4.乙女心と現時点での見解
本日二回目。
「うわあぁぁあ〜!!」
そんな騒がしい声が目覚めを誘い。
「…ん…」
小さな声を零し私はパチリと目を開く。だけどいつも見る景色とは違う。
( …あれ? 私 昨日どうしたっけ? )
寝ぼけた目を瞬きながら視線を少しずらすと、向かいに青い顔のエリックがいる。ああ、そうか。
昨日そのまま寝落ちしたんだとムクッと起き上がれば掛けられていたブランケットが滑り落ちてエリックが「ひえぇぇー」と顔を覆った。…乙女かよ。
( 別に普通に服着てるし、そもそも悲鳴上げるのって本来こっち役割じゃない? )
青から赤へと顔色の忙しいエリックを放っといて大きく伸びをする。ソファーでの寝落ちは前世ぶりだ。
エリックの変な悲鳴を聞いてか、それとも既に控えていたか、薄く開いたままの扉からノックの音がする。
「起きられましたか、リリアベル様」
部屋の主、エリックではなく私への言葉。声の相手からしてもこれは後者だ。私が起きるまで遠慮してくれたのだろう。一応本当に乙女だし。
「ええ、おはよう、マイルズさん」
「おはようございます。 寝起きのところ申し訳ございませんが、朝食はダンシェル家でされますか? それとも戻られますか?」
扉からパリッとした執事服姿を見せた、ダンシェル家の老執事マイルズ。そう話すってことは私の分はもう用意されてる。
「迷惑じゃなければこちらでいただくわ。 それとちょっと身支度を整えたいのでどこか部屋を貸してもらえるかしら」
「承知しました。では後で使用人を寄越しますので。 ――それと坊っちゃんも、いい加減起きてください」
「ぼっ、僕はちゃんと起きてる!」
「おや、そうですか。 手で覆ってらしてお顔が見えなかったもので」
「ぐぅ…っ」
エリックが唸りながら手を下ろす。それを眺めたマイルズはニッコリと笑うと一礼して部屋を出て行った。完全に転がされてるね。 大方このブランケットも寝落ちた後にマイルズが掛けてくれたものだろう。
マイルズが出て行ったあと再びエリックの奇声が上がり、今度は俯いて顔を覆ってる。ホント忙しい。
「どうしよっ、どうしたらいいっ!」
「何がよ」
「だって僕ら一夜を明かしちゃったんだよ!?」
「いや、その言い方…」
「そんな噂が広がったらリリアベルと攻略対象者をくっつけるという僕の壮大な計画がっ!」
本当に、どうしてやろうか。
「ソファーで寝落ちしただけだし、全く、何にも、ないよね? 噂になるようなことなんて」
「でもわからないじゃないか! 人の口に戸は立てれないって言うし」
「大丈夫だって、うちのとこもエリックのとこも使用人全員含めて皆んなニマニマするだけだから」
「何だよ…、ニマニマってっ」
「あー…えっとそう、ダンシェル家の使用人は口が堅いから噂なんて広がらないってこと。 ――あ、ほら呼ばれたから行くね、じゃあまた朝食の時に」
面倒くさくなったので雑に話しを終える。丁度呼ばれたし。
エリックがまだ何か言ってるけどもう無視だ。
大体これだけ周りがそういうモードなのに本人がアレじゃあねぇ。
お察ししますという表情の使用人とウンウンと頷いて、エリックを残し部屋の扉をバタンと閉めた。
□
カタカタと車輪が鳴る。私の家までなので五分程の道程だ。だけど、ダンシェル家の馬車に今日も私は同乗している。
「朝食の時さ、皆んなちょっと変な雰囲気じゃなかった?」
「………、気のせいよ」
首を捻るエリックに私はそう答える。
変な、じゃなくて生暖かい空気だっただけだ。途中肘で突いてきたローズマリーに緩く首を振ったら途端呆れた顔になったので、後半は呆れモードの空気だったけど。
「それより休校って暫く続きそう?」
「さあ、どうだろう? 何とも言えないな」
休校と連絡が届いたのは今日の朝。私はもちろん休みとなり、だけどエリックは学生としてでなく仕事で学園に向かう。
「………ね、エリック」
「駄目だからね」
「私何も言ってないけど」
「でもどうせついて来たいとかだろ」
「………」
何も言わなくなった私に、エリックはホラという顔を向ける。
「殿下にも言われたろ、まだ学園内に犯人が潜んでるかもしれないって」
「どうかな、その可能性は低いでしょ。目的を果たしたらその場に残ることの方がリスクだよ」
「そりゃそうだけど…」
「まあただ、他に目的があったり、犯人が学園関係者であれば別だけど」
「関係者?」
「そう。教師であったり、事務であったり、管理の人であったり、学生であったり…」
言いながら指を折る。本当はまだまだ候補はあるが取りあえずはいい。
「リリアベルは、外部の人間ではないと思うの?」
「絶対とは言わないけど、そうじゃないかなとは思う。 例えば、首を切ったのが身元をわからなくするためであるなら、体だって見つからない方がベストだよね? だから遺体は殆ど人が来ることがない場所にあった」
「まあ、たまたま人が来たわけだけど」
「そう、たまたまだよね。 日中気温の高いこの時期なら腐敗は遅くない。もし見つけたのが1週間後とかならもっと悲惨なことになってたと思うの」
エリックは現場を思い出し更にそれを想像したのだろう、物凄い顔をする。今回は現場に行かなくて正解だったかもしれない。
「そうなると、身元の特定は更に困難になるでしょ? 今の技術では」
「まあ、…だね。 でもそれが外部の人間じゃないこととどう繋がる?」
「うん、だからそんな場所を外部の人間が上手いこと見つけられるかなって」
「ああ…。でも時間を掛けて吟味すれば」
「関係ない人が度々見かけられたら不審者案件だよね」
「じゃあ変装して」
「そこまでしてここで殺害する意味は?」
「うーん…」
唸るエリックに、私が今考え得る結論を言う。
「結局、一番いても違和感なく動けるのは生徒だよ。そして多分被害者も生徒だろうね」
「えっ、……それは何故?」
「さっき言ったように、学園で殺害することの意味、だね」
「え?」
「犯人にとっても、そして被害者にとっても、殺害現場が己のテリトリーなんでしょう。 何かあったとしてもある程度は臨機応変に対処出来るっていう」
「でもそれじゃあリスクがって」
「うん、言ったね。それでも木を隠すには森の中っていうでしょ? 犯人が生徒であるならば容疑者候補はごまんといる。…まぁ、まだ犯人については生徒以外の学園関係者説を捨てきれないけど」
「あー……、…でも、…うーん…」
唸りながら、更に首を捻るをプラスしたエリックを眺めていれば馬車がカタリと止まった。
「リリアベルお嬢様、着きやしたよっ」
ベイリーの声がする。エリックがハッとして降りようとするのを押し止めて、私はささっと自ら馬車を降りて振り返る。
「今日は言う通りに家にいるわ」
「――えっ!?」
馬車の中で中途半端に腰を上げたエリックは驚愕の表情で私を見た。
「エリックが言ったんじゃない、そこまで驚く?」
「いやっ、でも、――え…、また何か企んでる?」
私に対する認識がちょっと酷くないだろうか? 毎回何か企んでるわけではないのに。
「急に降って湧いたお休みだから思う存分ゴロゴロしたいだけだよ」
「ええー…」
「だってほら台風で休校になった時とかさ、何だか無性に嬉しくならなかった? 家で何しよう!とか」
「んーどうだろ? 僕はどちらかと言えば学校に行きたい派だったから」
そっち派か!と出そうになった舌打ちを、淑女の矜持で飲み込む。
「…まあ、何でもいいよ。とにかく今日はチートデイで、だからゴロゴロするって決めたの。それで最初の話しに戻るけど――、」
「最初?」と首を傾げるエリックに、ピシッと、人差し指を立てる
「何か進展があったら報告は必須だからね?」
「…やっぱり首を突っ込む気じゃないか」
「でもついてかないでしょ?」
「それはリリアベル自身の都合だろ」
「私のアドバイスって結構イケてると思うけど?」
「ぐ…っ」
「報告待ってるわ」
エリックの弱点のひとつ、ヒロインスマイル(無料)を存分に発揮してやれば「ぐぐぐ…」と唸って、一呼吸置いてから大きく息を零した。
「………進展があったら」
「はーい、いってらっしゃい、頑張ってね」
更に無料スマイルを追加して、私は馬車のドアを閉めた。
手を振る先、馬車の中のエリックは照れで赤くなりながらも苦い顔、という器用な表情で小さく手を振り返し、馬車は再びカタカタと音を鳴らし離れて行った。
去ってゆく馬車を見送る私の頬もやや赤い。だって、最後のやり取りなんてまるで新婚さんみたいじゃないか。
でも、そんな浮かれた気持ちは直ぐにスンと消える。
「………うん、ないな…」
どうせそんなことを思っているのは私だけ。エリックが見せる照れは、私のこの顔がドンピシャ好みだからだ。
まぁでも、今はそれでもいい。外堀は完璧に埋めまくっているから気長にやる。なんたって前世でもブラックな企業に執念でしがみついていたくらいだ。
「私の根性をなめるなよ」
誰に聞かすでもなくそう宣言して、我が家へと足を向ける。エリックが戻るのは夜になるだろうから、それまでは心ゆくまで部屋でゴロゴロしよう。
□
ゴロゴロも三日も続くと飽きるものだ。
「……くそぅ、エリックめ…」
淑女としてあるまじき悪態を吐きながら私は庭にあるガゼボに置かれた長椅子にふんぞり返る。今は一人なのでオールオッケーだ。咎められることはない。
馬車を見送ったあの日、エリックは結局帰って来なかった。次の日も。
学園は現在も休校のままなので本当に忙しいのかもしれないが、私の質問攻めから逃げるためとも考えられる。
だけどそれが三日目ともなれば、モヤモヤした感情が必然的にエリックへの悪態となるのも仕方ない。理不尽とは言わせない。
そして私が何故ガゼボにいるのか?
部屋でゴロゴロするのが飽きたのもあるけど、このガゼボからは首をぐっと反らせばダンシェル家の馬車置き場が微かに見えるのだ。
やってることはほぼストーカー。
「くそ〜、エリックめっ」
もう一度悪態を吐いてるとダンシェル家の馬車置き場に動きがあった。昨日は動くことのなかった馬車に馬が繋げられている。
よし!と拳を握り私は直ぐに行動に移った。
「ベイリー!」
道路をやって来る馭者へと呼び掛ければ、明らかにギクッとしたのを見逃しはしない。
「あー…っと、ご機嫌よく、お嬢様…」
「ご機嫌良く見えるかしら?」
「あの、えっと、笑顔ですんで…」
「ふふふ」
そうだろう、満面の笑みだもの。ただしイメージ的にその背景は真っ黒だと思うが。
そんな微妙な雰囲気を感じ取ってかベイリーの口調も淀む。これは絶対、エリックから何か言われてる。
「ね、ベイリー、今から学園に行くんでしょ?」
「あ、いえ…」
「もしエリックに会うんだったら私も連れてってもらえない?」
「や、あっ、それは…っ」
「だってエリックの顔、三日も見てないのよ私…。だから心配で。…お陰で寝不足だわ」
嘘だ。普通に一、二週間見ないこともあるし、何なら二ヶ月避けられたこともある。そして昨日も良く寝た、お陰ですこぶる快調だ。
それを隠しヨヨヨと眉を下げて見せればベイリーは慌てた。
「ああっ、大丈夫ですよっ、坊っちゃんは元気だけが取り柄ですから! ――あっ、じゃ、じゃあ、お嬢様も一緒に坊っちゃんの顔見に行きやしょう!」
「………、いいの?」
「全然大丈夫でっすよ、リリアベルお嬢様の顔を見たら坊っちゃんも喜びますって!」
チョロいよベイリー。そしてそれはきっとない。絶対顔をしかめるし、加えて小言も言われる。
だがしかしこれが私が今まで外堀を埋めまくった成果で、基本我が家の人間もダンシェル家の人間も私×エリック推しなのだ。
心の中でグッとガッツポーズを取り、「じゃあそうするわ」と急いで馬車に乗り込んだ。