11.誰がために鐘は鳴る
二話目。
「リリアベル?」
エリックが私を呼ぶ。
「どうかした? そんなとこにしゃがんで」
「花を、手向けてたの。 …クレア様に」
「ああ…」
頷いたエリックは私の横に同じようにしゃがむと川に向って両手を合わせた。
けど、それはちょっと宗教観が違うと思う。まあ弔う気持ちがそなわってれば何でもいいっちゃいいけど。
「それでエリックはもういいの?」
「場所は見てきたし、掘り出すのは僕じゃなくても。 や、寧ろ僕は遠慮させてもらいたく…」
言葉を濁らし終わらせたエリック。その気持ちはわからないでもない。切り替えるようにヨイショと声を掛けエリックは起き上がり、差し出された手を取り私も立ち上がる。
「それで――、満足のいく答えは出た?」
「え?」
「リリアベルの知りたかったことの」
「………、どうだろう」
ハンナがクレア・レンダーソンを殺したのはあの告白を受け取った限り憎しみとかそういったものではなかったとは思う。それに二人が暮らしてた部屋は貴族の感覚からしたら二人で過ごすには十分とは言えない。そんな狭い中にあってチグハグな小物たち。
だけどどちらともがそれを排除することなく共存するように共に並んでいた。つまりは、そういうことなのだろう。
ただ、それであってもハンナがクレアの首を切り落としたのは? それが言葉通りの意味であるならば。
ポツリと、呟きが零れる。
「……私の…、考えた通りか」
「何?」
「んー…、なんだかなぁと思って」
「?」
私は首を傾げたエリックを見上げる。
「失血死は直ぐに命を落とすことはないよね」
「まあ、だね」
「会話は、出来た」
「少しくらいは途切れながらでも出来たと思うけど…、それが何か?」
「二人は、最後に何を話しのかなぁって」
望んだのか、それとも与えたのか。
その答えは二人、いや、今は一人しかわからない。そしてその一人が、自らの罪と全てを認めたのなら今更私が何かを言うことはない。
それが彼女が求めた罰――、なのだから。
「リリアベル?」
いつの間にか俯けていた顔を覗き込むようにエリックが私を呼ぶ。それにパチリと目を瞬かせ小さく首を振った。
「うんん、何でもない」
「そう?」
「そう」
「何だかちょっと不満そうだけど?」
「……不満っていうか、悔しいというか…」
「え?」
「うん、だから何でもないよ」
用事は済んだとばかりにくるりと背を向ける。
実際、用は済んだ。それにここはきっと二人の秘密の場、終わったのなら他人が留まる必要はない。
「エリック、もう帰ろう」
少女たちの悲劇はいつか、静かにそっと、埋もれてゆく。
だけどエルダーフラワーは毎年この場で咲り誇り、そして散り、この小川へと小さな花を手向け続けるだろう。
□
――後日。
「君も当事者だから知る権利はあると思ってね」
「…はあ」
ギリギリ不敬とならない程度の返事を私は返す。
「興味がなさそうだな」
「実際私にはあまり関係ないことだと思いますので、――殿下」
今、私が話してる相手はダニエル殿下だ。そしてここは生徒会長室。今回は間違いなく本人からの呼び出しでここにいる。
当然、この前の件で呼び出されたのだろうことはわかるけど、何も二人で話す必要はないことである。
向かいに座る殿下はあの時の紅茶の影響か少し頬がこけたようにも見えるが、それは逆に男前さに磨きがかったとも言えなくもなく。泰然とした態度はこれぞ王族という感じで、ドキドキとバクバクであまり心臓によくない。
「当然だが、ローシェット公爵令嬢との婚約は破棄となった。 それと彼女は当分領地にて謹慎となるので君と顔を合わすことにはならないと思う」
関係ないと話しを終わらせようとしたのに、気にせず会話を続ける殿下に若干イラッとなるがもちろん顔には出さない。
「父よりそれは聞いております」
「そうか」
「はい。…それより、お体は何ともないのですか?」
「ああ。でもそれこそ君には関係ないことだと思うのだが、心配してくれるのか?」
笑顔だ。話しの振る方向を間違えたか。
「……目の前であの様なことが起これば心配もしますよ。それは殿下でなくともです」
「ハハッ、そうか。 ……でもまあ、すまなかった」
笑顔から表情を改めての謝罪。それは本当にそう思っての謝罪なのだろう、けど。
「殿下が、謝るのはおかしなことですよね」
「……?」
「だってあれは殿下の采配の結果じゃないですか。ああ…、だからこそ謝るのですか?」
その言葉に殿下の目が僅かに細められる。
「…私の、采配?」
膝の上で組まれていた手をはずしソファーに身を預けると、何のことだというように殿下は微かに首を傾げた。
「…はい、殿下は別にあの紅茶を飲む必要はなかった。けれどそれを飲むことで、自分が関わることで、それは王族への悪意へと変わる。 一介の貴族に対してより遥かに重いものへと。 それに、」
「………それに?」
「ミッチ・リーダスへの嘘」
「………」
「わざとですよね? 彼が何か動くだろうことを知っていて嘘をついた。 …彼はキャロライナ様と元々繋がりがあったのですか?」
殿下は軽く頷く。
「リーダス家はローシェット公爵家の外戚だ」
「ああ、なるほど」
それでいくと、元からローシェット公爵の後押しによって殿下の従者についたのだろう。
「…でも、否定はしないんですね」
私の視線を受け、軽く肩を竦めた殿下。
「………リーダスは優秀ではあったのだが、女性に対しては少々だらしのない男だった」
「少々? 私的には極刑でもいいと思いますが」
「手厳しいな」
「当たり前では」
「まあ、そうだな」
「そもそも、殿下はクレア様と彼とのことも知っていたのでしょう?」
「………」
沈黙は肯定だ。キャロライナ様との茶会の時、殿下が口にしたリーダスへの言葉がそれを物語っている。
それ故に彼の行動を注視していたのかもしれない。寮の側にいたのもその為か。
「それともうひとつ。…これは完全に憶測でしかないですが」
伺うように一旦言葉を切る。殿下は小さく頷き先を促した。
「殿下は、元からキャロライナ様を排除するつもりでクレア様という存在を秘書的な立場へと引き入れたのでは?」
「……何故、そうだと?」
「キャロライナ様を煽る為ですよ」
「…なるほど、続けてくれ」
「だから別にクレア様でなくとも良かった。 彼女に白羽の矢が立ったのは優秀だったから。 でも、優秀であるのなら男性でも良かったわけです。 それなのに女子生徒を選んだのは、自分の側に合法的な理由で女性の影を置きたかった。そうすれば自分の婚約者は何らかの行動を起こすだろうと。そしてそれは成功した」
違いますか? と、殿下を見る。気持ち非難を込めた視線で。
直接的ではなかったとしてもクレア様とリーダスが出会ってしまったことの一端に、殿下の思惑が関係していた。意図していたわけではないだろうけども、それは事実だ。
私の視線の厳しさをどうとったのか。殿下はほんの僅かに眉を下げた。
「成功は…、しているといえばしているが。 結局、ローシェット公爵令嬢が襲った相手は君になった。 そこに関してだけはすまないと思う」
「私に関してなんて…」
そんなのはどうでもいいことだ。
そしてやはり殿下は否定をしなかった。その上で付け足す。
「ただ、何をもってしても、自分の犯した罪は自分のものだ。 そこにどのように他者が介入しようともだ。 違うか?」
「それは…っ」
その通りで、正論である。
殿下がその言葉をどちらの件に対して使っているのかはわからない。わからないけれどでも、未然に防げたこともあるのではないかと思ってしまう。
ぐっと唇を噛みしめた私を見て、殿下は更に眉を下げ口元に小さな笑みを刻んだ。
「嫌われたか?」
「………嫌うなど、私は殿下の臣下ですので主君を嫌うことなんて」
「逆だな、主君は臣下あってこそだ。 ただそれが足を引っ張りるだけの存在であれば切り捨てることは辞さない」
上に立つものとしてはそれは当然のことで、それによってローシェット公爵令嬢は切り捨てられた。
「しかし、臣下か…」
終わった話しに、殿下がポツリと零す。
「…何か?」
「それ以上踏み込むことは?」
「無理ですね」
「即答か。 流石に傷つくのだが、理由は?」
「だって殿下はライバルですから」
多少意味は違う気もするが、私の目的を邪魔する存在であることに違いはない。
要するに攻略対象全員が私のライバルになるのだけど。
殿下は形の良い眉を怪訝にひそめる。
「ライバル? どういうことだ?」
「教えませんよ、ライバルですから」
「ふーん…。まあでも好敵手か。 敵であろうと好ましいということだな」
「………ポジティブですね、殿下」
「多少のことで躓いていては王族はやれんさ」
「まあ確かに」
殿下の持つそんなしたたかさを備えていれば、彼女たちの進む道はもう少し変わっていただろうか。
最後の感傷をため息へと昇華し、私は席を立つ。
「殿下、今日はこれにて失礼します」
「ああ、また生徒会の方もよろしく頼む」
( ………ん? )
「…あの…、私、役員ではないのですが?」
え? だったはずだよね?
「そうだな。 でもダンシェルがいる限り君も生徒会に顔を出すだろう?」
「………」
否定出来ない。しかもその笑顔。
確実に人の機微に精通してるだろう殿下だ、私の気持ちなんてきっとお見透しだ。なのにさっきの会話。…いや、わざとか?
まあそんなことはどっちでいい。
今度こそしっかりと殿下に挨拶を済まし部屋を出る。
―――と。
「うわっ、ちょ…っ、あっ!」
扉の向こうには慌てて後ずさるエリックがいた。張り付いていた扉が急に開いたという感じで。
「……………何してるの? …エリック」
「――あっ、あー…、…いや…」
私のジト目に焦ったように目を泳がせるが、長い付き合いなので理由なんて端からお見通しだ。
「…あわよくば、って思ったんでしょ?」
「だって…っ! 僕まだ一度もリリアベルと殿下のツーショット見てないんだよ!?」
「知らないし、必要ないから」
「そんなっ!」
「そんな、じゃないし」
「お願いっ、僕の脳内フォルダに二人のツーショットをっ!」
「………チッ」
「…え…、今、舌打ちした…?」
「してない! しらない!」
「あ、ちょっ、リリベル!?」
さっきの発言は間違いだ。私の一番のライバル……いや、ライバルどころじゃなく障害は、完全にエリック本人だろう。
「…ホントにもう…っ」
私の頭上にランディル・ベールの鐘が鳴るのはまだ当分先のようだ。