10
あれからしばらく走り、不知火はリンの指定したポイントに到着した。
間もなく夜という時間となり、夜間潜航モードを取りメインエンジンをカットする。
「夜は基本的に動かないんですね」
「夜は遠くまで音が響くから、普段より遠くの魔物も呼び寄せちゃうからね。あと砂漠
じゃ気温の関係で夜の方が動きやすいから、ほとんどの魔物は夜に動いてるんだよ」
そう言いながらリンが不知火の外部カメラを操作すると、そのカメラは砂漠の砂の上でうごめく複数の小さな影を映し出していた。
そのほとんど小さな虫だが、その虫たちを狙う小動物が土の下から出て砂の上を駆け回っている。
「まぁ、あと夜は視界が悪くなるからな。マナで計測機器関係がそこまで信頼できない以上、視界の確保は最優先だから夜は戦闘にならないように動かないことが多いな」
「そう、なんですね」
ユートの言葉に頷くソフィアの顔が少し曇る。
「どうしたの、ソフィア?」
「いえ、ユートさんたちのお話を聞いて私たちが出会った日を思い出していました」
それはユートたちが出会った日のこと。
確かにあの時は夜でユートたちは野営中だった。
今のユートたちの説明からすれば、ソフィアを助けることはユートたちに相応のリスクを負わせたことになる。
「気にするな、とは言わないが、あの時にそのことを知らなかった人間にどうこう言うほど落ちぶれてはいないさ」
「ソフィアが無事でよかったってことで!」
「ですが……」
なおも顔を曇らせたままのソフィアの手を取り、リンはソフィアをメインモニター前に連れていく。
「いいからいいから。それよりも見せたいものがあってここまで来たんだよ。それを楽しまなきゃ」
そう言いながらメインモニターを指し示すリンの指の先にはどこまでも吸い込まれるような黒に塗りつくされた夜空があった。
「……こうして改めて地上から見ると宇宙というのはとても美しいですね」
「その言い方だと、ソフィア嬢はアイランド生まれか?」
「え?……えぇそうですね。宇宙、生まれです」
そう言いながら宇宙を見上げるソフィアの顔には普段の彼女とは全く異なる表情が浮かんでいた。
不知火のメインモニターから宇宙を見ているようで、もっとはるか先を見ているかのような表情。
「すまない。聞かれたくないことだったか?」
「……いえそういうわけではないんです。ただ、少し故郷のことを思い出していました」
そうささやくように語るソフィアからは普段の穏やかな笑みが消え、何か痛みに耐えるような表情をしていた。
見た目だけなら小さく、華奢な少女のソフィアが故郷を離れ、地球の危険地帯をさまようその理由が彼女にこんな表情をさせているのだろうか。
そのまましばらくコックピットブロックを沈黙が満たし、ただ宇宙を見上げる時間が過ぎていく。
普段は明るくうるさいくらいのリンもソフィアの表情に何か思うところがあったのか彼女の隣で静かに宇宙を見上げている。
どれくらいそうしていただろうか。
「あっ……」
沈黙を打ち切ったのもまたソフィアだった。
思わずといった様子で漏れた音は静かなコックピットブロックに思いのほか大きく響いた。
そのきっかけは黒く塗りつぶされる空を切り裂くように流れた幾筋もの光だった。
「彗星?」
「ううん。あれがツチガラスだよ」
リンは普段とは異なる調子で話始める。
それはいつもの元気はつらつとした姿ではなく、友人を気遣うそれだった。
「魔物としてはかなり小型で翼を広げても50センチメートルにも届かないくらいなんだけど、結構有名な魔物なんだ」
リンの言葉の間にも空を幾筋もの光が流れていく。
最初は白色だった光がオーロラのように様々な色に変わりながら空を駆けていく。
「この魔物が有名な理由は狩りの方法にあるの。彼らは昼間は土の中で暑さをやり過ごして、夜に動く小動物とかを狙うんだけどその時にあんなふうに尾羽を光らせるの」
「ツチガラスは十数匹の群れで狩りをするのですが、彼らは鳴き声で獲物に気づかれないように仲間とのコミュニケーションをあの光る尾羽でとっているといわれています」
ハルの言葉を裏付けるように、ツチガラスたちは急降下する際に尾羽を赤く染め、獲物を捕まえたものはまた更に色を変えていく。
ひと時の間の夜空のショー。
この魔物はその幻想的な狩りの光景で、人類にとって一番と言っていいほど有名な魔物だった。
「魔物ってさ、人を襲うって思われがちだけど、そうじゃな子も多いんだよね」
「そうなのですか?」
「うん。ツチガラスも危害を加えられなければ襲ってくることはないし、昼に見せた砂龍
だってそう。私たちにとって危険な魔物の行動も魔物からすればただ、生きているだけなんだよね」
リンの言葉を黙って聞いたままソフィアとリンはそろってツチガラスの狩りを見続ける。
光は色を変え、次の瞬間には地上へと急降下し、その勢いのまま空へと舞い戻る。
幾たびも繰り返すその光景にソフィアは何か感極まったような表情を浮かべる。
「ただ、生きているだけ……」
ぽつりとそう言葉にして、ソフィアはそのまま夜空が光を失うまで空を見上げているのだった。