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旧ユーロン地域の森林地帯。
かつてはアスファルトで舗装された道路であったその場所も今ではアスファルトもひび割れ、割れた隙間から草が生え放題になっている。
時刻はもう深夜といってもよい時間であり、あたりには風が草木をくすぐる音と、虫のさえずりのみが響いている。
自然が人工物を侵食しているような景色の中で、唯一それに相反するように道路脇に金属の塊がひっそりとその身をうずくまるようにかがめていた。
全長が20メートルはあるであろうそれは、旧世紀の戦車を巨大化させたような見た目をしており、天頂部には連装砲のようなものが設置されている。
しかしそれも今は稼働状態になく、周囲と調和をとるように息をひそめていた。
「・・・ん」
緩慢な動作でベッドから起き上がった男の体を、男の動作に合わせて明るさを増した照明が照らす。
身長は180センチメートルを超える程度で、鍛え上げられて引き締まった体をしている。
黒髪は雑多に切られており、その下からは切れ長な瞳が不機嫌そうに細められている。
「ハル?」
「音響センサー、振動センサーに微弱な反応があります。レーダーのほうはマナによる
阻害がひどく森の奥までは見通せない状態です、ユート」
男、ユートしかいない部屋に何者かの声が響く。ハルと呼ばれたその声は、この場所に何かが近づいていることを知らせている。
ハルの報告にユートはベッドから降りて部屋を出る。
「リンを起こせ。不知火、エンジン起動」
「了解。不知火、エンジン始動」
ハルの言葉とともに、ユートの歩いている通路が軽く振動する。
不知火と呼ばれる陸上戦艦が眠りから覚め、その身を震わせた音だった。
ユートが不知火のコックピットブロックに入るとメインモニターに不知火付近の状況が映し出される。
「東方の森林から複数の足音と思われる音、振動を感知。データベースによると中型の
魔物複数と推定。こちらにまっすぐ向かっています。何かに追われているのか、それと
も・・・」
「何かを追いかけているのか、か」
「お兄、お待たせ。稲妻、準備できてるよ」
そういいながらコックピットブロックにもう一人小走りで入ってくる。
年のころはまだ10代であろうその少女は、黒髪を後ろでまとめ、勝気そうな目をらんらんと輝かせている。
ユートのことを兄と言ったように彼女にはユートと似通っている特徴が多い。
「リン、俺は稲妻で警戒に当たる」
「はいはーい」
「ハル、不知火はすぐに動かせるようにしておいてくれ」
そう言ってユートは不知火後部にあるマナフレーム格納庫に向かう。
マナフレーム。
それは旧世紀SFでしかなかった人型起動兵器と言われるものがマナというエネルギーと多くのブレイクスルーを経て生まれたものだった。
開発当初、マナフレームは便利な重機でしかなかった。
しかしマナによる無線系へのジャミングという効果が確認されたことにより、戦いの比重はミサイルなどを撃ちあう長距離戦から有視界での近距離戦へと時代をさかのぼることになった。
当初重機として生まれたマナフレーム(MF)は魔物、人を問わず多くの戦いを経て、進化、洗練されており、今や戦場の花形とまで言われている。
「リン、発進シークエンス3番から7番まで省略、暖気が済み次第出すぞ」
「了解。発進シークエンス3番から7番まで省略、武装3番コンテナを選択」
暗闇の中でリンの指示に従い、稲妻と呼ばれていたマナフレームにロボットアームが群がっていき。しばらくしてそれらが離れた後には武装が装備された稲妻が出撃の時を待っていた。
発進シークエンスを省略し、稲妻のメイン動力に火が入ったことを示すように、頭部にあるツインカメラが薄く光を発する。
「暖気完了。武装、装備完了」
「ハッチ開放」
「アイマム。後部ハッチ、開放」
ハルの言葉とともに不知火後部のハッチが左右に開き、月明かりにより稲妻と呼ばれるマナフレームの全身があらわになる。
全長6メートルほどの機体は黒を基調として、ところどころに黄色いラインが走っており、背部には機体とは不釣り合いな大きさのバックパックが取り付けられている。
兵器としては陸上兵器の戦車のような武骨さではなく戦闘機のような流麗な美しさを備えたそれは機動力特化といった印象を与えるだろう。
肩の部分につけられた雷を咥えた黒い犬のエンブレムはそれを彩るようにつけられた星の数とともにその機体の持ち主の力量を表している。
右手には40mm突撃銃が握られており、バックパック部分に全身の半分の大きさにも届きそうな武装、試作荷電粒子砲「雷鳴」が使用されるその時を待つように鈍い光を放っていた。
「稲妻、出るぞ。不知火は微速発進。その後巡航速度で道なり、北方に退避を」
「了解!・・・なんだけどお兄、これ見て」
リンの言葉とともに雷のメインモニターに不知火の観測情報が送られてくる。
「これは、小型機械の駆動音・・・なのか?」
「データベースに該当のものはありません。が、今までの観測結果から推定人類が魔物
から逃げている考えるのが自然かと」
「・・・」
先ほども述べたとおりマナによるレーダーに対するジャミングただでさえレーダー類が役に立たず、さらに視界までもが悪くなる夜というのは基本的に人の活動する時間ではない。
軍でさえ必要最低限を除き夜間行動を行わない。
そんな中で夜に行動をするのは、何かしらの理由を持ったものが多い。
そしてその大半が大手を振って昼間に出歩けないといったものだ。
このデータの主がどちらかはわからないが、高い確率でこのままでは何かしらの厄介ごとに巻き込まれることになるだろう。
「いずれにせよ、向こうがこっちに向かってきている以上やり過ごすこともできないだ
ろうな」
「お兄・・・気を付けてね」
心配そうに声をかけるリンにユートは頷くことで答える。
「あぁ、ちょっと夜のマナーを教えてくるだけだ、すぐに戻る。ハル、推定人類を巻き込むと困るから突撃砲は置いていく」
「わかりました。ユート、彼らは間もなく森を抜けます」
「わかった。ユート・ナルカミ、稲妻出るぞ」
その声とともにユートの駆る稲妻は不知火から離脱し、朽ちかけた道路上にその大きさからは考えられないほど静かに着地する。
その後すぐに音の聞こえてくる方向に向けて、バックパックに装備されていた雷鳴を構える。
ユートの見つめる森の中からはもう稲妻のセンサーでも捉えられるレベルの音が響いてきていた。