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「向こうからの通信が途切れたと?」
「データリンクが途切れてます。作戦領域にはレーザー通信を阻害するような要素はないはずですので、データリンクが途切れてしまっているということはそういうことかと」
轟音が響くなかでの冷静なシャオレイの声が響く。
「母艦にマナフレーム三機で足りないか」
ぼそりとこぼれるマイケルの声はもはやあきらめを通り越して笑いの色を含んでいた。
「ってことはそろそろこっちに近づいているころかなっと」
そのマイケルの言葉を合図にしたかのように、制圧射撃を加えていたカササギのうちの1機が吹き飛ばされる。
「ロックオン無しの狙撃!?これが向こうの隠し玉か!」
マイケルが毒づく間にさらにもう1機が肩部分に装備された無反動砲を吹き飛ばされ、機能を喪失する。
「かなり遠距離からの攻撃です。ロックオンもされていないので大まかな位置しかわかりません」
シャオレイからの発射予測地点がモニターに表示された瞬間にマイケルは決断する。
「残ったすべての機体で敵母艦を確保。猟犬の相手は僕がする」
このまま一方的にアウトレンジで数を減らされるよりはましだろう、と半ば自棄になりながら決断する。
言葉とともにカササギに持たせていた重量のある狙撃用ライフルをパージし、腰部マウントから突撃銃を手にする。
「行くよぉ!」
踏み込まれたフットレバーに答えるようにカササギの背部スラスターから爆音が上がり、機体をたたきつけるように前進させる。
カササギの限界に近い速度で僚機を追い越したマイケルは、稲妻へと肉薄する。
「速いな、エースか」
少しでも気を引くためにつないだレーザー回線からユートの声が漏れてくる。
カササギのスペック上の最高速帯での機体制御技術、美しい回避軌道に思わず漏れたユートの声。
「君に比べたらエースなんて恥ずかしくて名乗れないよ!」
2機のマナフレームが足場の悪いはずの砂漠をものともせず、高速で動き回る。
いわゆる引き撃ちとも言われる状態でマイケルとの距離を保ちつつ残りのカササギをけん制するユートに歯噛みをしながらマイケルは自機のスラスターを吹かす。
しかしマイケルのカササギから吐き出される弾丸は、稲妻をとらえることなく、砂を巻き上げている。
「っちぃ」
撃ち切ったマガジンを外して予備のマガジンを装填する。
時間にして10秒もかからないその間に稲妻は右手に抱えた雷を構える。
一瞬の溜め。
マイケルがフットペダルを蹴り飛ばすと同時に雷の銃身から解放された粒子は、収束されたまま稲妻に背を向けていたカササギの右足を吹き飛ばす。
「2番機、行動不能。3番、5番ともに戦闘不能」
ユートはマイケルをあしらいながら背を見せた敵に対しての精密な狙撃で確実に屠っていく。
シャオレイの言葉は冷酷なまでにマイケルにこの場での勝敗を突き付けてくる。
砲戦仕様のカササギでは不知火までたどり着けず、稲妻か不知火の餌食になるしかない。
まだ機体は残っているが、完全に詰んでいた。
「それでもさ、このままはいそうですかって終わるわけにもいかなくてねぇ!」
そう言いながらマイケルはさらに稲妻に追いすがっていく。
「悪いけど付き合ってもらうよ」
マイケルの叫びに呼応するようにカササギが稲妻に向けて弧を描くように加速していく。
風で流される砂と雲以外動くもののない砂漠の中で、2機の鉄騎が互いの生存をかけて走り回る。
バースト射撃の音と粒子の音が響く中で、先ほど不知火の一撃で沈んだはずのカササギのメインモニターにほのかに明かりが灯る。
パイロットは気絶しているのか動く気配がない中で、モニターだけがその光量を増やしていく。
「自信を無くすよ、ここまで当たらないとさぁ」
最新鋭の照準装置にマイケルの経験が組み合わさった射撃は本来ならば容易く敵を食い破り鉄くずに変えるが、今回だけは違った。
当たると確信したバースト射撃は未来を読んだかのようなブーストと手足を振り回すことによって生まれる反動を利用した軌道で空を切る。
対して稲妻は先程まで狙撃を行っていた雷の収束率を変えてショットガンのようにビームをまき散らしていく。
マイケルの腕もあってか直撃は何とか避けているがそれでも小さくない蓄積ダメージによりカササギの動きが徐々に悪くなっていく。
「お兄、そっちはどうよ?」
死に物狂いで機体を振り回しながら互いの隙を伺っていたユートとマイケルの間に場にそぐわない能天気な声が割り込んでくる。
「リン、そっちは?」
「帰ったらオーバーホール確定かなぁ」
リンの口から出た言葉はマイケル以外の部隊員が全員撃墜されたことを示していた。
「ってわけだがどうする?」
リンの声に動きを止めていたマイケルに向けて、警戒を緩めることなくユートは確認する。
これ以上、少なくともマイケルにとっては不毛な戦いをするのか、否か。
少しの沈黙。
マイケルの脳裏を過るのはここまでの戦力のお膳立てをされてそれでも負けた自分の今後だった。
どんなに相手が常識外の力を持っていたとしても、結局はマナフレーム1機と母艦1隻に完膚なきまでに負けたという結果は変わらない。
今後の仕事には間違いなく支障が出るし、何だったら傭兵稼業は廃業かもしれないがそれでも……
「……それでも命あっての物種だからねぇ」
そう言ってマイケルのカササギは手にしていた突撃銃を投げ捨てる。
「シャオレイ君、僕の負けだ。生き残りがいるなら武装解除の指示を」
「……了解致しました」
そう言ってシャオレイはオープン回線から抜け、地に伏すカササギに対して作戦終了及び武装解除を告げる。
「無いとは思うが、偽降はおすすめしない。通用するとは思わないことだ」
「まぁ今この瞬間にも母艦の主砲に狙われているかもしれないからね。おとなしくしてお
くさ」
そう言ってマイケルはカササギの両手を上げ、無抵抗であることを示す。
それを確認し、ユートはゆっくりと稲妻を後退させ始める。
「機会があったら今度は味方として会いたいねぇ」
ユートを称えるマイケルの言葉。
その言葉にユートが答える瞬間、異変が訪れる。
「お兄、マナ濃度急速上昇!マナを散布してるレベルじゃない!」
リンの言葉とともにユートの周囲がうっすらと青く輝き始める。
「中佐、各カササギのメインジェネレーターが出力を上げています。パイロットたちから制御不能との連絡が」
「なんだって?」
リンと時を同じくして入ったシャオレイの連絡がきっかけだったのか、マイケルのカササギのコックピット内にもレッドアラートが鳴り響く。
何とか自分を落ちつけながら、緊急停止コードを入力するも全く反応がない。
そうしているうちにもメインジェネレーター内のマナが急激に上昇していることがメインモニターに映し出される。
「どういうことだ?」
目の前で振動しながら、機体の各部から青いマナの光を発し始めたカササギにユートは眉をしかめる。
「すまないが、僕にもわからない」
何度か緊急停止コードを打つが全く反応せず、強制脱出用のレバーを引くもそれにも反応がない。
時間を追うごとに大きくなる機体の異音にマイケルは自身の行く末を悟る。
少なくとも脱出機構も完全にいかれている状態でこのまま無事に済むと思うほどおめでたい頭はしていない。
体の力を抜き、大きく息を吐く。
煩わしかったヘルメットを外し、首元を少し緩める。
口封じか、などとも考えるがそんな意味がないことをマオリーがするだろうか。
死ぬことが避けられないとなるともう少しうろたえるかと思ったが、意外と落ち着いているものだと自画自賛をする余裕さえある。
「シャオレイちゃん離脱しな」
「中佐!」
「メインジェネレーターが暴走してるんだ。巻き込みたくない」
高まり続けるマナ濃度が、レーザー通信すら歪め、ついにはマイケルの耳にはうるさいアラートしか聞こえなくなる。
ふと、メインモニターが先ほどから垂れ流していた真っ赤な画面から黒に染まる。
そこには一つの兵器の起動シークエンスが流れ始めていた。
「新兵器……マナホール?」
直後、マイケルの意識は途切れた。