14
「それで、報告書は見たが君の口から聞かせてほしい。猟犬には勝てそうなのか」
ポイントゼロを監視する目的で造られたウリトーと呼ばれる基地。
その中のコンティネント3の区画内でマイケルはAstroErectronicsコンティネント3支社と連絡を取っていた。
マイケルの前のモニターには以前ユートたちがエンカラを旅立った日にナージャと話をしていたマオリー・チャンが神経質そうに眉間にしわを寄せていた。
「最初に言った通りですよ。こういうことを言うのもなんですけど、猟犬との1対1は僕の手に余りますよ。向こうは本社直轄、僕は所詮支社の雇われ。悔しいが腕の違いはあります」
「そのためにコンティネント3の連中にも頭を下げて、戦力を付けたはずだが?」
「……0に何をかけても0ですよ。せめて支社の連中を付けてくださいよ」
「無理だ」
マイケルの要求はしかしマオリーにあっさりと切って捨てられる。
「こちらの戦力にも限りがある。その中で彼らはのけ者にされたら利権に絡めんから喜んで戦力を出してくれる。うまく利用すべき相手、だよ」
「win-winってことですか。まぁそれはターゲットを確保できたらの話ではありますがね」
マイケルの文句に耳を貸しつつ、マオリーは手元に送られてきたマイケルのレポートに目を通す。
「一般兵では数機で囲んでも各個撃破され、それ以上に数を増やしても互いの射線のために邪魔になる、か。だからこそ君は囲む側の質を上げようとするわけかね」
「まぁ僕クラスが4機もいれば何とかなると思いますよ。用意できるのならば、ですが」
「無理だな」
現実問題として、マイケルは十分にエースと呼ばれる実力がある。
そしてエースと呼ばれる実力者は当然のごとく数が少ない。
いまだに地球上には魔物の脅威がはびこり、宇宙上ではその広大さから海賊行為が多く エースクラスは軍でも、企業でも引く手数多である。
だからこそ少なくとも一つの作戦にエースクラスを小隊単位で投入することはマオリーの言う通り不可能だった。
「そもそも君は0というがね。0を1に変えるくらいはして見せたまえ。そのための中佐待遇だろう」
マオリーの言う通り、マイケルは正式には軍に所属しているわけではないがA stroErectronicsコンティネント3支社からの出向という形で中佐待遇という地位を得ている。
マオリーとしてはコンティネント3にこれを飲ませるのにいくらかの便宜を図っていることもあり、泣き言ばかりのマイケルに苦言を呈す。
「それを言われると痛いところです。が、彼我の戦力差を見極めて進言しているとご理解いただきたい。少なくとも僕はできないことはできないと言います」
「だからと言ってできませんを聞くために君と通信をつないでいるわけではないのだがね」
そうマオリーが言ってからしばらく、二人の間で会話が途切れる。
地球と宇宙をつなぐ通信にはマオリーがタブレットで資料を確認する音が響く。
(潮時かもしれないねぇ)
マオリーとマイケルはそこそこ長い付き合いになるがそれも今日までかもしれないとマイケルはぼんやりと考えていた。
そこそこ長い付き合いと言っても友人というわけでもなく、二人の関係は傭兵と雇い主に終始していた。
マオリーはコンティネント3の人間にしては珍しく金払いがよく、苦言を呈されることはあってもマイケルの意見がしっかりとしたものであれば頭ごなしに否定することもなかった。
マイケルとしても金払いがよく、傭兵の事情にも理解を示してくれるマオリーはやりやすい雇い主だったのだ。
しかし今回の依頼についてはマオリーはかつてないほど無茶を言っている。
(命あっての物種だからねぇ)
マオリーが語らないターゲットの素性に何かあるとあたりはつけているが、それを聞き出そうとも思わない。
傭兵にとってNeedToNo、つまり知る必要のないことというものは確実に存在する。
古今東西そう言ったことを知ろうとすることは最悪雇い主から命を狙われてもおかしくはないからだ。
マオリーの態度を見ていると今回のそれは過去に類を見ないほど大きなものらしい。
だからこそ、マイケルもマオリーにエースを揃えろなどという無茶を言って今回の件から降りようとしていた。
「ミスタ、無理なようなら今回の件からは「朗報だ」」
マイケルの声をマオリーが遮る。
驚いたように画面の向こうのマオリーの顔を見ると、マオリーはしたり顔で頬を緩める。
「まぁ待てマイケル。今、都合がついた。飛虎の部隊員を機体付きで9機分、三個小隊ほど君につけよう。そこらの下っ端ではないから君の命令も聞くだろう」
「飛虎っていうとコンティネント3の表の看板部隊じゃないですか。それを9機も?」
「コンティネント3側から是非にとのことだ。アドバイザー殿の後押しがあったようだが新兵器のテスト名目で3小隊を貸し出してくれるとあちらからの申し出だ。君の今までの努力が評価されたのではないか?」
先ほどまでの渋りようは何だったのかというぐらいの大盤振る舞いにマイケルは思わず顔を引きつらせる。
飛虎部隊。
そう呼称される彼らはコンティネント3の軍において最も有名な部隊と言っても過言ではないだろう。
個々人の力量はエースと呼ばれるほどではないが、規律、連携によって数多くのエースを討ち取った部隊として恐れられている。
もちろんマイケルとしても彼らの命令権をもらえるならば今回の不可能と思われた依頼にも希望が見えてくる。
「どういうことです?」
飛虎部隊はコンティネント3の切り札でもあり、それが出向で中佐待遇とはいえ、一傭兵の下につくなど聞いたこともない。
何か、マイケルには想像もつかない何かがこの依頼には潜んでいる。
「……君の求めるものは用意したんだ。あとはそちらの仕事だ」
しばらくの沈黙の後マオリーはマイケルの問いを黙殺することを選択する。
マオリーの態度にいろいろと思うところはあるが、それでもここまでおぜん立てされればいかにこの依頼から降りたくともマイケルも後には引けなくなっていた。
ここで断ればマオリーとの関係も終わるだろうし、何より飛虎部隊3個小隊を付けられても臆病風に吹かれたという評判が立てばマイケルは今後傭兵稼業を店じまいする必要性に駆られるだろう。
「……吉報をお届けします」
マイケルの勘は過去最大級に警報を鳴らしているが、これだけの戦力差があれば勝てると豪語してしまった過去の自分を脳内で殴り飛ばしながらマオリーに了承を告げる。
「最後に一つだけ。このターゲットはいったい何なんです?」
こうなってしまえばNeedToNoも関係ない。
どうせどっぷりと首まで浸かってしまっているならせめて疑問くらいは解決してすっきりしたい。
答えを得られなくても仕方ない、そんな気持ちで口にした疑問にしかしマオリーは言葉少なに答えを返す。
「彼女は……そうだな、差し詰め新世界の鍵と言ったところか」
「鍵、ですか」
「……それでは、吉報を期待している」
その言葉を最後にマオリーとの通信は途切れる。
「新世界の鍵、ねぇ。古典SFでもあるまいし」
ウリトー内の狭い通信室の中では呻くように吐き出されたマイケルの恨み言が送り先を失い静かに宙に消えていった。