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10.ジェーン・ドウの告白

残り二話アップします。

一話目。


 そこはどんなに鬱蒼としているかと思えばそんなこともなく。急にポカンとあいた空間には、サラサラと流れる透き通った小川と満開のエルダーフラワーが薫る、まるで妖精でも出て来そうなそんな雰囲気の場所だった。



 「私に話しがあると連れてこられたのだけど、リーダス令息の件ならもう話すことは全部話したと思いますが」


「はい、そのことととは別の件で、…と言っても繋がりはあるんですけどね。 暫く私の話しに付き合っていただけると幸いです――()()()()



 捜査官によってここまで連れてこられたクレア様は私とエリックの目の前で小さな息を吐く。



「話しをするくらいは構いませんが、どうしてもわざわざこんな場所で?」

「や、でも、思ったより良いところだと思いませんか」

「でも? 思ったより?」

「ああ…。ここ、今回の事件の現場なんです」

「そうですか」



 答えるクレア様は驚くでも慌てるでもなく平素と変わらない。



「それこそ、何故こんな場所で?」

「深い意味はありません。 ただ私が一応見ておきたかったと言いますか、それだけです」

「……なるほど」



 少し呆れたような声色だ。私の一歩後ろにいるエリックからもそんな気配がする。

 でもだ、()()が最後を迎えた場所を見ておきたかったっていうのは本当で。予想とは違った風景に少しだけ心は軽くなった。




「――それで、グリーンフォスさんのお話しとは?」



 クレア様の方から話しを戻す。

 私は一度軽く呼吸をすると、スッと姿勢を正し視線を合わせた。



「クレア様」

「はい」

「クレア・レンダーソン子爵令嬢様」

「…はい」

「『ハンナ』…、という名に聞き覚えはありませんか?」

「……いいえ。同じクラスにそのような名前の方はいなかったと思いますが、学園の方ですか?」

「いえ、平民の方です。 と言っても()()()()の庶子ではあるのですが」

「平民ですか。それなら尚更一層わかりませんね」

「…そうですか」

「その方が私と何か?」

「あ、いえ、クレア様が知らないのであれば」


 

 今はいいですと一旦切り上げ、ならばと次に違う角度から続ける。



「そうそう、話しは変わるんですけど。この前部屋にお邪魔した時頂いた紅茶、あの時使ってらしたカップが私とても気に入ってしまって」

「カップですか?」



 急にあらぬ方向に飛んだ話しにクレア様は怪訝な顔をするが私は気にせず続ける。



「ええそうです。 どこの店の物か知りたくて。 でもクレア様はご自分の趣味じゃないと言ってらしたじゃないですか。それならばレンダーソン家で聞いた方が早いかなと」

「…家に…行ったのですか? 貴方が…?」


 

 私緩く首を振る。



「私今軽い出禁食らってるんです」

「できん…?」

「あ、そこは気にしないでください。 だからエリックが代わりに」

「ダンシェルくんが…」



 クレア様の視線が流れた先でエリックが頷く。



「――はい、行きがけの駄賃じゃないですけど従兄、レンダーソン先輩も会いましたよね? ローラン・ミルズ、捜査官をやってるその従兄も一緒にいたんで、()()()()()()()()()怪しまれないかなぁって」



 そう言ってちょっとだけ口元を歪めるように笑ってみせた。エリックらしくない仕草だけど、多分私の意図を察してだろう。会話にもそれは見えた。

 

 それを受けクレア様は今度は大きく息を吐いた。



「そう、じゃあカップだけでなく()()()他の話しも聞いたのでしょうね」

「はい、結局カップの話しを聞きそこねる程には」

「………で、貴方がたは『ハンナ』が私と姉妹であることを認めろということですか?」



 ここにきてもクレア様にはひとつの動揺もない。確かに今の会話では『ハンナ』という存在がいて、レンダーソン子爵の庶子である、という流れでしかない。 

 だけどそういうことでなく。

 反応がみたかったからと、少々回りくどかったかもしれない。だからもう一度話しを飛ばす。



「前にクレア様が興味があるのは勉強だけだと言いましたよね」

「え…、ええ、まあ」

「でもエリックが聞いた話しによれば貴方はこの学園に入るまでは勉強など見向きもしなかったと、寧ろあの可愛らしいカップのような小物を集めるのが好きだったと聞きました」

「…ああ。じゃあ、覚えているのでは? その時に私は言ったと思います、好みは変わると。興味だってそれと同じです。 学園に入ってから私は勉強を好きになったんですよ。それより、今度こそこの話しに何の意味があるのです?」



 流石にクレア様の声に尖りが混じる。



「意味というか私は明らかにしたいんです。ジェーン・ドウが誰か」

「は? それが『ハンナ』だと?」


「いいえ、違いますよね、クレア様。


  名無き少女(ジェーン・ドウ)は貴方です」



「……………は…?」



 表情を殆ど変えることのなかったクレア様の目が開かれ眉が寄る。

 

 

「…どういう…」

「私、ゴシップ紙を発行してる出版社に行ったんですよ。 記者に会って来ました」


「………え、待って、出版社って…」



 そんな声を漏らしたのはエリックだ。だけど、今はそれに触れてる場合でない。小言は後にしてもらおう。



「そこで面白い話しを聞きましたよ、レンダーソン子爵家の庶子だという少女が自分を売り込みに来たって。それは数年前のことで、流石に今更で記事には出来ないと断ったけど、頭の良さそうな聡明な子だったと言ってました」

「………それが、私と…?」


「思ってます。 ()()()()が『ハンナ』だって」


 

 突き詰めればそういうことにしかならない。



「どうしても、貴女がリーダス伯爵令息と恋人であったとは思えないんですよ。 とても恋をしてるふうには見えない」

「……それは、そうでしょう。彼は婚約者がいる身ですから、表立ってそういう感情を出せるわけはないです」

「それで避けてたのですか? リーダス伯爵令息が言っていたそうです。妊娠を告げられた後から避けられるようになったと」

「………」

「…色々と、矛盾してると思いませんか。 彼を引き留める為に妊娠したと偽ったのに今度は避ける」

「……偽ったことが、バレないように、」

「それこそ本末転倒でしょう」



 私は少し視線を伏せる。



「でも、一人の人物を変えれば、矛盾はなくなるんです」

「………」


 

 持ち上げた視線の先でクレア様は――、今は便宜上クレア様と呼ぶ、青白い顔でぐっと口を引き締める。



「ここに横たわっていた少女、貴族だと思われる少女。なのに失踪の届け出はどこからもあがらない。そして、彼女は妊娠していた、それは偽りない事実。 ……当てはめれると思いませんか? 『クレア・レンダーソン』に」


 

「………こじつけだわ…っ」



 クレア様の口調が崩れた。



「そんなのっ、失踪を表沙汰に出来ない貴族だっているかもしれないじゃないっ。 妊娠だって相手がいれば誰でもあり得ることよっ」

「そう言われると難しいとこなんですけど、でも重なり過ぎてるんですよ、貴方の周りで色々と。 だからそう結論づけざるを得ない」

「だからこじつけだとっ、」

「クレア様長期休暇も家に帰りませんよね?」

「はっ…?」

「それに、あの日殿下に言われてリーダス伯爵令息に送られてからは徹底的に彼を避けている」

「そ、それは気まずいからっ」

「流石に実家と体を許した相手を、永遠に騙すのは難しくありませんか?」

「………」

「捜査官が本気で介入すれば何れ嘘はバレます」



 顔を歪めたクレア様は「…ハッ」と鼻を鳴らすと、うっとおしそうに前髪を掻き上げた。

 いつも隠されていた強い眼差しが私を睨む。取り繕うことを止めたようだ。

 


「ええ、ええ、いいわ。 私が『ハンナ』として、殺されたのは『クレア』。 そして、殺したのはあの男よ」

「あの男…、…リーダス伯爵令息ですか?」

「ええそう、あの男は婚約者がいる身でありながらクレアに手を出し、妊娠したことを知って捨てた。 避けられたなんてよく言うわ、避けてたのは向こう、だから邪魔になったクレアを殺したっ」



 吐き捨てるように言うクレア様に私は淡々と告げる。



「それはおかしいです。 だって貴女が『クレア』様として生きていれば辻褄が合わない。 それに()の件も」



 後者の言葉にクレア様の肩がピクリと揺れた。



「クレア・レンダーソンは毒を飲んでいた。致死量には満たなかったけど、相当に苦しかったと思います。のたうち回る程に」



 私は言葉を切って、再び視線を伏せる。つとめて感情を乗せないように、そうであろうと思う考えだけを静かに告げる。

 


「もう助からないと思いましたか?」

「………」

「苦痛を取り除いてあげたかった?」

「………」

「……私はリーダス伯爵令息と直接話してないので真偽の定かはわかりませんけど、貴女が言った、避けたのは向こうの方、がしっくりくると思います。

 ただ…、捨てたのではなく、逃げたのではないかとも」



 妊娠を知って今更ながらに手を出したことを後悔した。だから迷った末に逃げたのだ。知らぬふりを出来ればとでも思ったのか。

 それにクレア様も、本人ではないが、それから何も言ってこず自分を避けている。

 ホッともしただろうが、不安も起きただろう。

 そう、ミッチ・リーダスはその後の行動全てを誤ったのだ。




「…クレアは、あの子は、お人好し過ぎたの…」

 


 苦痛を訴えるような弱々しい声。

 鋭かったはず眼差しはゆらゆらと揺れ、僅かに下がりどこにも定まらない。



「…いいえ、お人好しどころか、ただの馬鹿よ」



 ここからはクレア様の、いえ、ハンナの独白だ。


 嫡子と庶子、生まれ落ちた場所は自分では選べないもの。

 その境遇のだけの違いに腹が立ったハンナは嫡子であるクレアに嫌味の一つでも言ってやろうと部屋に忍びこんだのだと言う。



「だけどあの子は私が血を分けた姉妹であると聞くと驚きはしたけども喜んだのよ?」



 馬鹿じゃないかと思ったと、ハンナは片頬を歪めて笑う。



「しかもその通りに馬鹿だったから私に同情心なんて持ったんでしょうね。 それからはあの子の方から私を招き入れるようになった。もちろんこっそりとだけど。マナーも勉強もあの子が私に教えてくれたのよ? 勉強なんて嫌いなくせに」



 悪意のある言葉の連なりなのにそこに本当の意味での悪意は見えない。

 ハンナの顔に浮かぶ笑みもどちらかといえば自嘲が混じっている。



「学園でわざわざ寮に入ったのも私の為だし」



 血が繋がっているからか顔立ちも体格も似ていて髪色も同じ、目の色が若干違うくらいだという二人は入れ替わりながら学園生活を送るようになったと言う。



「おかげで私は勉学に励むことが出来て、殿下の秘書的な立場に就くことが出来た。 …だけどきっと私は欲張り過ぎた」



 ハンナは俯きぎゅっと両手を握る。



「入れ替わるクレアにはそれが苦痛だったのに。そして、殿下の側についたことも結局は悪手だった」



 ミッチ・リーダスは殿下の従者だ。結果二人を引き合わすことになった。



 これはハンナの告白であり私が口を挟むことはない。ぎゅっと握っていた手を開き、そこに視線を落としたままハンナは続ける。



「ここはどうしても片方しか部屋にいられない時に避難してた場所で。 戻らないクレアを探して、見つけた。…でも、遅かった。……誰かを、呼べば良かったなんて思えるのは、全部が終わってしまった後。あの子は苦しんでた。殺してって、楽にしてって。…ナイフは、側に落ちてた。多分クレアが持って来たんだろうと思う。自分自身で、本当は終えようとしてたんだろうけど、両手が震えたようになっていて。 だから、私がクレアにとどめを刺した」



 ハンナは自分の手のひらを見つめる。眉間がぎゅっと絞られているのは、今はない血の痕跡でも見えているのか。そのまま瞳もぎゅっと閉じる。



「ええそう。 私がクレア・レンダーソンを殺した」




 罪の告白を終えたハンナの元へとエリックが歩み寄る。



「クレア・レンダーソンの頭部は?」

「別の場所へ埋めたわ」

「じゃあそこに案内し、」


「――待って」



 さっさと進められようとする会話に待ったをかける。

 大事なことが思っきりすっ飛ばされてるじゃないか。



「なんで…、首を切り離したんですか?」



 ハンナは目を瞬かせる。



「そんなの貴方ならわかってるでしょう」

「…え」

「貴方の考えてる通りよ」

「や、でも…」

「思ってしまったの。これはチャンスだって」

「………」



 どうしようもないという顔で微かな笑みを刻み、ハンナはエリックと捜査官に伴われこの場を離れた。


 


 立ち去る背中に重なり響く鐘の音。


 正午は過ぎ、でも夕刻の鐘にはまだ早い。

 ならば葬儀が行われてるのかもしれない。

 

 偶然であるはずなのに、それはあらかじめ用意されてたかのように。いつもより物悲しく聞こえる、弔いの()、鎮魂の(おと)。 


 

 『クレア様』という個の中で、どこかで必ず接点のあったはずの少女。

 もっと親しくしていれば彼女たちの個々に気づけたろうか。

 

 だけど終わってしまった今、たらればは虚しいだけだ。




 私はエルダーフラワーの花を一房摘み取る。



 ――どうぞ安らかに。



 心の中で願い、そっと川に手向ける。


 手から離れた花はゆっくりと下流へと流れ、やがて私の視界から消えた。


 送る鐘の音と葬送の花――、それが彼女の元へと届くことを願う。


 

 

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