プロローグ
本日のパーティーにも、フランをエスコートするはずだった。
いつもなら俺が隣にいたのに──その日に限って、サリオが彼女のエスコート役を務めているのを見て、胸に嫌な予感がよぎった。
そして案の定、卒業パーティーの真っ最中。
「ラテル様、あなたとの婚約を破棄させてもらいますわ」
フランが、俺の名前をはっきりと名指ししてそう言った。
俺は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……婚約破棄……?」
今は卒業パーティーの真っ最中で、生徒たちの注目が集まっている。
周囲がざわつき、一瞬驚きの沈黙が広がったかと思えば──
やがて、面白がるような視線と囁き声が飛び交いはじめた。
この出来事は、すぐに学園中に知れ渡るだろう。
突然の出来事に戸惑いながら、俺は言葉を絞り出した。
「えっ……!? な、なんで……?」
「そんなこと、言われなくても分かりますよね?」
フランの冷たい言葉に、心当たりがひとつ浮かぶ。
「……もしかして、俺が病気にかかって……治る見込みがないから?」
「そうですわ。病気で回復の見込みもないあなたより、健康な弟のサリオ様と婚約した方が、何かと都合がよろしいの」
「それ……両親たちは知ってるの?」
「ええ。あなたの家との関係は、サリオ様との婚約でも構わないと、父と母は言っていましたわ」
「……俺の両親も……?」
「ええ。関係が変わらないならそれでいい、と」
「……分かった。なら、俺から言うことは何もない」
そう答えて、俺はその場を去った。
──二人とも、いったい何を考えているんだ……。
内心で叫びながら、俺は頭を抱える。
まさか、こんな公の場で、しかも卒業パーティーで婚約を破棄されるなんて……。
パーティー会場を後にして、俺はまるで夢遊病者のように歩いていた。
どこへ向かうでもなく、ただ足の赴くままに。
いつの間にか裏庭にたどり着き、1人落ち込みながらこれからのことを考えると同時に、今までのことも思い出した。
──どうして、こんなことに。
フランの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「治る見込みのない病気」「健康な弟の方が都合がいい」
たしかに、病気になってから体は思うように動かなくなった。
だが、それを理由にこんな仕打ちを受けるとは思わなかった。
しかも、両親までもが納得していたなんて──。
「……俺、要らないんだな」
ぽつりとこぼれた声は、夜の空気に吸い込まれていく。