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 最後までこちらを振り返り続けるリンに軽く手を振り、ユートは通信室に入る。


 「・・・気が重いな」


 これから起こることを考えながら通信のためのパスワードを打ち込み、相手を呼び出す。

 レーザーによる超長距離通信が中継衛星を経由し、月の裏側に存在するAstroErectronicsの本社へと通信を届ける。

 しばしの待ち時間。

 相手との時差的にはまだ仕事中だと考えていたら通信画面に相手が映る。

 特徴的な赤髪を肩までの長さに切り揃え、そばかすが散った顔は人好きのする笑みを浮かべている。

 画面越しでもわかる小柄な体でAstroErectronicsの制服を着崩してその女性はユートの姿を認めると怒涛ごとく話始める。


 「はいはーいこちら、AstroElectronics本社技術開発局チーフエンジニアにしてあなたの愛すべき上司のナージャでーす。こんな時間にどーしたの?そっちはもう真夜中でしょ?早く寝ないと大きくなれないよー」


 「こっちは眠いんだ。少しテンションを落としてくれ」


 「だってユート君、テストパイロットとして地球に降りてから、定時連絡くらいでしか連絡くれないから、今日みたいなこと珍しくてさー」

 

 止まらないナージャの喋りに辟易しながら片手をあげてナージャの注目を得る。

 ナージャもただのおしゃべり好きではなく、大企業AstroErectronicsのチーフエンジニアまで上り詰めた才媛のためふざけるときとそうでないときの区別はつく。


 「先ほど遭難者を拾った。魔物に追われていたが現在、安全は確保している」


 ユートが報告を始めると、ナージャは先ほどまでのふざけた様子を消し去り静かにユートに先を促す。


 「ハルとリンによって危険物の持ち込みがないことはわかっている。本人は、ポイントゼロに向かうと言っていたが、とりあえず直近の街まで軟禁状態で乗せていこうと思っている。許可を」


 「ポイントゼロに?……ユート、その遭難者はさっき、つまり夜中に外をうろうろしていたってこと?」


 「あぁ。本人曰く乗り物がトラブったらしい」


 「……ちょっとその子のデータを送ってくれる?」


 その言葉の直後にユートから送られてきたデータを受信し、その後データを見て黙って考え込むナージャ。

 ソフィアの顔が写された画像データを見た瞬間に端正に整えられた眉が少し上がるも、その後は変わらずユートの送ったデータを見ながら黙り込んでいる。

 客観的に考えればあまりにも怪しいソフィアの状況。

 ソフィア本人と話すと何となく毒気が抜かれてしまい彼女がそのような人物ではないことがよくわかるが、ナージャはそうではない。

 まして不知火や雷はAstroErectronicsのテストパイロットであるユートに与えられたものでAstroErectronicsの企業秘密の塊と言えるものである。

 当然ソフィアレベルの不審者をはいどーぞと乗せられるものではないのかもしれない。


 「ナージャ」


 「ん、あぉ。良いわよ、オッケーオッケー。その子を乗せることについては何の問題もないわ」


 熟考していたナージャに説得のために声をかけようとしたらやけにあっさりと許可が得たことに驚くユート。

 最悪ソフィアの手足を手錠で拘束し、目隠しをしたうえでならというレベルの条件が課せられてもおかしくなかった。

 そのいずれもなく、軽い調子で出された許可にユートは何か不穏なものを感じる。

 少なくとも、ナージャ、さらにはAstroErectronicsは、企業秘密漏洩の危険よりもソフィアを乗せることが大事と思わせる何かがある、ということなのかもしれない。


 「いいのか、ナージャ?」


 「だいじょーぶ。この私が許可するわ。任せなさい!」


 そうあっさり答えるナージャの笑顔は、ユートにそれ以上は何を聞くなと言っており、ユートも渋々話を切り上げる。

 この仕事についてそれなりになるが、AstroErectronicsほどの大企業にもなれば”need to know”つまり知る必要のないことといったものも多くある。

 知ろうとする必要もなければ、普通に暮らしたければ知らない方がいいものもある。

 ソフィアのことについてもそういった類のものなのだろう。

 ナージャの様子からユートは自分で勝手にそう納得する。


 「オーケイ、わかった。それじゃあそういうことで。報告は、以上だ」


 「はいはーい。早く寝るのよー」


 子供のころから変わらないナージャの子ども扱いに、あきれて無線を切ろうとした瞬間。

 画面上のナージャの顔が、最後の一瞬だけ真面目な顔になる。


 「・・・気を付けて、ユート」


 「あ、あぁ」


 両親が事故で亡くなり、幼少期から親代わりだったナージャがそんな風に真剣な顔をしたことはほとんどなかった。

 最後に見たのは、ユートがテストパイロットとして実戦に向かうときだったか。

 あれから八年くらい経つが、あのような真剣な顔はその時以来見ていない。


 「・・・厄介ごとか」


 それも飛び切りの厄介ごとのたぐいだ。

 本人はどこか抜けている少女でしかないが、いったいソフィアの何がナージャにああ言わせたのか。

 最寄りの街まで2日から3日、いつも以上に気を付けて行くしかない。


 「はぁ・・・」


 ポケットから煙草を取り出し中を確認する。

 街までもう少しだったこともあり昼に少し多めに吸ってしまったため街までの残りの日数を考えると残りの本数は十分とは言えないだろう。

 重い足取りで通信室を後にするユートの背中は悲しいほどに煤けていた。



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