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謎の男との邂逅から3日、ユートたちはウリトーを出てポイントゼロに向かっていた。
あの日不知火に帰還したユートは大まかな状況を説明してリンに技術者としての意見を聞いた。
結論としてはその場にいたユートだけならまだしもヘッドセットを通してモニターしていたハルをごまかすことはできないはずというものだった。
その結果ヘッドセットのハッキングを考慮してウリトーの工場でハルおよび不知火等の フルチェックが行われ出発が1日遅れることになり、ハルにはずいぶんと嫌味を言われることになった。
最初、ユートはソフィアに説明するつもりはなかったものの、1日予定が遅れることになり、ユートはソフィアに事情を説明し謝罪をした。
ソフィアは予定が遅れることについては特に気にしなかったものの、ユートが邂逅したと いう男のことを聞くと妙にその男のことを知りたがった。
「技術の果て、ですか」
そう言ってソフィアは何かを考えるように黙り込んでしまった。
それからはリンやユートが話しかければ普段のように返しているが、空いた時間は何かを考えることが多くなっているようになっていた。
「ソフィア、大丈夫かなお兄?」
太陽が空の一番高い場所に居座ってからしばらくして、ぽつりとこぼすようにリンは言葉を口にする。
当のソフィアは席を外しているがここ最近の何かを考え込む様子を心配しているのだろう。
その間接的な原因と言えなくもないユートではあるが、ソフィアの悩みの種があのセルペンスを名乗る男であることは何となく察しているが、なにが彼女をそこまで悩ませているのかは正直わからない。
「あの男のことなんだろうけどな」
「あの男って、お兄が会ったっていう未来人?」
「未来人、ねぇ?」
リンにセルペンスのことを説明してから、リンは彼のことを未来人と呼ぶようになった。
少なくともAstroErectronicsのデータベースにアクセスできるリンが理論のかけらも想像できない技術はそれイコール地球にない技術であり、それを使う男は古典SFによくあるタイムトラベラーだと冗談めかして言い始めたからだった。
「未来人、ですか?」
そうこうしているうちにソフィアもコックピットブロックに戻ってくる。
ちょうどユートの言葉が聞こえたのだろうか、突如聞こえてきた未来人という言葉に首をかしげる。
「お兄が出会ったっていう黒ずくめの変態シルクハットマンのことだよ。まぁ本当にいたのかはわからないけどね」
「お前な……」
何度目になるかわからないこのやり取りに思わずため息をつくユートの姿にソフィアも苦笑いをしながら自分の席に着く。
「まぁそれは置いておいても、もう一日もすれば最終監視ラインを超えるわけだが……本当にポイントゼロへの最接近許可が下りるとはな」
「調べたけど、本当にビーストショック以降初めてっぽいよ」
「まじか……」
リンの言葉にユートは思わずソフィアに目を向ける。
リンの言う通りなら数十年の間近づくことができなかった場所の封印が彼女の存在によって解かれたことになるからだ。
少なくともユートにはこちらの視線に気づきにこやかに手を振ってくる彼女がそんな大層な存在には思えなかった。
「見れる範囲の資料を漁ってみたけど、砂漠の真ん中に100メートル大のおっきなガラス状のクレーターがあるだけで隕石本体は見つからなかったんだって」
「高温の隕石が衝突した結果、砂漠の砂がガラス状になったという見解ですが、肝心要の隕石だけが跡形もなく、破片の一つもなく消えているのです。もちろん当時は多くの研究チームがポイントゼロを調査し、そして手ぶらでその場所を後にしました。」
「そんな何もないはずの場所にWISHは咲き、そして世界にマナがあふれた、か。歴史ドキュメントでよく見る話だな」
ユートの言葉を最後に不知火のコックピッブロックには沈黙が下りる。
リンとユートはともにソフィアの様子を伺い、そのソフィアはまだ見えぬポイントゼロの方角を黙って見つめている。
「あるはずなんです。それを、確かめにいかなければならない」
しばらくの沈黙の後、ぽつりとつぶやかれたソフィアの言葉。
「あの時、君は言ったな。危険はない、と。それは信じてもいいんだな?」
「……はい」
何かを迷うような沈黙の後ソフィアはユートに視線を向ける。
「ポイントゼロにあるものと魔物の暴走は原因が全く別のもののはずです。ですから、
「っお兄!」」
ソフィアの言葉を遮るようにリンの声が響く。
普段は聞かないようなリンの声にユートはソフィアに向けていた視線をメインモニターに映し、ハルに呼びかける。
「ハルっ、メインモニターに広域レーダー、出せるか」
「広域アクティブレーダー、出します」
ハルの言葉とともにメインモニターに映し出されたレーダーの画面にはいまだ何も映ってはいない。
困惑したようなソフィアを置き去りにして事態は進んでいく。
以前もあった光景だが、前回とは切迫感が違っている。
その理由はすぐにわかることになる。
「前に6と1、後ろに3!」
言葉少なに目を閉じたままリンの言葉に反応するかのように、レーダーに赤い点が映し出される。
前回より倍以上の戦力の投入に、ユートもリンも真剣な表情でメインモニターを見つめる。
「前は止まったままこっちを待ち構えてる。後ろは急速に接近した後は一定の距離をつかず離れず」
「全部で10機か。ずいぶんと奮発したもんだ」
遥か昔から続く伝統ではあるが、パイロットは撃墜数が5機を超えるとエースと呼ばれる。
もちろん一つの戦場ではなく累計の話であり、ゲームの世界でもなければ一度の戦闘で5機も撃墜するなどありえない話だった。
ユートが腕利きだとしてもさすがに彼我の戦力差が大きすぎる。
そう考えたソフィアはコックピット席から立ちあがるユートに声をかける。
「ユートさん……」
「ん?あぁ。何度もすまないがソフィア嬢は座っててくれ」
「ですが」
そう言いながらユートはなおも言いつのろうとするソフィアを手で押しとどめ、リンに稲妻の立ち上げを指示しながら手元のサブモニタを操作する。
「受け身になったら物量で押し込まれるからな。ハル、全チャンネルで邪魔をするなら潰すと流せ」
「多少マイルドにしてもよろしいですか?」
「任せる」
ユートの言葉からしばらくして付近に展開する部隊すべてに不知火からの一方的な通告がなされる。
『こちらはAstroErectronics本部直轄金冠部隊猟犬。当方は現在特殊作戦行動中である。作戦領域への侵入は認められない。直ちに作戦領域から退去せよ』
ハルの一方的な宣言に対しても相手からは一切の返答がない。
ユートはさして気にした様子もなくサブモニタのを操作し、表示されている地図にラインを書き込んでいく。
「ハル、このラインに沿ってマナ散布。この地点で稲妻を射出後、マナを散布したラインを軸に前の奴らから距離を取るように動いてくれ」
「了解。ユート、相手からは反応なしです。依然後方の部隊は一定の距離を置いてこちらを追跡中」
「よし。リン、ここは任せる」
そう言ってユートは稲妻 のもとに足早に向かおうとするが、コックピットブロックの入り口で立ち止まり、いまだに何かを言いたそうにしているソフィアに軽くため息をつきながら、向き直る。
「まぁ、いろいろと説明不足ではあることは承知しているが、俺からいえることは二つ」
「この商売はなめられたら終わり、でしょ?」
そう言ってにやりと笑うリンにユートは普段浮かべることのない獰猛な笑みを浮かべる。
リンの言った言葉。
それは裏でも表でも暴力を生業にする者にとっての共通認識であった。
「……もう一つは?」
ユートたちの普段通りの様子にソフィア先ほどまでの不安げな表情ではなく、いつものように柔らかな笑みを浮かべてソフィアは問いかける。
少なくとも彼女はユートたちを信じることにしたのだろう。
「俺らはそんなにやわじゃない」