7.可能性の提示
休校中である為に自習室に人はいなかったが、一応出入りが見渡せる一番奥の窓際の席を陣取る。
「………」
「………」
「………あ、そういえば殿下が」
「…殿下?」
そう切り出せば、ここに来るまでの間ずっと不満げだったエリックの表情が急にころりと変わる。もちろん、良い方向にだ。
わかっててやったことだけど、それはそれでなんだか納得がいかない。
「………」
「え、殿下が何? てか、殿下と会ったの?」
「……会ったよ、寮の前で」
「ああ、それでさっきの言葉か」
「生徒全員安否確認はついたって」
「――え」
「教えてくれた」
「えっ、何でリリアベルに?」
「知らないよそんなの」
机の上で頬杖をつく。
「殿下も寮を気にしてたみたいだったけど、それについては何も言わなかったわ」
「殿下が気にしてた?」
「あれじゃない、意中の相手がいるとか?」
「それはない。絶対」
言い切るじゃないか。
だけどその理由は聞かない。それこそ絶対。たとえ言いたげにウズウズした顔を向けられてもだ。
「じゃあきっと殿下もあやしいと思ってるんだよ」
「殿下が? …一応わかったことは全部報告してるけど、殿下が自ら動くかな? 君じゃあるまいし」
「…何気に一言多いよ…」
「え?」
「何でもない。 ただ、一番単純に考えれば、ジェーン・ドウとクレア様は恋敵で、その男子学生が恋の相手で、紆余曲折の結果クレア様がジェーン・ドウを殺してしまった、――で解決」
「………本当にそう思ってる?」
「いいえ、全然」
これはないなと、言っていて自分でも思う。
今はまだこの寮だけの結果であって、他の寮を調べれば同じような報告があがるかもしれない。
それに、愛憎劇を繰り広げた末に相手を殺してしまうまでの激情をクレア様が持ちうるのだろうかとも思う。
私は頬杖をついた指先で考えるようにトントンと拍子をとる。
…まぁただこればっかりは人の心、一概にそうだとは言えない。
「けれどジェーン・ドウに相手がいるのは確かなんだよねえ…、じゃなきゃ子どもは出来ない」
ゴホンゴホンとエリックがむせる。 お互い前世をプラスすれば今更そんなことで動揺する年齢でもないと思うんだけどね。
「ところで、彼女自身は自分が妊娠してたことを知ってたのかな?」
「えっ、あー、どうだろう? 検死官は十周目くらいだろうって言っていたけれど…」
「そう…」
十周目というと二ヶ月ほど。流石に妊娠したことも子どもをもったこともないのでわからないが、つわりなどの症状は出てたろうし生理も止まってたはずだ。そしてそういうことが起こり得る可能性は本人自身が一番わかっていただろう。
「 でも、もしそれが望まれないものだったとしたら」
「………一応、性犯罪的な観点からでも、調べてはいるよ」
エリックが言いにくそうに話すのは暴行やレイプに関してのこと。だけど私が言いたいことはそうではなく。
「そうじゃなくて。 合意ではあったけど許されない関係だったってこと」
「相手が?」
「それはわからないよ? もしかしてそれはジェーン・ドウの方かもしれない。 やんごとなき令嬢だったので身元をわからなくするために頭部を持ち去った可能性もあるし」
「でも、やんごとなき令嬢だったらもう捜索願が出されてると思うんだけど」
「うん、まあそうだね。 だけど、確実に相手はいる」
それがきちんとした愛を育んでいた相手か、ワンナイトの相手か、良いように利用されていた相手か。肉体関係を結ぶ理由は多々ある。
「その相手が犯人でもそうじゃなくても、そういう関係にあった人が亡くなったとなれば何らかのリアクションはあると思うんだよねぇ」
「え、でもリリアベルが言うように公に出来ない関係だったとしたら、寧ろ何事もなかったように振る舞うのが普通じゃない?」
その言葉に顔をしかめる。それはそうかもしれないが、そう思いたくない心情がトゲとなって口をつく。
「うわっ、エリックてばサイテー」
「――はっ! いやっ、これは僕の意見じゃなくて! 男だったらそういう保守に走るんじゃ、ないかって…」
「うわー…、男ってサイテー」
「や、…あ、ああ……」
思っきり軽蔑したように言えばエリックがシュンとしたのでこれ以上は止める。私には好きな人をいじめる趣味はないから。
「まぁ確かにエリックの言ったことはその通りだと思うよ。 でもね人っていつまでも知らん顔出来るものじゃないんだよ。 焦りや怯えは直ぐに表れやすいものだけど、不安や後悔は知らず知らずに蝕んで行くものだから」
「……それは前世の体験談?」
「そうとも言えるしそうじゃないとも言えるかな。 それに、そろそろそれらが顔を出す頃なんじゃないかなぁって思うの」
「え…、何それ?」
「んー、どういった形になるかはわからないけど、何となく?」
「何か預言ぽくて怖いんだけど…」
「預言って」
何ソレと私は笑う。
「大体私、もう外しちゃってるじゃない」
「え?」
「さっきの話しの続き、被害者、学生にいなかったんでしょ?」
「ああそれね」
「でも、私はまだ疑ってるけどね」
「ええっ、…それはちょっと流石に厳しいんじゃ…」
「いいの、可能性は可能性として置いとくから」
カァーン…、カァーン…と、鐘の音が聞こえる。
夕方の祈りの時間だ。
もうそんな時間なのかと、私はオレンジ色に染まりだした窓の外へと視線をやる。
鐘の音はまだ響いている。それを聞きながらずっと気になってたことを今度は尋ねた。
「ね、今聞こえてる鐘の音がゲームのタイトルの『ランディル・ベールの鐘』なの?」
「はっ、まさか! 全然違うよ!」
「ふーん?」
「あのねっ、ランディル・ベールの鐘は謂わば象徴的なものなんだ。 幸せなハッピーエンドを迎えた恋人たちの為に鳴り響く幸せの鐘! リリアベルとその相手の攻略対象者が二人を並んで迎えるエンディングに高らかに鳴る祝福の鐘なんだ! でねっ、」
しまった…。これは振ってはいけない案件だった。
「あーあーなるほどもういいよ」
「いや、でもここからがっ、」
「うん、そうそう、それでもう休校は解除されるの?」
「へ? いや、そうじゃなくてエンディングが、」
「解除されないままだとエンディングも迎えれないよねー」
「それは大丈夫、明日から通常通り再開だから。――それでね、」
「じゃあ、早く帰ろう!」
「え?」
「ほらもう鐘も鳴り終わったよ、明日から授業が始まるなら早く帰って用意しないと」
「いや、あ、うん、…そうだね」
そんな残念そうな顔をされても困る。
それにしてもいい加減その私と、全然関係ないやつをくっつけようとする思考を放棄してくれないだろうか。全く。
「それじゃあ、私は帰るけど、エリックは?」
「僕はもう少し残るよ」
「そう。 じゃあ辻馬車でも拾って――」
「はっ!? 辻馬車? そんなの駄目に決まってるだろ! ベイリーは?」
「帰らしたわよ」
「はあ!?」
エリックは大きな声を出したあと暫し黙る。
「…………僕も帰るよ、用意するから少し待ってて」
「ええ、わかった」
急いで出て行くエリックの背中を見送り私は小さくため息を吐く。
( …そういうとこだからね )
そんなふうに結局私を過保護に扱うエリックが悪い。それが私をエリックにとって特別なんだと下手な優越感に浸らせてしまうのだ。
実際、彼のオタ活思考からすれば私は特別なんだろうけど、勘違いだとハッとするこの虚しさよ。
□
エリックの言った通り、現場だろう場所は封鎖されたまま、学園は次の日から授業を再開した。
暫くは午前中だけの短縮授業となるらしいが。
私はお昼で帰れるのだけどエリックは午後から捜査に加わる日もあり、帰る時間が別々だからと我が家の馬車で登校する旨を伝えたら「息子を捨てないで」とおば様に縋りつかれた。
いえおば様、ただ馬車が別々になるだけですし、それは寧ろこっちのセリフですから。
だけど結局押し切られてやっぱり一緒に登校している。
今日はエリックも午前中だけで帰る予定だそうで、既に授業を終えた私は自分のクラスにてエリックを待つ。
エリックは所謂特進科、楽をしたい私は普通科、当然クラスは違うので終了時間も少しだけ異なるのだ。
待っている間ボーっと中庭を見下ろしていると、帰る生徒に混ざり制服を来た捜査官の姿もまだ見える。
他の寮を調べた結果、不審人物は大体どの寮でも見かけたらしい。だけどそれは同一人物などではなく。…正直、健康な青少年が沢山いるのだからそうなってもおかしくはない、という事案が持ち上ることとなっただけ。
ただネズミ捕りの毒餌の紛失に関しては。
「他の寮ではそう言った報告は上がって来なかったよ」
「…そう」
「でもあったとしてもそれを素直に伝えるかどうかはわからないけどね。 捜査官が直々に尋ねに来たら、やましいことは隠したくなるだろうし」
「………」
馬車の中、押し黙った私にエリックが眉を寄せる。
「………疑惑が深まった?」
「…深まったというかなんと言うか…」
「?」
「そんなあからさまな証拠を残す意味がわからない」
「突発的なのかも?」
「突発的…」
私は再び黙る。
それは考えにくい。突発的に毒を飲ますというのなら常に毒を携帯して置かねばならない。しかも携帯するのであればもっと用意周到に準備するだろう。
だからそれが当てはまるというなら突発的というより衝動的だ。そして衝動的というのなら『毒を飲ます』行為より『自ら毒を飲む』行動の方がよっぽどしっくりくる。
ただ、それでいけば自殺となってしまうが。
「…深まった、というより増えた、ってとこだよね」
と、馬車の外を眺めながら零す。
これといった進展もないまま増えていく問題。――だけど。
預言が当たったと言うわけではないが、思ってもみなかった方向から状況が一気に動くなんて、この時の私は微塵も思ってはいなかった。
カタッと、教室の扉が開く音がしてエリックが来たのかと振り返る。
「グリーンフォス令嬢」
「……リーダス、伯爵令息…?」
そこにいたのはダニエル殿下の従者であるミッチ・リーダス伯爵令息だ。
しかも私の名前を呼んだ?
「殿下が令嬢をお呼びしています」
「殿下が? …私を?」
( え、何の用事だろう? だとしても、普通に行きたくないんだけど… )
「…えーっと、それは何の用事で…?」
「さあ、私は聞いていないのでわかりかねます」
「あー…、そうですか」
うーんと唸る。
「……行きたくない…」
「何か?」
「あ、いえ、何でもないです。 でもあの、私、人を待ってて」
「ああ、であれば私がここにいますよ。 ダンシェル子爵令息ですね」
「えっ、あ…、はい」
「殿下は生徒会室でお待ちですので」
「………」
これは結局断れないやつか。
でも生徒会室であるなら最悪誰か他にいるだろう。二人っきりにはならないはずだ。
そう、これ以上変なフラグが立つことはない、…はずだ。