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 ユートたちを乗せた不知火が向かう進路の先にマイケルはいた。

 カササギのコックピットの中で後方の支援車両ロングイから送られてくるデータを見ながら軽くて手首を回す。


「中佐殿、待ち構えるなら識別信号なんて出さずに隠れて待ち伏せでもした方がよかったのではないですかね?」


 そう言ってくるコンティネント3から派遣されてきた飛虎部隊のフェイ少尉の言葉にマイケルは苦笑いする。


「少尉は、Witchの相手をするのは初めてかい?」


「Witch?……それは、何かの冗談ですか?」


 Witch。


 それ自体は俗称であり、研究者の間では真にマナに適応した者と呼ばれている。

 大多数のパイロットたちにとってはよくある冗談の一つだったが、一部のパイロットにとってその言葉は何よりも恐れなければならないものとなる。


「別におとぎ話のように魔法を使うとかそういうんじゃないけれどね。ただ普通の人間ではありえないような回避、未来予知じみた射撃精度etc、etc。1回ならば、どれか一つだけならばそんなこともあるだろうけれども奴らは呼吸するかのように離れ業をやってのける」


「魔物のようにマナに適応して人が進化したとでも言うんですか?」


「マナが原因かどうかは研究者でもない僕にはわからないけど、でも確かにいるのさ、人

間というくくりには入れられない化け物がね」


 あまり見せないマイケルの声色に、飛虎部隊の誰もが言葉を失う。

 その様子を知ってか知らずか、マイケルはその恐怖を刷り込むように言葉を続ける。


「そして人類という臆病者は自身の理解が及ばない化け物にWitchと名前を付けて、マナという理由を付けて、迫害していたのさ。人間わからないということが一番怖いなんて言うしね」


 そう語るマイケルの言葉はいつになく温度をなくして響く。

 初めてWitchと呼ばれた少女はマイケルの言う通りにMagicCentury初期に古の魔女狩りを彷彿とする迫害に遭い、その命を落としたと言われている。

 人々は未知を恐れ、そしてさらに異端を恐れ、群れから排除しようしてきた。

 Witchという呼び名は魔女狩りになぞらえてつけられた忌み名であり、差別用語でもあると言った方が正しいだろう。


「では中佐は、猟犬がWitchだとおっしゃるのですか?」


「あぁ。あれは間違いなくWitchさ。それも特級のね」


 今まで黙って聞いていたロングイに乗るシャオレイがたまらず声を上げる。

 以前の戦いのときにマイケルはそれを痛感していた。

 小隊に囲まれながらも、それを相手にすらせずに、さらに離れていた自分にまで注意を払っていた。

 一方的な結果になったが彼らだって地上において実戦経験が豊富な部隊であったにも関わらずそれを歯牙にもかけなかった。

 人という枠を完全にはみ出た化け物。

 確かにそんな相手には奇襲することにより一方的に叩くことが有効そうではある。

そんな疑問に答えるようにマイケルは声のトーンを幾分明るくする。

 

「Witchはね、敵意を読み取るんだよ」


「敵意、ですか」


「ま、聞いた話でもあり、映像を見たこともあるんだけど。自分に害を与えようとするのがわかるんだってさ」


 至って真面目に語るマイケルではあるが、聞く側はどうしても半信半疑になってしまっている。

 無理もないことだ、とマイケルは独り言ちる。

 以前マオリーの伝手で見たとある実験映像がなければマイケルだってこんなおとぎ話みたいなことは言わないだろう。

 その映像は演習施設内で仕掛けられたすべてのトラップ、奇襲をまるであらかじめ知っていたかのように回避する一人のWitchの映像だった。


「隠れてたってばれてしまうならば、準備万端に態勢を整えて当たった方がいい。Witchといえど武器は僕らと同じようなものを使ってるんだ。君たちに支給されている大盾ならば貫通することはない。敵の攻撃はしっかりと受け止めて、火力を集中させた面制圧で叩けば勝てる、かもしれない」


「この人数差でそこまでやっても、かもしれないですか」


 畏怖からか震えるフェイ少尉の声にマイケルは自身の失敗を悟る。

 注意はもちろん十分にすべきだが、だからと言ってビビられてしまえば作戦自体が崩壊してしまう。


「ま、さんざんいろいろ言ったけどWitchは液体金属の体じゃないんだから弾が当たれば死ぬ」


 マイケルは少し脅しが過ぎたかと旧世紀のSF映画をもじって軽口を飛ばす。

 銃も爆弾も聞かなかった映画の敵は最終的に溶鉱炉に沈んでいったが今回はそこまでする必要はないはずだ。


「君たちへの注文は2つ。制圧射撃を切らさない。母艦はできる限り傷つけずに確保すること」


 マイケルの言葉に飛虎部隊から了解を伝える言葉が届く。


「それじゃあ、ぼちぼちやろうか」


「マナ散布開始します」


 マイケルの言葉を合図に飛虎部隊のカササギは砂だらけの悪路をものともせず展開を開始する。

 それに答えるように後方のロングイからはシャオレイの指示でマナが散布され、荒野に広がっていく。

 次第に無線機からは散布されたマナの影響でノイズが大きくなり、ついに他の僚機との通信は途切れ、ロングイからのレーザー通信による戦場のデータリンク映像だけがサブモニタに僚機と相手の位置をリアルタイムで映し出している。

 こちらの動きを察知したであろう不知火から射出された稲妻は不安定な足場をものともせず速度を上げ、まっすぐにこちらに近づいてくる。


「お手柔らかに頼むよぅ」


 マイケルはそう言った瞬間、フットペダルを蹴りつけ、機体を右に跳ねさせる。


「っとぉ……問答無用かぁ」


 先ほどまでマイケルがいた場所を貫いた雷鳴による遠距離砲撃により砂がガラス化し、照り付ける太陽の光をあたりにまき散らす。

 荷電粒子砲雷鳴のの一撃を合図に砂漠に雨を降らせるように降り注ぐ制圧射撃がガラス化した砂漠を砕いて破片をまき散らす。

 マナフレーム6機分の制圧射撃と合間に放たれるマイケルの精密射撃は荒野に砂を巻き上げる。


「マナフレームを母艦から引き離す。制圧射撃、そのまま。母艦との壁を作るように撃ち込んで」


 マイケルの指示がロングイを通して各機に送られる。

 少ししたのちにマイケルの指示通りに雷と不知火の間に壁を作るように多くの砲撃が撃ち込まれ始める。

 次第に不知火は距離を取り始め、そのまま戦闘区域から離脱していく。


「良ぉし。撃ち方そのまま。後ろの部隊が母艦を抑えれば僕らの勝ちだ。無理にマナフレームを落とす必要はない。隊列を乱さないように」


 そう指示をしながら自らは狙撃ライフルを使い、稲妻を狙うがそのことごとくが当たらない。

 まずロックオンができない。

 制圧射撃を利用しロックオンしても直撃することはなく、細かなブースター制御と腕や足を振ることによる反動機動を利用してするすると避けられてしまう。

 一方で稲妻の攻撃も今のところはそれぞれのカササギが装備している盾で十分に防げている。

 お互いに攻め手を欠く、膠着状態ではあるが、それはもともとマイケルが意図した状態でもあった。

ちらりとマイケルがサブモニターに目をやった、その刹那。


「ぐっ」


 コックピットブロックに鳴り響くロックオンアラートに考えるより早く足が再びフットペダルを踏み抜く。

 背部バックパックから高温を響かせ噴射する推進剤がブラックアウト寸前のGをマイケルに残しながら機体を反転させ、機体の進行方向であった空間を粒子が貫いていく。

 漏れそうになった苦悶の声を噛み殺し、さらに続けて機体を乱数回避軌道に乗せる。

一つ、二つと紙一重で交わしていくマイケルは機体が軋みを立てている音を聞きながらも 機体を操る手を止めない。

 時間的にはほんのひと時、3秒にも満たない間。

 リロード。照準。移動。反動制御。

 それぞれの機体のわずかに重なった隙をついた指揮官狙いの奇襲。


「中佐ぁ!」


 ついにマイケルが避けきれず直撃しそうになる一撃をフェイ少尉の盾が受け止める。

 次の瞬間止まっていた時が動き出したかのように制圧射撃が稲妻を襲う。


「ロングイ!僕以外のカササギの攻撃パターンの変更!射撃タイミング管制、猟犬に隙を与えないように」

 

 じっとりを背中を濡らす汗を感じながら、マイケルはすぐに攻撃パターンの変更を指示する。

 メインモニターにはまた何事ものなかったかのようにするすると砲撃を躱し、一瞬の隙をつき正確な反撃を行う稲妻の姿が映し出されている。

 

「とんでもないねぇ」


 自身を襲った強烈な死の予感に軽くため息をつく。

 かなりギリギリであったが、それでも奇襲は一度目を防げばその脅威度はがた落ちする。

 少なくとも今のような奇襲はロングイが管制をする限り二度はないはずである。

 今も散発的な反撃に留まる稲妻を確認し、さらに安堵のため息をつく。


「何とかなりそう……だ?」


 自分の発した言葉にマイケルは強烈な違和感を感じる。

 先ほどから回避のみで反撃が手ぬるいと感じるのは、相手を大きく捉えすぎてしまっているのだろうか。

 ただでさえ1対7で戦っているのにここまでこちらの攻撃を回避し、あまつさえ反撃も 正確にこちらの急所を狙ってきている。

 それは確かに化け物レベルの所業である。

 しかし、何かがおかしいとマイケルの勘が警鐘を鳴らしている。

 大概にしてマイケルの経験上、こういった違和感が外れたことはなく、この感覚により今まで生き伸びてきた。

 今のところ状況はマイケルに優位に進んでいる。

 絶え間ない砲撃により後方の部隊が母艦を確保するまでの時間稼ぎに猟犬も付き合わざるを得ない状態となっている。

 

(……本当に付き合わざるを得ない、のか?)


 ふと湧き上がる疑問。


「上手く行き過ぎるとろくなことがない」


 そう言葉にした瞬間に疑問は膨れ上がる。

 猟犬はもちろん母艦の方もこちらの思い通りに動きすぎた。

 各個撃破を狙っているのがこちらだけではないとしたら。


「シャオレイ君、向こうはどうなってる?」


 膨れ上がる不安を、疑念をつぶすため、マイケルはロングイとレーザー通信を始める。

 順調にいけばそろそろけりがついていてもおかしくはないとそう願いながら。


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