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「なんだ!」


 突然起きた自然現象ではありえない光にユートは驚きの声をあげる。

 何とか死力をつくしてマナホールに対抗しているところでさらにこれ以上の追加はごめんだと周囲の状況を確認する。

 次の瞬間空から落ちてきた青い光が稲妻に直撃する。


『お兄!』


「リン?」


 空耳かと自分を疑うが、しかし自身の脳裏に響いてくるその声は幻聴ではありえない。

 混乱するユートをよそに事態は動き始める。

 ユートを混乱に叩き込んだ声はソフィアにも届いていた。

 先ほどまでの強張った顔をわずかに緩めた彼女は、集中するかのように両の目を閉じて呼吸を整える。

 先ほどまではマナホールに対する抵抗のために余裕がなかったが、リンの意識とともに稲妻のもとへ運ばれたマナがソフィアに新たな対抗手段をもたらしていた。


「ユートさん聞いてください」


「ソフィア?」


 いつぶりだかわからないリンの泣き声に戸惑っていたユートはソフィアの声にあたりの状況を再度確認する。

 先ほどまで稲妻を引きずり込もうとしていた力はかなり減衰しており、稲妻の周辺は凪のように静まり返っていた。

 何が起きたのかをユートが確認する前にソフィアが言葉を続ける。


「マナホールのコアを雷で撃ち抜いてください」


「……コアってのはどこにあるんだ?」


 少なくともソフィアのいうコアは稲妻の狙撃支援ユニットでは確認できない。


「マナホールは先程言ったようにマナで重力を制御しています。より詳しく言うとマナで空気中に回路を描いてそこを起点に重力を制御しています」


「つまりその起点の回路がコアってわけか」


 そう言ってユートはメインモニターにマナ濃度を示す画面を表示させるが、マナホールの周辺はマナ濃度が高すぎて真っ赤に染まっており、回路などかけらも見えない。


「正直、このマナホールクラスのマナ量では普通ならば荒れ狂うマナによってコアが隠されてしまうのですが、リンさん、今のあなたならマナホールの荒れ狂うマナの流れを読み切れるはずです」


「わかった!」


 今は議論をする時間ではない。

 戦場での躊躇は命に係わるという鉄則のもと、この事態を打開しうる何かを知っているソフィアの指示に躊躇なくリンは了解を返す。


「ユートさん、今稲妻の周囲を無理やり安定させますので射撃準備を。粒子にマナを纏わせますのが時間的に一発勝負になります、よろしいですか?」


「粒子に、マナを?」


 全く聞いたことのない理論に思わずユートが疑問を口にする。

 

「詳しい理論は置いておきますが、撃ちだす粒子にマナを纏わせることで他のマナの影響を排除します」


「簡潔に頼む」


「マナホールのコアに当てれば制御を失ったマナホールはすぐに消え去ります」


 ソフィアの言葉にユートは無言で集中を整えなおす。

 静まり返った稲妻の周囲で構えられた雷が銃身から青い光を漂わせている。


「……いつでもいいぞ」


 言葉少なくユートは静かにその時を待つ。


「リンさんどうです?」


 ソフィアの声はリンのすぐ隣から聞こえたように感じた。

 普段なら笑顔を返すところであるがリンの置かれた状況はそれをできるほどの余裕がなかった。

 彼女の視界には嵐の海のように荒れ狂うマナの流れが映し出されていた。

 濃淡、陰影が織り交ざった青い光が幾重にも折り重なり、視界を塗りつぶさんとしており、この中からマナ回路を見つけ出せと言われても簡単にできる物ではない。


「正直ぐちゃぐちゃだしビカビカ光っててよくわかんないんだけど!」


 普通の人間には、そして普段の彼女では見ることもできないその暴力のような光景にさしものリンも泣き言を漏らさず、とはいかないがそれでも光の渦から目を離すことなく見つめ続ける。


「リンさん、今のあなたならマナがどれだけ人の願いに寄り添うのかがわかるはずです」


「……うん」


「先程も言った通りマナホールの回路は自然に世界を流れるマナとは違い、人の意思に

よって描かれています。つまり人の願いで制御されたマナは、マナホールの余波で荒れ狂うマナとは異なるはずです」


 そのソフィアの言葉でリンの視界がスイッチを入れたように切り替わる。

大枠では先ほどまでのギラギラと光る光景とは変わらないがその中でも意識をすると、ある一定の法則で走る光が浮かび上がる。

 ソフィアが言うその回路は擱座したカササギを結ぶように循環し、自然界に偏在するフラクタル構造のような光の芸術を描き出している。

 流れる回路は緻密に絡み合い荒野に大きな3つの球体を作り出していた。


「これって……」


「マナが人の意思に、願いに影響されるのならばマナに感応できる今のリンさんはマナか

ら回路を作くった者の意思を感じることができるはずです」


 それはリンが知る回路とは大きく異なるが、人の意思に沿うように描かれる回路はそれを描くマナがその意図をリンに伝えてくる。


「おっきい球体が3つ……どれも同じに見えるけど、マナホールの中心を囲むように浮いてる。3つとも壊す?……ううんこれは、フェイク?」

 

「……その可能性はあります。マナホールは大規模なマナ兵器ですがその分の起動から発動までラグがあります。マナ回路自体は可視化できる手段が多いためその起動時間にマナホールの回路を守るためにフェイクや防御回路を入れておくのはよく使われる手ではあります」


「でも防御回路は目的が違うから回路自体が違う回路のはず。同じように見えるってことはフェイクの方。人の意思、ね」


 リンはそうつぶやきながら3つの球体を見比べる。

 そろそろマナホールの完成が近いのか、最初とは比べ物にならない風が稲妻の周囲を吹き荒れるが、稲妻にはその風は届かない。

 ツインビーから発せられる青い光が荒れ狂う風を弾き稲妻の周囲を静寂に保っている。

 ただしソフィアの言う通り無理をしているのだろう。

 ツインビーからは時折異音が発せられ、さらに稲妻自身もリミッターを解除し全力稼働を行ったあとだからかモニター全体を赤い異常を示すアラートが占領している。

 アラートに急かされながらもじっとリンの答えを待つユートの耳に細く長くリンが息を吐く音が聞こえてくる。


「……濁った青が2つに澄んだ蒼」


 ぽつりとこぼれたリンの声の意味を聞き返す前に稲妻のメインモニターにターゲットを示すマーカーが現れる。

 マナホールのコアを示すそれは衛星かのように青い球の表面を絶えず回り続けている。


「ターゲットをメインモニターにマークした。このマーカーを撃ち抜けばいいはず。」


「わかった。ソフィア、そっちでターゲット周辺の観測データを出せるか?」


 そのユートの言葉に間を置かず、マナホールのコアを映し出したメインモニターの脇に重力場や湿度、マナ濃度等が追加で映し出される。


「距離は、3000メートル以上離れています。マナホールの影響で重力場も乱れていますし、風や温度の影響もありますが……「大丈夫だよ、ソフィ」」


 ソフィの不安の声にリンが声を重ねる。

 先ほどまでと比べたら生来の明るさを取り戻したその声にはユートに対する信頼があふれていた。


「そう、ですね。ちょっと不安になっていたみたいです」


「まぁ、私には及ばないまでもお兄だってそんじょそこらのパンピーじゃないわけだから

ね、これくらいならっ」


 リンの言葉が終わる前に粒子の光がほとばしる。

 一拍おいて稲妻を揺らす衝撃と特徴的な砲撃音。


「俺も妹には及ばないが、それでもそこいらのパイロットとは違うからな」


 そのユートの言葉とともに、先ほどまであたりを包んでいたマナの暴風がやむ。

 メインモニターには重力場の乱れが収まっていく様子が映し出されていた。


「まぁこれくらいはやって見せないと猟犬とは名乗れないよな」


 そう言いながらユートはシートに重い体を預ける。

 久しぶりの重労働に魂まで抜けそうなため息を着くと今まで集中のあまり耳から追い出していたレッドアラートがけたたましく騒ぎ、疲れ切った脳を揺らす。

 いったんハルに頼みすべてのアラートを落として回収を依頼する。

 そうこうしているうちにリンの声は無線越しの声に変わり、代わりにハッチ越しにソフィアのこちらを気遣う声が聞こえてくる。

 

「いろいろと助かったよ、ソフィア嬢」


 幸いにも正常に稼働したコックピットハッチを開けて、稲妻のコックピットから出てこちらを覗き込むソフィアにユートは軽く頭を下げる。

 知識のもとはわからないが、彼女がいなかったらここでお陀仏になっていたのは間違いない。


「いえ……」


 妙に歯切れが悪いソフィアの様子に、どこまで聞いたものかとしばし思案する。

しばらく二人の間に沈黙が落ちる。

 先程までと違って穏やかになった砂交じりの風が流れる中、ユートは砂煙をあげながら近づいてくる不知火の姿を捉える。

 

「とりあえず、不知火に回収してもらおうか。まぁ結構ぼこぼこだから回収してもすぐに治るかはわからないが」


 そう言って二人で足元の稲妻に目を落とす。

 受けたダメージのせいか火花を散らす箇所もある稲妻の様子にため息をつくユートの様子にソフィアは苦笑いを浮かべる。


「リンが騒ぐな」


「ここまで稲妻が壊れてしまったのは、仕方がないことなのでは?」


「あいつも仕方ないとはわかるはずだが、それでも自分の手がけた機体が壊れると冷静に

はいられないみたいでな」


 そう言ってこの状態を見たリンの様子を思い浮かべているのかユートは憂鬱そうな顔をする。

 そんなユートの様子をほほえましそうに見ていたソフィアは、何かを感じて空を見上げる。

 次の瞬間、あたりに鈍い金属音が響く。

 その次の瞬間、先ほどまで聞こえていた風の音が消える。

 近づいてきているであろう不知火が立てる音もまた消える。

 異常な事態に、ユートの脳は以前の記憶を呼び覚ます。


「セルペンス、だったか?」


「覚えていただいたようで何よりです」


 ふと思いついた人物の名をつぶやいたユートの声にあるはずのない答えが返ってくる。

 稲妻の上に立っているユートのさらに上から聞こえてくる。

 見上げた空は雲一つない青が埋め尽くしていたが、太陽を背にするようにぽつりと黒い点が張り付いている。

 逆光もあり細かくは見えないが、それでも砂漠には全く似合わない黒いタキシードスーツがいやでもあの日出会った彼のことを思い起こさせる。


「いやぁお見事でした。ここまで準備を整えればとも思ったのですが、そう甘くはなかったようですね」


「全部お前の指金だったのか?思惑通りに行かなくて申し訳ないな」


「さて、それはどうでしょう?」


 そう言ってシルクハットを押さえるセルペンスの表情は逆光によってユートからは見えないが、それでも出会った日のような薄ら笑いを浮かべている事だけはなぜかわかる。


「とはいえ、私が以前言ったことを覚えていますか?」


「技術の果て云々ってやつか?」


「覚えていたようで何よりです」


 ユートの返答に満足そうに頷きながら、セルペンスは自身の高さをどうやってか調整したようでユートと同じ目線の高さまで降りてくる。


「今日は素晴らしいものが見れました。人とマナの可能性の一つ。まだつぼみとはいえ大変に満足いくものでした」


「何?」


「わかりませんか?あなたの妹さんはマナにより距離という概念を超越したのですよ」


 そう語るセルペンスの瞳は今までのうさん臭さがなりを潜め、多大な狂気をはらんでいた。

 この世のすべてが楽しくて仕方ないとでも言うような笑顔を浮かべながらセルペンスは言葉を続ける。


「人はマナにより肉体という枷から解放され、いずれは時をも超えていけるかもしれな

い!これが素晴らしいと言わずになんというのでしょうか!」


「……あなたは、まだそんなことを言っているのですね?」


「今私は彼と話しているのですがね」


 あっけに取られるユートの後ろから凛とした声が響く。

 先ほどまでとは一変して心底不愉快そうなセルペンスの視線の先には険しい表情を浮かべたソフィアが堂々とセルペンスの視線を受け止めていた。

 普段の彼女からは考えづらいその言葉に困惑するユートを置き去りにしてソフィアはさらに語気を強めていく。


「自分勝手な願いのために関係のない他人を巻き込んで何をはしゃいでいるのですか。そ

もそも私たちは無暗に介入すべきではなかった」


「それは君たちの勝手な言い分だ。種はすでに蒔かれていた。私が望むように花を咲かせ

るために手を加えることの何が悪い」


「あるべき正しい進歩を歪めて上位者気取りですか。そうやってあの悲劇をもう一度繰り返すのですか?」


「……話しになりませんね」


 セルペンスはそう言い捨てて肩をすくめると視線をソフィアからそらしユートに向ける。


「邪魔が入り申し訳ありません。ですが私の願いは変わりません。技術の、進化の果てを見せてください。その先にこそ私の求めるものはあるのです」


「はいそうですかと答えると思っているのか?」


「あなたにとってもそう悪いものではないと思いますが……少なくとも星の魔女のもとに

あなたがいる限り、あなた方は果てを目指し続ける必要があるはずだ」


「星の、魔女?」


 聞き馴染みのない言葉にユートは困惑の声を上げる。

 言葉からしてWitchに関するものだとは思うが今までに聞いたこともない。

 ソフィアを横目で盗み見ると何か心当たりがあるのか眉間にしわを寄せている。


「詳しくは知りたいのならばそこの女にでも聞いてみることです」


 そう言ってセルペンスは踵を返す。


「待て!」

 

 とっさに声を上げたユートをあざ笑うかのようにセルペンスの姿は空に滲むように見えなくなる。

 先ほどまで会話をしていたこと自体が幻覚かと思えるほどにそこには何もない。

 気が付けば風の音や近づいてくる不知火の音が戻ってきており先程の奇妙な空間が解除されていることに気づく。

 まるで白昼夢のような時間に思わずユートはソフィアの方に振り向くとそこには先程までと同じように険しい表情で空を睨む彼女の姿があり、そのことにより今までのことが夢 などではないことを知らしめている。

 

「ソフィア嬢」


「……」


 聞きたいことは山ほどある。

 まるでソフィアと知り合いのようなセルペンスの事や星の魔女という言葉。


「ソフィア嬢」


 ユートの呼びかけにソフィアは澄んだ瞳でユートを見つめる。

 それは普段彼女が見せていた微笑でも、そして先ほどまで見せていた険しい表情とも違う、超然とした表情だった。


「行きましょう、ユートさん。目的地までもう少しです」


「……そこに何がある?知る必要のない物があるということはわかっているが、あいつ

が、リンが関係している以上俺も引く気はない」


「……」


 二人の間を沈黙が覆う。

 ユートの強い視線を受けながらもソフィアはひるむことなくユートを見つめ返すが、ふ と何かに気づいたかのようにユートから視線をそらす。

 

「お兄!ソフィ!」


 そらしたソフィアの視線の先には不知火のサイドハッチから身を乗り出しながら大きく手を振るリンの姿が映っていた。

 先ほどまで泣いていたからか目を腫らすリンの姿にソフィアは先ほどまでの超然とした雰囲気を振り払うかのように大きく息をつく。


「行きましょうか、ユートさん」


「あぁ」


 普段と同じような雰囲気に戻ったソフィアの様子に額を押さえながらユートもため息を吐きながら稲妻のコックピットに戻ろうと踵を返す。


「……リンさんと一緒に聞いてほしいことがあります」


 そんなユートの耳に聞こえてきたソフィアの言葉に思わず振り返ると穏やかなしかし何かを決意したかのような表情を浮かべたソフィアと目が合う。


「……楽しみに待ってるよ」


 投げやりな言葉はユートとともに稲妻のコックピットに消えていった。


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