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9.繋がる点と線


 ローランによる、事情聴取なのか世間話なのかわからない取り調べを終えたあと、私はあっさりと解放された。



「外で待ってるよ」

「?」



 ローランの一言に何のことだと言うように首を傾げて部屋を出れば、廊下の壁にもたれたエリックがいた。



「エリック! 待っててくれたの?」

「それもあるけど僕もさっきまで現場に駆り出されてたから」

「ああなるほど、…ご苦労さまです」

「うん…」



 取りあえず今日はもう帰ろうと、エリックに促されて馬車へと乗り込み、カタリと車輪の音がなったと同時にエリックが軽く息を吐いた。



「…にしても、リリアベルが口にしなくて良かった」

「するわけないよ、怪しすぎるもの。で、何が入ってたの」

「精神刺激薬、興奮剤の一種だった」

「えっ、殿下は?」

「前にも言ったろ、殿下には耐性があるって」

「あ、そっか…」

「………」


「……………ね、何か怒ってる?」



 さっきからあまり目を合わせないエリックは、どこか表情も硬い。

 だけど今回の件に関しては私自身が怒られるようなことはしていないはずだ。 ……はずだよね?


 エリックは再びため息を吐いた。

 


「怒ってはないよ。 ただ…」

「ただ?」

「あー…、うーん、なんて言うか…」



 ガシガシと、エリックは自分のクセのある栗色の髪を掻く。



「…ビビったというか、怖かったというか…」

「え?」

「や、ホント良かった、リリアベルが口にしなくて」

「そんなの、いくらなんでも私だってわかるし」

「うん、でも無理矢理だって出来たわけだろ」

「まあそうだけど…」



 あの部屋にはキャロライナ様しかいなかったが、廊下には他の手の者もいた。あのまま私が拒み続け、そして殿下が乱入せずにいたら人数を増やして強引に、ということもあったかもしれない。

 エリックは俯きピタリと手を止めた。



「何が起こってもヒロインは絶対だから最後にはハッピエンドが待ってる――、それはセオリーだけど…。実際、僕の知らない展開が起こってアデリー様は亡くなった」



 アデリー・マイヤード侯爵令嬢、春先の事件で命を失った少女。

 レイフォード様に消えない傷を残した彼女は、ヒロインと相対する悪役令嬢という役割で、本来なら命を失うことなどない役割(キャラ)であったのに。



「だからリリアベルだって確実に安全だってことはないんだと、そんなことを今更思って…」

「心配…、してくれたってこと?」

「心配どころじゃないよ」

「ふふ」

「笑うとこでもないよ」



 笑みを浮かべる私に咎める視線が上がる。だけどニマニマしてしまった顔はそうそう戻らない。



「じゃあエリックがちゃんと側で守ってよ」

「リリアベルが危ないことをしなければいい話しじゃない?」

「でも今回のは私何も悪くなくない?」

「うーん…、でも僕、荒業は不向きだし…」

「まあだよね。……ね、ちなみに、私がその薬を飲んでたとしたらどうなる予定だったか聞いた?」

「えっ、ああ…」



 顔をしかめたエリックが言うことには。

 暴れるでも痴態を繰り広げるでも何でも良かったらしい。それが生徒会室であることで、ダニエル殿下、王族に対する何らかの思惑があったと行為だと捉えられれば良かったという、割かし杜撰な計画だったようだ。



「微妙だね…」

「微妙だろ。 それと――、リリアベルが聞きたいだろうと思うものをもうひとつ」

「?」

「リーダス伯爵令息が言うクレアは、クレア・レンダーソン男爵令嬢で間違いはなかった」

「あ」

「それと、レンダーソン先輩にも確認したが付き合っていたことは事実らしい。けど妊娠はしていないと、それは彼を繋ぎ止める為についた嘘だと言ったそうだ」

「――ああ」



 エリックから一気にもたらされた情報を瞬時に処理する。



「クレア様が…、そう言ったの? 繋ぎ止める為にって?」

「そう聞いたよ」

「それに対してミッチ・リーダスは?」

「『あれが嘘のはずない!』って叫んでたね。 でも妊娠してるかどうかは医者が調べれば直ぐわかることだから、そこで更に嘘をつく意味はないよ」

「……そう」



 唇に指先を当て視線を落とした私にエリックの声が降る。



「――で、他に何が知りたい?」


「え?」



 顔を上げる。

 膝に肘をつけ、組んだ指の上に顎を乗せたエリックが私を見て言う。

 


「もう大分カタチになってるんだろ、リリアベルの頭の中で」

「あー、…うん」

「でも結論まではいかない」

「…凄いね、流石」

「付き合いだけは長いからね」

「私は()()じゃなくていいんだけど?」

「え、何か言った?」

「うんん、何でもない」



 私は首を振る。



「でも何で急にそんなこと言うの? いつもは首を突っ込まない!って言うくせに」

「そう言ってもどうせ首を突っ込むだろ?」

「うぐっ」

「それならいっそ話した方が暴走しないかなって」

「暴走…」



 何だか酷い言われようをしているけど、願ってもないことでもある。


 一番ネックになるだろうと思った難題があっさりと解決したことで、ちょっぴり拍子抜けした感はあるが、せっかくなのでここは大いに役に立ってもらおうか。



「あのね、調べて欲しいことが――」







 エリックには調べがつくまではむやみに動かないようにと言われたが、街の図書館に行くぐらいは許容範囲だろう。

 侍女を伴い図書館へと行き、私が向かったのはゴシップ紙のバックナンバーが閲覧出来るコーナー。

 ローランに過去のゴシップ記事が知りたいと言ったらここを教えてくれた。「俺もついて行くからついでにデートしよう!」というのは丁重にお断りした。



 知りたいのはおよそ十七年前。その辺り数年もあれば大丈夫だろう。

 ジャンルとしては皆んな大好き色恋沙汰だ。

 取りあえず引っ張り出したのは一年目だけというのに割と多い紙面の数にげんなりする。


 アルバムのように綴られたゴシップ記事を一枚一枚確認していく。救いは、仰々しい見出しだけである程度の特定は出来ることだ。



「それにしても…」



 貴族階級怖っ! これが嘘か本当かはわからないけど、それにしたって多すぎる。愛人、不倫、略奪愛に駆け落ち諸々。うん、愛憎劇なメロドラマが沢山出来そうだ。

 見たところ、うちの家の名もエリックの家の名も出てこないのでそこはホッとする。


 そして、小一時間ほど目を皿にして見つけたのは、やはり高位貴族の記事が大きく載る中で、隅の方に掲載された記事。

 

 

 ()()()()の男に手を出された女性が妊娠して捨てられたという話し。その男の妻も身重だったという話し。

 ありきたりな話しだ。他にも同じような記事は沢山あった。

 

 私はその記事にそっと触れ小さく呟く。



「………貴方を見つけたよ、ジェーン・ドウ」



 

 直ぐに記事の出版社と記者の名前を控える。もちろんその記者に会うために。

 これは確実にエリックにアウトと言われる範疇なので早急に、速やかに。渋る侍女を説得して私は次へと向かった。







 夏へと向かい、日が随分と長くなったまだ明るい夕刻。

 エリックの家にあるのならうちにもあるだろうと、庭師のジョンに尋ねて案内された庭の奥、自然に近いかたちでその木はあった。



「結構…、繁ってるのね」



 結構どころか、ワッサワッサのモッサモッサだ。そんな繁った緑の中に白い花が咲いている。よく見ればそれは小さい花が密集していて、この小さな花がエルダーフラワーと呼ばれるセイヨウニワトコに咲く花だ。

 私の微妙な感想に、ジョンは顎をさすり「ハハッ」と笑う。



「花が咲いて実が終った後に剪定するんで暫くはこんな感じなんです」

「実?」

「お嬢様も朝食でよく口にしてますよ。パンに塗ってるベリージャムです」

「えっ、あれがそうなの?」

「そうですよ。それにこの花の状態でもシロップになるんです。炭酸水に混ぜたジュース、よく飲まれるでしょう」

「あー…、あれもなんだ。 ……なんか、聞いてたら欲しくなっちゃうよね」

「ハハ、じゃあ邸の者に言って来ましょう。お嬢様はゆっくりと観賞ください」

「ありがとう、ジョン」



 ジョンが去り、私は花が咲き誇る木へと近づく。

 適当にワサワサと繁ってるように見えて実はきちんと手が入っているのだろう。だって下の方はスッキリと刈り込まれ、また別の草花がグランドカバーとして植えられている。そしてこの光景を眺めることが出来るように木製のベンチも設置済みだ。


 ベンチに座ると、風に乗ってエルダーフラワーの香りが届く。

 そこで、ああ――、と。

 嗅いだことのある香りだ。どこでかも直ぐに思い出した。ヒントは直ぐそこにあったのだ。そして繋がってゆく点と線。

 ただそこから考えうる動機がどうしても犯人とは結びつかない。


 風に揺られる枝に手を伸ばす。掴みそこねた枝から小花だけが僅かに私の手に残った。甘いフルーツのような爽やかな香り。


 結局、全てがわかったとしても、心の中だけは本人しかわからない。




「――リリアベル」

「あれ…、エリック?」

「これ、家の人に渡されたんだけど」

「ああ。 …ふふ、ちゃんとエリックのもあるじゃない。 美味しいよそれ」



 氷の入ったグラスを二つ持ちこちらへとやって来たエリックの為に横にずれてベンチを空ける。



「エルダーフラワーだね。 はい」

「ありがと。 そう、うちの家にもあったみたい」



 受けったグラスの中でカランと氷の涼やかな音が鳴る。

 エリックは私の横に腰掛け、開けた足の間でグラスを両手で握ると、そこに視線を預けたまま言う。



「リリアベルが、考えてた通りだったよ」

「認めたの?」

「まさか。本人は知らないの一点張りだったけど、隣にいた夫人は物凄く冷ややかな目で夫を見てたから、あとで噂好きそうな使用人のとこにローラン兄さんを送り込んだ」

「ああ…」



 噂好きな使用人とくればやはり女性だろう。適材適所か。ローランは見た目は良いし。



「皆が言うには、()()()()()夫妻が言い争ってるのを何度も聞いたそうだ」

「は、なにそれ、全然ダメじゃない。 隠しておきたいことなら家の者の前でも隠さないと。 だから簡単にゴシップ紙にすっぽ抜かれるんだよ」

「ゴシップ紙…?」



 エリックの怪訝な視線が私に向く。



「街の図書館に行って来たの」

「え、まさか一人で?」

「ちゃんと侍女に付いて来てもらったわよ」

「それ普通だからね、得意げに言うことじゃないから」

「………」



 視線がちょっと鋭くなる。キャロライナ様の件から過保護度合いが増したか? うちのお父様のようだ。

 ホントこの前の事件の時、夜中の外出の件話さなくて良かった。



「何か言った?」

「いいえ、何も」

「ふーん…、それよりゴシップ紙って?」

「自分でも確認しとこうかなって、真偽は定かでないものだけど、何もないとこに煙は立たないって言うしね。 一応収穫はあったよ」

「ゴシップ記事から?」

「いや、それは…、――やっ、そうっゴシップ紙から」



 危ない危ない、()()()()とか言いそうになった。現状では黙っていた方が良さそうだ。



「それでどうする?」

「え?」

「このまま参考人として引っ張れば話しをすることは出来なくなるかもしれないけど?」



 微かに眉を下げてエリックが言う。

 機会をくれてるのだろう、私に。



「……知りたい、とは思う。 そこに至った()()の心情を」



 まだ雪の残る春先に自ら命を絶ったあの人の心は、完全にはわからないまま終った。

 それが心残りだったというわけではないが。

 結局突き詰めれば、私が本当に興味を惹かれるものは、その『殺める』という行為に至った人の心なんじゃないかと、そんなふうに思う。

 


「うん、じゃあ明日だね、僕も付き合うから」

「でも、きっと気分のいいものとはならないよ?」

「それはリリアベルだってそうだろ」

「それはそうだけど…」

「だったら共有すればいい。 全部じゃなく半分ならちょっとはマシだろ? 僕とリリアベルで半分ずつ」



 これは名案だと言うようにエリックはうんうんと頷く。

 いや、そういうものではなくない? そして。



「……だからそういうとこなんだって…」

「え?」

「何でもない!」

 

 

 私は手に持ったままだったエルダーフラワーの炭酸水をぐっと飲む。

 一瞬噎せそうになったが、それはとても爽やかな味がした。





 

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