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「どうしたもんだろうねぇ」
戦いの始まりとともに後退し、戦闘区域から少し離れた地点でマイケルはため息とともにそんな言葉をこぼす。
「ですが中佐、彼らのことは初めから織り込み済みだったのでは?」
カササギの中でヘルメットの位置を調整しながらこぼしたマイケルの言葉に戦場とは無縁とも思えるような静かな女性の声が答える。
マイケルが視線を自身のカササギの右隣に向けるとそこにはいつの間にか近づいてきていた戦闘指揮車がマイケルのカササギとレーザー回線をつなげていた。
「危ないから離れててって僕言ったよねぇ、シャオレイちゃん?」
「私に言うことを聞かせたいのならばシャオレイ少尉、とご命令ください。少なくともこ
のロングイはマナフレームとの至近距離での連携、戦闘支援を目的に開発されたものであ
り、あまり離れていては本機の真価を発揮できません」
「あー、まぁいいかぁ。今日の目的はほぼ達成したしねぇ」
そう言いながらマイケルはロングイから送られてくるユートたちの戦闘状況を確認する。
カササギたちは包囲をするように稲妻を囲んでいるが、戦闘開始から直撃はおろか至近弾さえもなく逆に包囲網を食い破られようとしている。
「僕言ったよね?今日は顔見せだって」
「伺っております。少なくとも目標αを確保するには敵の数倍の戦力で包囲し彼らから目標αを差し出させる必要があると。もしそれがかなわない場合はさらに戦力を増強し、猟犬ごと目標αを抹消すると」
「できる限り無傷で、それが無理で他者の手に渡るならば、なんていう相反する命令。上の無茶ぶりだよね。手に入れたいのか殺したいのかどっちなんだろうね。……まぁ傷つけられるかは知らないけど」
「中佐、上層部への批判はおやめください。どこで誰が聞いているかもわかりません」
馬鹿にしたように言葉を重ねるマイケルに苦言を呈し、シャオレイは声を落とす。
そんな彼女の様子に全く反省を見せない様子で軽く謝罪をしてマイケルは話を戻す。
「少なくともエースとも呼べないクラスの相手を何機並べようと猟犬は倒せないよ」
「しかし中佐、上層部には数倍の戦力で包囲をすればさしもの猟犬といえど、のようなお話をされていたようですが」
「やだなぁシャオレイちゃん。0に何をかけても0だよ?」
心の底から面白がっているような声でシャオレイをたしなめるマイケル。
そもそもマイケルは初めから今回の任務に対して乗り気ではなかった。
金冠と戦うリスク。
ましてや猟犬ともなれば本社の懐刀として有名な腕利きだ。
それに対してこちらはコンティネント3に押し付けられたマイケル曰く1にも満たない足手まといと自分だけ。
端から勝負にもなりやしない。
だからこそ、マイケルはここに来るまでの間、足手まといたちを挑発し続けた。
その結果、マイケルが猟犬相手に少し引いただけで彼らはマイケルの指揮下を離れ、勝手 に戦い始めた。
これで本社への言い訳はできる。
少なくともマイケルは引いたが、コンティネント3の連中が勝手にと。
「中佐、まさか彼らを捨て石に……?」
「やめてよ。どこで誰が聞いているかわからない、でしょ?」
そしてマイケルの手元には現在進行形で猟犬の戦闘データが収集されている。
残念ながら本部直轄部隊である猟犬の戦闘データは支社の子飼いであるマイケルの手元にはない。
だからこそマイケルは足手まといをただ捨てるのではなく、データ収集に利用した。
そしてさらに1点。
「これを見れば上の人たちももう少しまともな人をよこしてくれるでしょ」
上層部への交渉材料としてこのデータは使われるだろう。
理想としては作戦の中止を。
無理ならば戦力のさらなる増強を。
「まぁもちろん彼らが目的を達成してくれるならばそれに越したことはないけどねぇ」
「はぁ……」
そう言ってマイケルがモニターに視線を戻すとすでにカササギの半数が鉄くずへとその身を変えていた。
名前の通り稲妻のような動きで動き回るユートの描く、その軌道はカササギの電子制御された照準システムでは影さえも捉えることができていない。
カササギたちが銃口を向ける先に稲妻の姿はなく、逆に稲妻が放った雷鳴の一撃に自分から吸い込まれていくかのようにカササギはその姿を鉄くずに変えていく。
「お、おいっ!早く援護しろ!」
「おやまぁ、ずいぶんと早いお声がけだ。つい先ほど邪魔だから下がっていろと言われたばかりのような」
突然繋がったレーザー通信から切羽詰まった声が聞こえ、マイケルは顔をしかめる。
思い返せば上の命令で連れてきた連中ではあったが、出会った瞬間からマイケルを下に見て嫌味ばかりの日々。
先ほども撤退を要請したマイケルの提案を鼻で笑い、無策に突っ込んでいってこのざまである。
「う、五月蠅い!いいから早く助けっ」
次の瞬間耳障りな声が途切れる。
静まり返ったカササギのコックピット内に、ロックオンアラートがけたたましくこだま する。
それと同時にモニターに映る稲妻から通信が入る。
落ち着き払った様子でマイケルは通信を許可する。
「邪魔をしたか?」
「いやぁ。ちょうどうるさい騒音が聞こえなくなって清々してるよ」
実際がなり立てる声に無線を切ろうかと考え始めたころだった。
最後に残っていたカササギは鉄くずに変わり、ユートの乗る稲妻がマイケルに銃口を向けながらレーザー通信をつないでいた。
「そうかい。それでお前もやるか?」
「いやぁさすがは音に聞く猟犬だ。彼ら程度じゃあ何人いようが関係ないようだね」
剣呑としたユートの言葉に真逆のテンションでのんびりとマイケルは返す。
「まぁわかってくれてるとは思うんだけど、僕としては彼らと違って今日君たちと敵対する気はないんだ」
「今日は、ね」
「まぁ僕も君も同じようなものさ。上がやれと言えば殺しあうこともあるし、否と言えば
今まで殺しあっていた敵と笑顔で握手をする」
「……」
「今日のところはこれで失礼させてもらうよ。ただ」
そこまで言ってマイケルは一旦言葉を区切る。
モニタの向こうで最初から変わらない笑みを浮かべるマイケルを厳しい表情をしながら無言で見つめるユート。
「僕の提案だって悪いことじゃあないはずだ。もう一度だけ言うよ、猟犬」
そう言葉にしながらマイケルはカササギをゆっくりと後退させ始める。
「よく、考えておいてくれ」
その言葉を最後にマイケルとの通信は途切れる。
「マナ濃度低下。レーダー、ソナーともに感なし。敵機は完全にこの領域から撤退したよ、お兄」
「了解」
リンの報告に張りつめていた空気をため息とともに吐き出す。
「……ハル、稲妻を回収して移動しよう。音で魔物が寄ってくるかもしれんしな」
「すでにそちらに向かっています。到着まであと5分」
「了解。ソフィア嬢、大丈夫だったか?」
そうユートが声をかけるとリンを映すモニターの端にソフィアが顔をのぞかせる。
「えぇ。お気遣いありがとうございます、ユートさん」
そう言いながらモニター端で小さく手を振るソフィアの動じない様子にやはり彼女がただのVIPではないことを確信する。
少なくともある程度の場数を踏んでいなければ戦闘などという事態に放り込まれたらどんなに隠そうとも動揺が見えるはずだが、ソフィアにはそういった色が見られない。
「いったい何者なんだか」
通信を切って不知火と合流する間にぽつりとつぶやいたユートの声は反響することもなく、静かに溶けていった。