5.クレア・レンダーソン
午後にも一話アップします。
門前にはやはりと言うか検問が敷かれていたが、こちらは捜査関係者の家紋が入った馬車だ、そこは難なく通り抜け。
「ダンシェル捜査官ですか…、今は多分本部の方に行かれてるかと」
「戻ってくるのは?」
「どうでしょう? すみません…、ちょっと私ではわかりかねます」
「そう」
本部と言うのは、ダンシェル子爵――おじ様がいる治安維持局のこと。
でもこれはある意味好都合かもしれない。
「じゃあ戻るまで待たせてもらうわ」
「いえ、あのっ、一応ここは今閉鎖中でして、あまりうろつかれるのは」
「大丈夫、これでもダンシェル家の身内ですよ、それは心得てます。それに、私この学園の生徒なんです。だから場所の把握も出来てますわ。自習室か図書室で待つことにします」
「あ、はい、それなら…」
ニッコリと微笑み言えば訝しむこともなく了承を得た。うん、話し掛けた相手が顔見知りでなくて良かった。
まだ新人さんぽい捜査局員に話しをつけてから馬車で待つベイリーの元へと戻り荷物を預かる。エリックに生活必需品の届け物を頼まれたらしい。
だろうね、家に帰っていないんだから。
ベイリーには後は任せてと馬車は引きあげてもらい、――さて、と現場だろう方向へ足を向ける。もし咎められたら「寮生です」とでも言えばいい。
現場が何処かは正直全くわからないけど、寮の方向でエルダーフラワーが咲く人気の無い場所だ。それに寧ろ今なら人がいるのでわかるはず。
どうせ何れ止められるだろうと歩いて行けば、寮を過ぎた辺りで佇む人影に思わず足を止めた。
背の高い、燃える短髪赤毛な美丈夫。ただ立ってる姿も様になる。
「……殿下?」
何でこんなとこに?
私の声を振り向いたダニエル殿下は金色の目を少しだけ見開いた。
「グリーンフォス令嬢…? ……どうしてここに?」
私が思ったことと同じことを殿下も口にする。そりゃそうだよね、休校中なわけだし。
「エリック…あ、いえ、ダンシェル子爵令息に届けものがあったもので」
「…なるほど。 でも何故君が?」
「ダンシェル子爵夫人に頼まれました」
おば様には心の中で「ごめんなさい」と謝っておく。
「そうか…。 ではダンシェルは今現場にいるのか?」
「いえ、それが今は本部らしくて…」
「ふーん、じゃあ君は何でこんなとこに?」
「あー、えっと…」
また先に聞かれたけれど、それはこっちが聞きたいことですよ殿下。
でも流石に「殿下こそここで何してるんですか?」なんて聞けずに言葉を濁すと、殿下は少しだけ表情を緩めた。
「事件が気になるか?」
「え、や…、あの、…気にならないわけではないですが」
え、もしかして私が事件に首を突っ込みたがる人間だとバレてる?
「残念ながらほぼ何も進んではいないぞ。犯人は分からないままだし、被害者に関しても生徒全員の安否の確認はついた」
「…え…」
「ん?」
「全員確認が出来たと?」
「そうだな。だから被害者は外部の人間であるということで捜査はさらに拡大することにようだ。絞り込むのには更に難儀するだろうな」
「………」
「………グリーンフォス令嬢?」
「え…、――あっ、はいっ」
しまった、思わず考え込んでいた。
口元に当てていた手をパッと下ろし殿下を見上げると、若干細められた金色の目が私を見下ろす。 聞いてなかったと咎められるだろうか?
殿下の口がゆっくりと開く――が、その口から言葉が出されるより先にひとつの声が割り込んだ。
「殿下…? …と、グリーンフォスさん?」
図書室にでも行っていたのだろう大量の本を抱え、校舎の方向からこちらへとやって来たクレア様が目を瞬かせ言う。
「どうしたんです、こんなところで?」
本当に皆が皆同じ質問をする。だけどこれはナイスなタイミングだ。寮生であるクレア様に聞きたいことがある。
私はパチンと両手を合わせクレア様に向き直った。
「丁度良かった! クレア様っ、今からお部屋にお伺いしてもいいですか?」
「――え、は、何故、です?」
急なド厚かましいお願いに、流石のクレア様も面食らったようだ。
「エリックに会いに来たのですが丁度今はいないみたいで…」
「ダンシェルくんも来てるのですか? …えっと、それは手伝いで?」
「そうなんです。エリックは一昨日からずっとなので、荷物を預かって来たんですけど…。まだ捜査中だからあまりうろうろしないようにと言われまして、それで」
「ああ、なるほど…」
クレア様は納得がいったというように頷くとチラリと私の背後へと視線をやった。
「私は別に構いませんが、殿下はグリーンフォスさんに用があったのでは?」
「いや…、私がここにいたのはたまたまだ」
( たまたま? )
殿下の声に少しだけ眉をひそめて私も顔を向ける。
たまたまで女子寮近くをうろつく?
それではある意味事案発生だ。それに、殿下は寮を見つめ考え込んでるようにも見えた。
「たまたまですか…」
呟いたクレア様も殿下の答えに半信半疑のようではあるが突っ込むまではいかない。
「それでは、グリーンフォスさんを部屋に案内することにします。 殿下、ではまた学園で」
「…ああ」
クレア様に続き軽く頭を下げ去ろうとした私を殿下が呼び止める。
「―――グリーンフォス令嬢」
「はい?」
振り向いた私に、殿下は呼び止めたことが間違いだったかのように「――あ」と短い声を漏らした。そして開かれた口はそれ以上の言葉がでることはなく気まずげに閉じられる。
「殿下?」
「あ…、いや、何でもない。…呼び止めてすまない」
「はあ。 では、私ももう失礼します」
「ああ。それとまだ事件は解決してはいないのであまり一人ではうろつかない方がいい」
わかりました、と頷いて、入口で待つクレア様の元へと向かう。
殿下はやはり何か言いたそうに見えたが、私は触れず殿下も言わず。佇むその姿は、寮の扉の向こうに見えなくなった。
□
「たまたまで、第二王子が女子寮の側にいちゃ駄目ですよねぇ」
「殿下のことですから何か思惑があったのではないでしょうか」
「思惑…ですか。それはそれで微妙な…。あ、でもそういえば、従者の方も一緒ではなかったですね?」
「まあ一応今は休校中ですから」
「ああ、なるほど」
「――さ、ここです。大したおもてなしは出来ませんが」
そう言ってクレア様に連れてこられたのは二階の一番奥の角部屋。成績優秀者は部屋の優先権が高いらしい。通いで良かった。
その部屋は前世感覚で言えば十分広く、今の貴族感覚で言えば少し手狭。私は二人掛けのソファーに案内され、目の前のテーブルにクレア様が抱えていた本がドサリと置かれる。
「…?」
「お湯を沸かしてくるまでの暇つぶしにどうぞ」
「お湯ですか?」
「ええ、お茶を入れようかと思いまして。でも流石に部屋にキッチンはないので、ちょっとの間待っていただければ」
「あ、じゃあ私も行きます」
暇つぶしと言われたが、題を見る限りこんなの読んだら速攻寝てしまう未来しか見えないので遠慮する。
部屋にキッチンはないが、その階ごとに生徒会室にもあるような所謂給湯室的なものが備えられているとのこと。
ちなみに一階は管理室や談話室、食堂など諸々で占められていて、寮生の部屋は二、三階部分になる。そして学年ごとに分けられているため、この寮は現在第三学年の生徒が暮らしているそうだ。
「寮には門限があるんですか?」
「そうですね、一応寮の出入口は十時には施錠されます」
お湯が沸くのを待つ間、給湯室の椅子に座りクレア様に質問をする。
「その時間以降は外出が不可ということですか?」
「用事があったりどうしてもの場合は管理人に許可を取ればいけますが、割と気難しい方なので少し面倒くさいかと」
「管理人さんが?」
「ええ。イライザ夫人という方なのですが、寮の皆さんは “イラクサ” 夫人と呼んでいますね」
「……チクチクきますか」
「ええ、割と」
だとすると、正面から抜け出すのは簡単にとはいかないか。
どの寮も大体同じような造りだとクレア様は言った。入って直ぐのとこにはどこも管理人室があり人が常備していると。
さっき通った時も、開け放たれた扉の向こうで、中々眼光の鋭いご婦人がチラリとこちらをチェックしていた。あれがイライザ夫人だろう。確かに見た感じ攻略は難しそうだ。
小さな室内にはカタカタと、火にかけたケトルからお湯が湧き始める音が響く。
先ほど、殿下は生徒全員の安否の確認は出来たと言っていた。ならばそれは私がエリックに話した結論の一部を否定しなくてはならないこととなる。
生徒に被害者はいない。
――だけど…。
急に黙り込んだ私に、今度はクレア様が質問を返してきた。
「グリーンフォスさんが私の部屋にと言ったのは、本当は何か話しを聞きたいためではないですか?」
「――え」
「別に寮に入りたいわけではないですよね?
なのに先ほどから寮について聞いてきますし、それに、ここは現場に近い」
「…えーっと…」
「グリーンフォスさんは事件について調べてるのでは?」
「うっ…、あー…」
確かに、あからさま過ぎたとは思う。その上ここまでハッキリ言われたのならば今更隠すのもおかしいか。
「…ええ、まあ、その通りでして」
「それはダンシェルくんのためですか?」
「えっ、エリックの? …いやいやエリックには寧ろ止められてますから」
「ああ、そういえば『捜査に首を突っ込まない』と、ダンシェルくんに言われてましたね」
「ええ、そうなんですけど、これは私の興味と言うか趣味と言うか…」
「でも、捜査に首を突っ込む趣味は流石にいただけないのでは?」
「……っ、そうなんですけどっ」
正論だ。これはエリックより誤魔化すのが難解な相手かもしれない。…と言うよりも、誤魔化す必要があるんだろうか? クレア様は捜査関係者じゃないんだから。
なので私は言い訳でしかない本音をボソボソと語る。
「……あの、ですね。昔のことなんですけど、私って何の趣味もない全く面白みのない生活を送ってたんですよ」
それはもちろん前世の話しだ。ただ仕事に追われるだけの日々の中、休日は大抵体を休めるに費やし、最低限の掃除と一週間分の買い物、それと暇つぶしの読書で終わる私のルーティン。
生きていく為以外にしていたこと言えばその読書だけ。暇つぶしであり趣味とはとても言えないが。
「それでですね、見かねたおば――、…いえ、家の使用人が本を沢山くれまして。ただ、それが少し偏り過ぎてたといいますか、全部推理小説で…」
そして見かねたのは使用人などではなく、私が住んでいたアパートの、隣の一軒家に暮らしていた大家のおばちゃん。無類の推理小説好きだったおばちゃんは、会社と家の往復しかしていない顔色の悪い私に「娯楽は必要よ!」と大量に本を押し付けて来たのだ。
現実逃避に近かった感は否めないけれど、意外とその推理小説に嵌まってしまったのは事実。
「…小説と現実は違うっていうのはわかってるんですけど、幼馴染がダンシェル家の子息だったってことで事件がごく身近で起こる現実になってしまって。 あれ? 私、この事件のパターン小説で見たかも?って、幼い頃にそれで事件を解決してしまったことが切っ掛けというか。 だから首を突っ込むだけが趣味ではないというか…」
とりとめのなさ過ぎる説明にクレア様は呆れたような小さな息を吐いた。……うん、ですよね。
「それで実際に誰も迷惑が掛からないのなら私が何か言うことではなかったですね」
「え」
「寧ろ余計なお世話な発言でした」
「ええっ」
「私自身 勉強以外興味を持たない人間ですから、何か趣味というものを持てるというのは正直羨ましいと思います」
「えーっと…」
それはお咎めなしと言うことだろうか?
それならば。
「…事件の日のこととか聞いても大丈夫ですか…?」
「はいどうぞ。役に立てるかどうかはわかりませんが」
よし!と拳を握る。もちろん見えない背中の後ろで。
そして、では早速と話しをしようとしたところで、ケトルが喧しく騒ぎ出した。……タイミング。
「取りあえずお茶を入れて部屋に戻りましょうか。 話しをするにしてもその方が良いでしょう」
「――あっ、はい是非っ」