11
あの夜から少しの時間が経過した。
あの時、今にも消えてしまいそうな表情をしていたソフィアは翌朝から普段通りに戻っており、ユートもリンもあのソフィアの表情には触れることなく普段通りに接していた。
旅路は順調に進んでおり、彼らの旅程は次の目的地である第三補給ポイントまであと数日といったところまで来ていた。
ポイントゼロまでの最後の補給地点。
第三ポイントで補給を済ませればいよいよポイントゼロに一直線で向かうこととなる。
旅もそろそろ大詰めに入ろうとしているが、コックピットブロックの中では特に普段と変わった様子もなくリンとソフィアがじゃれあうようにしゃべっていた。
「それでね、その時ハルが」
「リン、おしゃべりは一旦中断だ」
突如ソフィアと話していたリンのそれまでの話を切り上げさせ、ユートが彼女を呼ぶ。
ユートの声色から何かを察したのか、リンはモニターを操作し、マップデータとレーダーを確認する。
モニターには何も映っていないが、それを確認してリンは軽く目を瞑る。
少しの沈黙。
「今、何か……?」
ふと何かを感じたのかソフィアが言葉をこぼすのとリンが目を開けるのは同時だった。
リンは目を開き、ユートに対して軽く頷く。
そのリンの行動に間髪入れず、ユートは立ち上がる。
「ユートさん?」
「ソフィア嬢、少し揺れるかもしれないから席についてベルトをしっかりしておいてくれ」
事情を説明する時間さえも惜しいといった様子でユートは足早にコックピットブロックを出ていく。
この旅で一度もなかったユートの様子にソフィアの表情にも緊張が走る。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。大船に乗ったつもりでいてよソフィア」
「リンさん……」
そう言いながらリンも自分の席に戻りヘッドセットを付ける。
「あぁ、レーダーには何も映ってないと思うよ」
モニターに目を凝らすソフィアに軽い調子で言うリンは声の調子のように軽やかにモニターを操作し、稲妻の起動準備を整えていく。
「なんていうかさ、まぁうちにはレーダーよりも役に立つレーダーがあるんだよね」
「甚だしく不本意な言葉ですがね」
「それって、……「準備は?」」
リンたちの言葉に何かを続けようとしたソフィアの言葉を遮るようにモニターに稲妻に搭乗したユートの顔が映る。
「オールオッケー、もうちょいでいつでも出れるようになるよ」
「よし。それならハル、進路はそのままで。通信があればこちらに回してくれ」
そのユートの言葉からしばらくして不知火のレーダーに4つの光点が現れる。
「ジャマーはなし、か」
少なくとも今のところレーダーに映った彼らはアクティブジャマーもパッシブジャマーも使っておらず隠れるつもりはないらしい。
「あいつらに注目を集めて後ろからって可能性はどうだ?」
「んー、とりあえずわかる範囲ではいないかな。っと識別コード、出たよ。うちのコン
ティネント3支部のが1機とコンティネント3所属が3機だね。4機ともコンティネント3で主流のレッドシリーズの新型だね。ペットネームはカササギ」
「混合部隊?珍しいな」
「特にコンティネント3の連中とはね」
そう言いながらリンは心底嫌なものを見たかのように顔をしかめる。
「共産主義、でしたか?」
「まぁ主義主張は人それぞれだからそれ自体に文句を言う気はないよ。ただ単純にコン
ティネント3の連中って、いやな奴が多いの。偉そうで、間違いを絶対に認めなかったりね」
「しつけがなっていない連中が多いのさ」
「お兄ちゃんの言う通りなんだよ。そんな連中と付き合ってるせいか支社の人たちも類友なことが多いんだよ」
そんな風に愚痴を言っているうちに、相手の通信が届く距離になったのか不知火のメインモニターに臙脂色の機体が映し出される。
見た目は稲妻と異なり、どっしりとしており安定感があり、さらに大きな特徴として足の部分に大き目のキャタピラのようなパーツが取り付けられていた。
「地上用カスタムかなぁ。まぁ砂漠対策としてはありだよねぇ。っと相手から通信入ったよ」
リンがカササギの各部を見ながらそんな解析を行っていたところ、4機のうち1機が前に進み出る。
通信はその隊長機らしき機体からだった。
リン対して無言で頷くと、ユートの目の前のモニターにパイロットスーツを身にまとった男の姿が映る。
すぐに争う気がないからか、ヘルメットを膝の上にのせて胡散臭い笑みを見せている。
歳の頃は30代中ほどか、金髪を後ろに流し、狐のような細い目を笑みでさらに細くしな がら口を開く。
「初めましてになるかな、猟犬。AstroErectronicsコンティネント3支社所属のマイケルだ」
「初めまして、マイケル。知っているみたいだが、ユート・ナルカミだ。まぁ猟犬と呼ばれることもある」
マイケルにそう答えながらユートはハルに不知火の後部ハッチを開けるように指示を出す。
ゆっくりと空いていくハッチを見ながら、機動力を意識した武装を選択。
今のところロックオン警告は出ていないことから戦いになるかはわからないが、だからと言って備えを怠る馬鹿はこの世界では生きてはいけない。
「ハル、俺が出たら距離をとれ。リン、周辺警戒を厳に」
二人に指示飛ばして、返事を待たずユートは不知火から発進する。
「わざわざご足労、どうもありがとう」
ユートの駆る稲妻が互いの交戦距離ギリギリの地点で止まったことを確認してマイケルはそう言いながらわずかに前に出る。
「それで、何の用だ。あいにくこちらは先を急ぐ任務中だが?」
「そんなに怖い声を出すなよ、猟犬。別に僕たちも邪魔をしようってわけじゃあない。も
しそうならあの猟犬相手に4機だけで来るはずがないだろう?」
そうだろう、とでもいうように左右の僚機に視線を向けるマイケルに僚機は沈黙で返す。
「……困ったものだよ。クライアントの要望とはいえ、これじゃあね。仕事は楽しくやってこそだとは思わないかい、猟犬?」
「それには同意するがな。何度も言うがこちらは任務中だ。用がないならすぐに立ち去ってくれ」
「そう急くなよ、と言いたいところだがこっちも砂漠の真ん中でのんきに話しているほど時間があるわけじゃあない。良いだろう本題に入ろう」
と言っても難しいことじゃない、と前置きをしてマイケルは言葉を続ける。
「簡単に言えば僕たちは増援さ」
「増援?……聞いていないが」
突然飛び出てきた言葉にユートはちらりと不知火とつながっているモニターに目を向けるが、リンはユートの視線に首を振ってこたえる。
それを確認してユートは武装のロックを解除する。
それを感じ取ったのかマイケルは言い含めるように言葉を重ねる。
「まぁ待てよ、猟犬。今回の件はAstroErectronicsにとっても大仕事だってことはわかるだろう」
そう言葉にするとマイケルはユートの答えを待たずに言葉を続ける。
「猟犬、お前の腕のほどは聞いてるが、上はいくら腕利きとはいえ1機のマナフレームと陸上戦艦に社の命運を預けるのをよしとしなかったのさ。当たり前だろう?」
そう言ってマイケルはさらに続ける。
「よく考えてくれ、猟犬。僕達は言うならば会社員だ。それなら直属の上司の命令だけに従ってればいいわけじゃないのはわかるだろう?何も全部よこせって話じゃない。そっちは道中の安全が手に入り、こっちの上には分前が手に入る。 悪い話じゃないだろう? 賢く生きようって話さ」
言っていることはわからなくはない。
ましてマイケルはああいっているがマナフレームの数だけでも普通だったら無条件降伏を考えなければならないほどの戦力差だ。
しかしそんな思考とは別に、ユートの頭の中にはあの日のナージャの言葉がよみがえる。
『すべてを薙ぎ払ってでも任務を達成する。それは、金冠はそういったものよ』
ナージャの言葉通りならまさに今が、その時なのだろう。
「改めて、名乗ろう。俺はAstroErectronics本社技術開発局直轄第11技術試験部隊猟犬所属、ユート・ナルカミ。金冠を掲げることを許されている」
そう言いながらユートは自身の機体である稲妻の背後にAstroErectronicsのロゴに金色の円環が描かれたもののホログラムで映し出す。
「マイケル、あんたも金冠の意味は分かるだろう。……もう一度だけ言う。すぐに道を開けろ。邪魔を、するな」
ユートの言葉と共に、ハルにより不知火の連装砲が立ち上がり、マイケルの機体をロックする。
「なっ」「くそっ」
「動くんじゃないよ」
突然のロックオンに武器を構えようと動き出す僚機を鋭い語気で押しとどめながらマイケルはユートをうかがう。
「……本気かい、猟犬?」
「あいにく冗談は苦手でね」
じりじりと機体表面を焼く砂漠の熱さは機体内に届かないはずだが、息苦しいほどの沈黙の中じっとりと背中を汗が濡らす。
数の差で言えばマイケルが圧倒的に有利なはずであるが、それ以上のなにかを感じているのかマイケルは動く様子を見せない。
僚機もまたただならぬマイケルとユートの空気を感じ取ってか動く気配を見せない。
ひとつ風が砂を巻き上げたとき、オープン回線からため息がこぼれる。
「オーケー、わかったよ猟犬。今日のところは一旦引き上げよう」
先ほどまでの緊迫感が嘘のように軽い調子で話すマイケル。
そのまま構えていた武装を下げ、ユートの乗る不知火に機体を向けたままゆっくりと後退させ始める。
「ただ、猟犬。僕の言ったこともよく考えておいてくれよ」
そう言い残してマイケルは後退を始める。
しかししばらく行ったところでマイケルの機体は動きを止め、オープン回線に何か言い争いをするような声が漏れ聞こえてくる。
「ちょっと、ちょっと僕の言うことに従うって話でしょ……っと」
そこでマイケルとつながっていたオープン回線は途切れる。
なおもマイケルのカササギは動きを止めたまま動く気配を見せない。
「マナ濃度上昇!お兄、あいつら撃ってくるよ!」
用心深くカササギの様子をうかがっていたユートの耳にリンからのノイズ交じりの警告が届く。
直後リンの声を聴き即座にフットペダルを踏みこみスラスターを吹かして飛び跳ねるようにその場を離れる。
一拍おいて今まで稲妻がいた場所の砂が大きく爆ぜる。
「ハル、後退しつつマナ散布!回避優先!」
「了解し……まし……た。ご武……運……」
マナ散布に伴い急速に無線通信の感度が悪くなり、不知火と稲妻の距離が開くにつれてノイズがハルの声を引き裂いていく。
「ん?」
武装を構えユートとの距離を詰めてくるカササギ3機とは反対にマイケルが乗るカササギはゆっくりと後退していく。
その動きを不審に感じるが、考える間もなく向かってくるカササギからの銃撃が稲妻の足元砂を巻き上げる。
「チャンスはやったんだ。どうなっても恨むなよ」
そう言いながらユートは武装を選択し、回避とともに照準システムを起動させる。
相手のカササギは数の有利を生かすようにユートの駆る稲妻を包囲しにかかる。
太陽が照り付ける砂の世界で4機の鉄の騎獣を駆る騎士の戦いが始まろうとしていた。