6
「じゃあ行ってくるねー」
「あぁ、リンあまり護衛の人に迷惑をかけるなよ」
「はいはーい」
楽しそうに笑いながらリンはソフィアの手を取って部屋を出ていく。
ソフィアとAstroErectronicsとの契約が行われた後、リンとソフィアは今後の日用品を買いに行くといって街に繰り出していった。
まだまだ今回のテスト結果の報告などリンにはやるべきことも多くあったが、なんだかんだリンに甘い二人は、初めての友人との買い物といったイベントを前に目を輝かせるリンを止めることはできなかったらしい。
これが危険がはびこる街の外なら心を鬼にして止めることもあったのだろうが、少なくともエンカラ内ではそこまでして止める理由もないことも理由になったのだろう。
「じゃあユート、とりあえず雷鳴のテスト結果から教えて」
「あぁ。ハル、送れるか?」
「えぇ。もう転送してあります」
ハルの言葉にナージャは手元のタブレットを操作する。
いくつかのデータを確認したのち視線をユートに戻す。
「……ん。オッケ。それでどうかしらユート」
「雷鳴に関して言えば貫通力は過去の武器とは比べ物にならないレベルだ。ただ報告にある通り抵抗なく抜けすぎてストッピングパワーが足らん。魔物を相手にするなら急所に当てないと止まらないぞ」
「まぁそこまで来てればあとは簡単ね。近距離だったら収束率を下げて散弾のように面制圧を、遠距離なら収束率を上げてスナイパーライフルのように使えるようになればいいでしょ。近距離戦でのストッピングパワーは面制圧で吹っ飛ばせば足りない分は補えるし、遠距離ならそもそもストッピングパワーってそこまで重要でもないでしょうし」
何でもないことのようにナージャは答え、排熱効率が問題かぁ、などとデータを見ながらつぶやいているが、ナージャの言った通りに改良するならば通常、一からの再設計レベルのものであり、彼女が言うほど簡単なものではない。
それを片手間にこなせるかのように言う、いや実際彼女ならば実際に片手間にこなせるのだろう。
その事実が彼女の非凡さを如実に表していた。
「あぁ。そっちについては任せるが、稲妻自体についてはどうにかならないのか?あまりにも鈍すぎる」
ユートの苦言にナージャは先ほどまでの余裕そうな表情を曇らせ、顔をしかめる。
実を言えばユートがこういうのは今回が初めてではない。
「あのねぇ、稲妻はただでさえ反応性が高く設定されてるいわばエース専用機になってるの。さ・ら・に!ユートに渡しているのは装甲を犠牲に通常機より機動性と反応性を上げた特別仕様機。悪いけど限界値なのよ。これ以上その辺を上げようとすると機体の方が持たないわよ」
そう言ってナージャはユートを半眼で見据える。
「ユート君が人間やめてるのは知ってるけど、この世のものは人間用にできてるの。わかる?」
「いや、俺も人間なんだが」
「なら文句言わなーい」
「だが、自分の感覚から一拍遅れて動くのは気持ち悪いんだがな」
「文句言わなーい」
「……おーらい」
ナージャの言葉に降参を示し両手を上げる。
二人の間で何度も見た光景である。
少なくともナージャと知り合ってからこれまでユートが彼女に口で勝てたことはなかった。
「まぁその辺は新技術待ちになる思うから、首を長くして待っててね」
「わかったよ」
その後、いくつかの確認を終えて、今回の稲妻の新装備テストの報告は終わった。
至って順調という結果にユートは一仕事終え、体の力を抜く。
普段だったらこの後シャワーでも浴びて、つまみとともにビールを開けて乾杯と行きたいところだが、今日は残念ながらそうでがない。
一息つく間もなく次の仕事のブリーフィングが始まるためユートは姿勢を戻す。
「はい、じゃあ次ね。とりあえず基本情報はこんな感じ」
その言葉とともにナージャからヘッドセット経由でソフィアの護衛任務についての概要が送られてくる。
目的地から移動ルートの候補。補給可能地点。出現するであろう危険な魔物の分布図。etcetc……
「ずいぶん準備がいいな」
「まぁ、こんなこともあろうかとってね」
ざっと確認を終えてナージャに視線を戻すとそれを確認して、ナージャは室内の明かりを落とし、先ほどユートに送った情報を室内のモニターにも投映させる。
「プロトゼロは砂漠地帯のほぼ中央に位置しているわ。だから各種機材の防塵を重点的に点検をするように指示を出しているわ。まぁ長旅になると思うから追加コンテナを手配しておくわ」
「あぁ。補給は見た感じ、ちょいちょい受けられそうだし、携行品は今リンが買いに行ってるから大丈夫か。さっき言っていた雷鳴の改良は間に合いそうか?」
「えぇ。不知火とかの防塵対策をするのに多少かかるでしょうし、出発までには間に合わせるわ」
「わかった。あとは……」
一拍おいてユートは今回の旅の最大の懸念点についてナージャに確認をとる。
「ソフィア嬢について、知っていることを教えてほしいが」
「まぁ、そこは私の口からは言えないわね。女の子の秘密をペラペラしゃべるなんて悪趣
味じゃない?」
確かに懸念点ではあるが、ナージャの性格からいって最初から答えをもらえるとは思ってもいなかったため食い下がることなくあっさり、了解とユートは答える。
少なくとも任務に支障がある内容ならばナージャもこちらが聞く前に情報を開示するだろうからそれがないということは知らなくても問題ないということなのだろう。
この商売をやっていれば知らなくていいことは山ほどあるし、それを知ろうとするとろくなことにならないということはある種の常識だった。
「そうか。ならあとは……」
「まぁほぼあるでしょう妨害対策、ね」
二人同時にため息をつく。
大企業の上層部に身を置くナージャと荒事にも精通し、ナージャの腹心という扱いを受けるユートはそういった表には出てこない悪意の厄介さをよく理解していた。
「正直に言ってあの子の邪魔をしないというのはほぼすべてのコンティネントと表向きは合意を結んでいるわ」
「なに?」
それはユートからすれば寝耳に水の話だったが、それでもそれならば妨害してくる相手はほとんどいないはずだった。
しかしナージャはほぼ確実に妨害はあるといった。
それはつまり。
「ほぼってことはそれを断った連中がいるってことだな?」
「そうね。詳しく言うなら3の連中よ。あとは1の連中は一応合意したけど裏で何かやってくるかもって感じ」
コンティネント。
人類が宇宙空間に浮かぶアイランドという居住空間に暮らし始めたことは先ほど述べた通りであるが、各アイランドは宇宙空間のいくつかあるラグランジュポイントに複数建設された。
それぞれのラグランジュポイントに設置されたアイランド群をまとめてコンティネントと呼び、それらは一つの国家として扱われていた。
コンティネント1は主にアメリア地域からの移住者が中心となりコンティネントの中でも最大の勢力を誇っている。
そのほかにはユーロン地域からの移住者が中心となるコンティネント2、マークス地域からの移住者が中心のコンティネント3、皇国とかつて呼ばれた島国の移住者が中心となるコンティネント4。
そしてAstroErectronics等の企業が中心となって運営するコンティネント5が存在していた。
話に出たはコンティネント1はかつて世界の盟主を自称しており何事も自身がトップでなければ気が済まないお国柄のため技術の独占を妨害するため茶々入れてくる可能性は十分にあった。
コンティネント3は共産主義と言われる古くから連綿と続く主義を掲げており、その性質上企業連合ともいえるコンティネント5を標的に何かといやがらせをしてくることも多い。
「あとはナージャ、あんたを引きずり下ろしたい連中か」
「ごまんといるわね」
AstroErectronicsクラスの超大企業ともなれば社内にいくつもの派閥ができるものである。
ナージャはいわゆる主流派場の中でもその類まれなる知能とそこから生み出された数々の成果により派閥筆頭のようなポジションについていた。
もちろん先も述べた通り、いくつもの派閥がありその中にはナージャの失脚を狙うものも多い。
【人はどんな時でも、どんな場所でも争う。そして争いは人を進歩させる】
AstroErectronicsの創始者はそう語り、社内での派閥争い、言い換えれば競争を奨励した。
もちろんこれは正しい争いならばという但し書きがつく。
足の引っ張り合いなどという誤った争いは人に進歩をもたらすことはなく、それどころか堕落させる。
とはいえ人の作る組織であり、何事も理想通りとはいかないのもまた事実。
AstroErectronics内部でも誤った争いに手を出す人間は少なくない。
問題は今回ユートたちが対処しなければならないのがそう言った連中だということだろう。
「ああいう連中は口だけは達者だからな」
「まぁユート君じゃあちょっと心配よね」
「私がついていますので」
ヘッドセットを通してハルが反論するが、それでもナージャは首を振る。
「あいつらが接触してくるときなんてもうすべての根回しが済んで、奴らに従わなければならないようになった後だからね。対抗するには組織としての力が必要ってわけ」
「で、どうするんだ?ナージャのことだから解決策が用意してあるんだろう?」
ユートの言葉に我が意を得たりとナージャはタブレットを操作する。
と同時にモニターが切り替わり、AstroErectronicsの頭文字であるAとEがデザインされたロゴが浮かび上がる。
これ自体はいろんなところで目にするありふれたものであった。
怪訝な顔をするユートを尻目にさらにタブレットをナージャが操作すると、そのロゴの背後に後光のように金色の円が描かれる。
「まじか……」
「話には聞いていましたが、本物ですか?」
「どーよ、すごいでしょう!」
驚くユートとハルに対して輝くような笑顔で胸を張るナージャ。
知らないものが見たら何を驚いているのかと思うかもしれない。
ただAstroErectronicsのロゴに金色の円が追加されただけのものであり、それこそ一般人が見ても違いが分からないかもしれない。
しかし、この金色の輪は少しでもAstroErectronicsという企業を知っているものならば、このロゴを見た瞬間態度を変えるであろう代物だった。
通称金冠と呼ばれるそれはAstroErectronicsのトップクラスが参加する会議で承認を得た場合でしか使用することができない。
そのエンブレムを使用した部隊・個人はAstroErectronicsが全力でバックアップし、その部隊・個人の行ったことの責任はAstroErectronicsが負うという証。
このエンブレムを敵にするということはAstroErectronicsを敵にするということ。
それはAstroErectronics内部外部を問わず影響が及び、何人もそのエンブレムを邪魔することは許されない。
まさに切り札と言っていいものだった。
「つまり今回の件はこれが、過去をさかのぼっても使われたことが片手で数えられる金冠が使われるほどの案件ってことか」
「そういうこと。本当に頼むわよ」
その言葉とともにナージャはタブレットを操作し、それにより室内が明るくなる。
「さっきも言った通り、根回しは終わってるわ。それでもやってくる奴らはほかのコンティネント含めて覚悟ガンギマリの連中だから気をつけなさい」
「了解したよ」
ナージャの言葉にブリーフィングの終わりを感じ、ユートは席を立つ。
長話で凝り固まった体をほぐしつつ、ナージャに目をやると無言で頷かれる。
それが話の終わりの合図であることを確認して、ユートはゆっくりと出口に足を向ける。
ドアノブに手をかけて、ゆっくりとナージャに再度視線を向け確認のために口を開く。
それは金冠を乗せられたことに対しての確認。
我ながら少しビビっているのかもしれないなどと考えながらナージャに言葉少なく確認をとる。
「本当に、いいんだな?」
言葉を向けられたナージャは普段の陽気な姿をちらりとも見せず、真面目な顔をして頷く。
「すべてを薙ぎ払ってでも任務を達成する。それは、金冠はそういったものよ」
思った以上に強い言葉がナージャの口から放たれる。
ナージャから言葉とともに発せられたその覚悟を感じ取り、ユートは静かにナージャの決意に押されるように部屋から出て、後ろ手に扉を閉める。
そのまま無言で静まり返った廊下を歩き、先ほどまでの緊迫した空気が嘘のように騒がしい工場の敷地の外に出る。
「気楽な何でも屋くらいがちょうどいいんだがな」
先ほどまでの静けさが嘘のように騒がしい街を歩きながら空を見上げ、ぽつりとつぶやく。
「優秀なのも考え物ですね。難しい現場に送り込まれる」
「違いない」
少しも可愛げのないハルの言葉にこぼす苦笑いは街の喧騒に消えていった。