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 それから10日ほどが過ぎた。

 不知火と稲妻はリンの指揮のもと砂漠でも稼働可能なように対策が施されていく。

 ユートはハルとともにポイントゼロへのルートの策定、搬入された装備等のチェックなどを行っていく。

 慌ただしく過ぎていく日々の中でついに出発当日がやってきた。

 エンカラの工場内では今日のために再び地球に降りてきたナージャとユート、リンそし てソフィアが向かい合っていた。

 彼らの後ろではすでに不知火、稲妻の砂漠仕様への換装は完了しており、ナージャの言葉通り雷鳴の改良も完成し出発の時を今か今かと待ち望んでいる状況であった。


「お気をつけて」


 そう言ってナージャはソフィアと握手を交わす。


「ありがとうございます。またお会いしましょう」


「えぇ。料金をお支払いいただける日を楽しみに待っております」

そう言ってお互いに笑みを交わして手を放す。


「じゃあユート、頼むわよ」


「あぁ。補給の手配は頼んだぞ」


「わかってるわよ」


 ナージャが頷くのを見届けてユートは一人先に不知火の中に入っていく。

 そんなユートの後を継いだリンは、ソフィアと同じようにナージャの手を取って大きく手を振る。


「行ってくるね、ナージャ!」


「えぇ。ソフィアさんと仲良くお願いね」


「わかってるよー、任せて!」


 笑顔でナージャに答えて、ソフィアの手を取り不知火のハッチに消えるリン。

 そんな二人を見送り、タラップを後にするナージャは安全な位置まで下がった後真剣な目で不知火の外装を見つめながらささやくように言葉を紡ぐ。


「お願い」


 その言葉は誰に対してのものなのだろうか。

 ユートたちが命を預ける不知火や稲妻か。

 それともユートたち自身か。

 ……他の何かか。

 その真意を唯一知るナージャはそれ以上口を開かず、不知火から切り離されるタラップの動きを見つめ続ける。


 「どう思う?」


 不知火のコックピットブロックで収音マイク越しにナージャの言葉を拾ったユートはハルに問いかける。

 普段のナージャの表情のどれとも一致しない表情と声色。

 真剣な顔をすることはたまにあるが、祈るような彼女は初めて見た。


「女性をのぞき見するのはいい趣味とは言えませんね」


「そういう話じゃないんだよ」


「保護者離れできていないユートに私はがっかりです」


「だからな……」


 ボケた返答を返すハルにユートは頭を掻きながらあきれ声を出す。

 今話しているのはそういうことじゃないといい募ろうとしたユートを遮るようにハルは答えを返す。


「あなたがテストパイロットになって初めて実戦に出るとき以来かと」


「あ?そうなのか?」


 ユートが知る限りあの時のナージャは真剣な表情ではあっても、今のように祈るような表情はしていなかったと思ったが。


「あの時ユートが部屋を出た後、ナージャと少し話しましてね。私が知る限りでナージャがあのような表情をするのはあの時以来ですね」


「そう、か……」


 そう言いながらユートは席にもたれ、頭の上で手を組む。

 過去に類を見ないバックアップ体制、金冠、ナージャの真摯な態度。

 改めて今回の旅の困難さを目の当たりにしたような気になって、自然とため息が出てくる。

 最近はため息をつくことが多すぎて、幸せがどんどん逃げて行っているような気になってくる。


「お待たせー!」


 湿った空気を壊すようにリンがソフィアの手を引いたままコックピットブロックに入ってくる。


「お前……許可は出てんのか?」


「もちろん!ナージャもハルも良いって言ってたよ!」


「お前ら……」


「最近疲れ気味のユートには新鮮な風が必要かと愚考いたしました」


「風が強すぎて吹っ飛ばされそうだよ」


 ユートはそう言いながらコックピットブロックの入り口でたたずむソフィアに目を向ける。

 自分でも場違いだと感じているのだろうか、所在なさげにたたずむ彼女はユートの視線に気づくと苦笑いのような表情を浮かべる。


「すいません。お邪魔でしたら以前の部屋で待っています」


「あぁ、まぁナージャの許可が出ているんだったらここにいても構わない。席に余裕もあるしな」


「やった!じゃあソフィアはそっちの席ね」


「えぇ。ありがとうございますユートさん」


 リンはユートの許可にはしゃいでソフィアに席を案内する。

 席といってもコックピットブロックの中にはユートとリンの席をのぞいたら1つしか席はないため自然とソフィアの席は限定される。

 本来の不知火型と違って、ユートたち用に改造が施されたこの不知火はユート、リン、そしてハルの三人ですべての機能を十全に使用できるように設計されていた。

 必然的に残りの1つの席は不知火を運用するうえで邪魔にならないような場所に配置されていた。

 

「ここはね、たまにあたしも座るけど全面のモニターがよく見えるから景色がいいんだよ!」


「あー、お客様、そろそろ当機は発進いたしますのでシートベルトの着用をお願いいたします」


 終わりそうにないやり取りに口をはさんで、ユートはそれぞれを席に着かせる。

 発進自体はこちらの任意のタイミングでいいとはいえ、外にはAstroErectronicsの作業員が今も発進シークエンスを進めるために作業をしている。

 外せない用事で遅らせるならまだしも、じゃれあい程度で遅らせることは避けるべきだろう。


「リン、発進シークエンス、開始するぞ」


「おっけ。ソフィア、またあとでね」


 そう言ってリンは自身のオペレーター席につき、ヘッドセットを装着する。

 彼女もこの仕事で飯を食べているだけあってヘッドセットを付けた瞬間から先ほどまでのふざけた雰囲気はなりを潜め、職人のような真剣さをまとい始める。


「AstroErectronics所属不知火からエンカラ管制、応答願います」


「こちらエンカラ管制。不知火どうぞ」


「こちらはこれより発進いたします。許可願います」


「了解、申請確認。Bravo、Bゲートから発進どうぞ」


「了解、以上通信終わり!」


 よどみなくエンカラ管制と交信を交わし、発進の許可を得たリンはそのまま発進シークエンスを開始する。

 リンのあまりの変わりようにソフィアは目を丸くして驚く。

 リンはナージャに師事したせいか、彼女の性質、つまり普段はお茶らけているが締める ところはしっかり締めるという性質が似通ってしまいソフィアのように驚く人が後を絶たない。

 まぁよくある光景なのでユートもいちいちそれに説明をしたりせず、自分のやるべき作業を進めていく。

 

「こちら不知火。Bravo、Bゲートから発進します。発進シークエンス開始。各所進捗報告」


「メンテナンスアーム、収納完了」「車体ロック解除完了」「タラップ回収完了」


 リンの声に、エンカラ工場各所から報告が入る。

 リンは一つ一つの声に対応し、目の前のモニターに表示された発進シーケンスの項目を チェックしていく。

 発進シークエンスが滞りなく進行していくことを確認して、ユートはユートで自身のできるシークエンスを進めるべく声を上げる。


「不知火、エンジン始動」


「了解。エンジン始動」


 ユートの声にハルが答え、軽い振動とともに不知火という陸上戦艦が目覚める。


「ゲート開放。……Bゲート開放確認。進路クリア」


「エンジン出力、安定」


 リンとハルが発進の準備ができたことを伝えてくる。

 手元のモニターでもチェック項目はすべてクリアされていることが示されている。

 今まで何回も繰り返したこと。

 何回繰り返してもなれることはないが、慣れなくていいとも思う。

 ここから出たら自分の命はもちろん、リンの命をも自分の判断が左右する世界になる。

だからこそ毎回、発進するときは緊張するし、戻ってきたときは心底安堵する。


「不知火、微速発進」


「了解。不知火、微速発進」


 ユートの命令で不知火の巨体がゆっくりと動き出す。

 最初はゆっくりと、そのままの速度で工場を後にして、Bゲートから街を出ると徐々に速度を上げる。

 刺すような日差しを不知火の装甲に反射させ、街から伸びていくアスファルトを静かに走っていく。

 しばらくするとエンカラの街は不知火のはるか彼方に消えていた。




 不知火が出発した後のエンカラ工場は先ほどまでの喧騒が嘘のようにかすかなざわめきだけが空間を満たしていた。

 何らかの感傷に浸るようにその場にたたずんでいたナージャの背後から一人の男が現れる。


「彼女はもう、出発されたのですか」


「おやおや、誰かと思えばチャンさんじゃないですか」


 ナージャにチャンと呼ばれた男はきっちりとスーツを着こなし、神経質そうな顔には張り付けたような笑顔を浮かべていた。

 彼はマオリー・チャンと言い、ナージャと同じようにAstroErectronicsに所属する人間であった。

 しかし、彼は本社の人間ではなくコンティネント3に所在するAstroErectronicsコンティネント3支社の支社長を務める男である。

 つまり、ナージャにとって敵対派閥に属する人間の筆頭だった。


「ずいぶんと早い出発だ。まるで我々と彼女を会わせたくない理由があるかのようですが?」


「いえいえ、お客様はお急ぎだったので急いだまでですよ。ほかの理由なんてございません」


「急いでいたのは君なのではないかミスナージャ。ずいぶんと無茶をしたようだが」


 口を開けば嫌味の応酬。

 互いの弱みを探り合い、時には事故という名の実力行使も行われる。

 数あるAstroErectronicsの派閥の中でも最も敵対的とされる本社派とコンティネント3 派のツートップが広い広い宇宙の中で地球のエンカラに集まったのはもちろん偶然ではない。

 それがマオリー・チャンが言った彼女、つまりソフィアの存在だった。


「いくら上層部が君の側についていようと、あまり無理をするものではない。スタンドプレーが過ぎるとろくなことにはなるまい」


「何をおっしゃっているのかよくわかりませんね」

すっとぼけるナージャをマオリーは睨みつけ、声を一段と低くして続ける。


「利益の独占は無駄な軋轢を生むと言っているのだよ」


「おかしなことをおっしゃいますね。私もあなたも同じ会社の仲間。利益の独占も何もあったものじゃないでしょう?」


「白々しいことを言わないでもらいたい」


「何を言っているのかわかりませんね」


 互いに露骨ではないもののにらみ合いと言っていい時間が1秒、2秒と過ぎていく。

永遠に続くかと思われた時間を打ち破ったのはマオリーの腕につけられたスマートウォッチから発せられた電子音だった。


「……っち。どうやら時間のようだ」


「支社長ともなるとお忙しいですねぇ」


 最後まで嫌味を忘れないナージャにその場を後にしようとしていたマオリーは苛立たし気に振り向く。

 そのまま眼だけで周囲を見回して、誰もいないことを確認する。


「……彼らにくれぐれも気を付けるように伝えておくがいいさ」


「あら。どうもありがとうございます」


「事故が起きないことを祈っているよ」


 吐き捨てるようにそれだけ言ってマオリーはその場を後にする。

 彼の言う事故が何を示しているのか。

 少なくともまっとうに心配をしてくれていると考えるほどナージャもお気楽ではない。


「まったく頭が痛いわ。こんなことを考えなきゃいけないなんて……」


 そう言いながらナージャは手元のタブレットを操作しながら耳元につけられたインカムに手を当てる。


「えぇ、私よ。コンティネント3の連中をよく見ておいて」


そう言いながら不知火が走り去った方角に目を向ける。


「何も考えず新技術のことだけ考えられたらいいのにねぇ」


 そう言いながらナージャが向けた視線の先にはすでに不知火の姿は疾うになく、広い荒野と抜けるような空が映るのみだった。




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