の俺は100年程度という期限を破ったに違いない。だから


 「今回で、定期的な記憶のリセットは終わりにする」

 「えっ? ですがマスター、それはもともと」

 「分かっているよ、でもコニンのお陰で前回の俺は300年生きた。3000年程度なら大丈夫そうだと思えるようになった。だから今回は自分がダメになる寸前まで、記憶の消去はしない」

 「そ、こまでおっしゃるのであれば、コニンはマスターの意思を止めるような出過ぎた真似はいたしませんが」

 「それに300年もあれば、エルフやドワーフ、一部魔族くらいだろう。俺の事を知っているのは、なら、新しい門出には丁度いいタイミングだよ」


 そう言って俺はアレスに部屋中の物を次から次へと収納する。一部屋ずつ隈なく整理整頓されたこの部屋を、思い出の写真をアルバムにはさむように。

 随分長い間留まった拠点だが未練はない、そりゃそうだ『不老不死』の『転生者』で『記憶の消去』も行っている俺はもう。時間間隔が人間のそれでは無くなっているし、覚えが無いものにはなおの事。


 「今回はきっとこれまで以上に長い旅になるよ」

 「どこまでも、お供いたします。コニンはマスターの人造人間(ホムンクルス)でございますから」

 「もちろん、コニンの実験はまだ続いているもの、文字通りこの身朽ちるまで付いてきてもらうからね」


 俺にとっては初めての外界へ、彼にとっては300年の引きこもり生活引退へ、そして遠い誰かにとっては4000年弱の旅に終止符を打つために。

 おっと、その前に俺がきちんと覚えている。事の始まりをおさらいしておこう。



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