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「前に言ったっけ?昔は地球上にも普通に人が住んでたって」


 マイケルとの邂逅からわずかに時間が過ぎ、稲妻を格納庫に収め、緊急整備をハルに任せコックピットブロックに戻ってきたユートの耳に聞こえてきたのはそんなリンの声だった。

 会話を遮ったユートに声をかけようとするソフィアに無言で手を振り、リンに話の続きを促すとそのまま自分の席につく。


「前にナージャが言ってたビーストショックの影響で人類は新たに宇宙に生活圏を求め、

現在の地球は起動エレベーターとかの重要施設や資源採掘地点の付近に必要最低限の居住区画に少数が暮らしてるだけなんだ」


 そう言ってリンは不知火のモニターに宙域図を映し出す。


「で、地球から逃れた人類、まあ今は宇宙で生まれた人も多いけど、彼らが住むのがラグランジュポイントに設置されたアイランドと呼ばれる人工の大地ってわけ」


「ラグランジュポイントごとに複数のアイランドがあり、それらをまとめてコンティネントと呼んでいる、ですよね」


「そっか宇宙から来たソフィアには釈迦に説法だったね」


 そう言いながらリンはラグランジュポイントではなく月をクローズアップする。


「で月は我がAstroErectronicsの本社を始めとした企業群が拠点としてるってわけ」


 そう言いながらリンは月にAstroErectronicsのロゴを浮かび上がらせる。

 さらにモニターを操作し、各ラグランジュポイントにも同じものを表示する。


「AstroErectronicsって会社はさ、身内びいきを除いても世界で一番の企業でね。それこそ各コンティネントに支社があって、そのコンティネントからの要望でそれぞれの軍にマナフレームを始めとした各種装備のほとんどを収めてるくらいなの」


「ということは、先ほどの」


「いぐざくとりぃ」


 何かに気づいた様子のソフィアに頷きながらリンは別のモニターに先ほど戦闘したカササギのスペックデータを映し出す。

 そのモニターの隅に映し出された製造元の欄にはソフィアの想像通りAstroErectronicsの文字が記されていた。


「こんな感じでうちの会社は各コンティネントに強い影響力を持ってるんだけど、逆もまたしかりでさ」


「逆……つまり各コンティネントからも強い影響を受けているということですか?」


「それぞれのコンティネントに影響を受けた各支社を中心としてそれぞれが派閥を形成してるんだよね」


 そう言ってため息をつくリンの言葉を引き継ぐようにユートが口を開く。


「俺たちはナージャ直轄部隊だから自然とナージャの所属する本社派閥に組み込まれてることになる」


「基本的には派閥間の争いっていうのはコンペとかで行われるけど、AstroErectronicsクラスの企業の派閥争いともなるとさっきみたいな実力行使もままあるって感じだから、ソフィアには迷惑をかけちゃうけどごめんね」


「その辺にしておけ。ソフィア嬢に危害が加わる恐れがあるからある程度は仕方ないが、あんまりしゃべりすぎると逆にそのせいで余計なトラブルに巻き込まれる可能性があるからな」


「はいはーい」


 リンの気軽な返事にため息をつくユートにソフィアが話を変えるように顔を向ける。


「お二人はいつごろナージャさんと知り合ったのですか?」


 そのソフィアの言葉に二人は顔を見合わせる。


「私、覚えてないからお兄よろしくー」


 そう言いながらリンは手元にアイスコーヒーを引き寄せて聞く態勢に入る。

 しばし過去を思い返すように目を閉じた後ユートはゆっくりと話始める。


「俺たちの両親もAstroErectronicsで研究員として勤めていてな、昔のナージャは両親の部下で、たまに家にも来ていたんだ」


「そこでナージャさんと出会ったんですね」


「リンが生まれて数年経った頃かな。ナージャ自体も一人住まいで研究が忙しすぎて家の

ことが満足にできなかったらしくてな、うちの両親もナージャを気に入っていてすぐに一緒に住むようになったんだ」


「まぁ歳の離れたお姉ちゃんって感じかな、ナージャは」


 そう言いながらリンは不知火のサブモニターに幼いころのユート、リン、ナージャと優しそうに笑う男女が映った写真データを呼び出す。


「これがパパとママね。こっちの今と変わらず仏頂面してるのがお兄でこっちがナージャ。それで一番かわいいこの子が私」


 そう言いながらリンはソフィアに笑いかける。

 笑いかけられたソフィアはモニターに映る写真を眩しいものを見るかのように見つめる。

 以前ツチガラスを見たときにも見せた、はるか遠くを見るような目はしかしすぐにしまいこまれ、普段の穏やかな笑顔に戻る。


「お二人のご両親は今もAstroErectronicsに勤めてらっしゃるのですか?」


「……」


 打てば響くように言葉を返していたリンの言葉がしばし止まる。


「あー、まぁうちの両親は実験中に事故でな」


 務めて軽く言葉にするユートの言葉にソフィアはその笑顔を凍らせる。


「ご、ごめんなさい」


「まぁだいぶ前のことだし、もう大丈夫だよ」


 気にしないでと言いながらリンは手を振る。

 そして暗くなった空気を振り払うように明るくしゃべりだす。


「お兄はさ、それまではマナフレームのパイロットになるための学校に通ってたんだけど、その時を期にナージャの下でテストパイロットになってね。どうやら私を大学まで行かせようとしてくれたんだよね」


「まあ、結局どこかのお転婆さんもナージャに弟子入りして働き始めたってんだから俺の決意はって感じだけどな」


「泣いて感謝してもいいよ」


 そう言いながら照れを隠すように笑うリン。

 ユートが働き出してからはリンも悲壮感にあふれた表情でナージャのもとに通っており、ずいぶんと心配をした。

 今思い返せばリンは当時両親を失い、そしてリンを養うためにユートまで自分のそばを 離れることが増えたため、これ以上家族を失うことを恐れていたのだろう。

 その後はナージャの指導もあってかリンの腕前が認められるようになり、ユートとペアを組んで今のような形で動くことがスタンダードになってからは今のように喜怒哀楽をス トレートに表すようになり、幼いころのリンに戻ったといえるかもしれない。

 そして今リンは、ソフィアとたわいもない話をして楽しそうに笑顔を見せている。


「何、お兄?」


「いや、……少しばから席を外すぞ」


 過去に思いをはせていたユートにリンが首をかしげるが、それをいなすようにユートは席を立つ。

 静かにコックピットブロックを後にするユートの姿を見て「トイレかな」等と勝手に納 得して、リンはソフィアとの会話に戻る。

 コックピットブロックから出たユートはほど近い場所に設置されている喫煙スペースに入り込む。

 リンは吸わず、ユート専用スペースとかしたその場所は、ハルによってきっちり清掃されていた。


「当時、彼女がナージャに弟子入りしたころは彼女に友人ができるとは思いませんでしたね」


「まぁ、な。あんなことがあって、俺はともかくリンはもう戻れないんじゃないかと思った時もあったが」


 そうハルに答えながら、不知火に設置された喫煙スペースの壁にユートはもたれかかるようにしながら紙巻タバコに火をつける。

 思い返すのはナージャに弟子入りした際のリンの姿。

 両親を失い、事故の影響で当時のリンは人を超越した雰囲気を放っていた。

 名前の通りに鈴を転がすように奏でられていた笑い声はなりを潜め、はたから見てても明らかなほどに悲壮感を漂わせていた。

 当時のユートはそんなリンを人に引き戻すために必死だった。

 彼女に普通の生活を送らせるための資金を稼ごうとナージャに頼み込み、ずいぶん危ない橋を渡ったこともあった。

 もちろんそんな兄の様子にリンはさらに己を振り絞る努力をするようになっていたのは今となっては笑い話だ。

 そんなリンが今、ソフィアという友人を得て楽しそうに話していることに、ユートは両親の話をしたこともあり少しばかり感傷的になってしまったのだろう。


「ふっ」


 ユートが吐き出す白い煙は換気機能により喫煙スペース上部に吸い込まれるように上っていく。

 ゆっくりと煙をはきながらユートは先ほどのリンとソフィアの会話をしている様子を思い返す。

 タバコの煙を目で追うユートにしばらくの間ハルが声をかけることはなかった。



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