0 プロローグ
はじめまして
人の命を、ろうそくの火でたとえる人がいるんだとか。
風になびかれれば簡単に消えてしまい、どれだけ大切に火を守っても蝋がなくなれば消えていく。そんな儚いものなのだと。
確かに文学的にはそれは正しいのかもしれないし、うまい例えなのかもしれない。
でも正直、そんなことを考えられることに反吐がでそうだ。
地響きの音
日の光
赤い飛沫
横たわる「人」だったもの
そして、「死」の恐怖
必死に明日を掴むため、日々駆け回るようなやつの前でそんなことを言ってほしい。いや、言う前に絶対心臓を貫かれるか、頭蓋骨が割られるか、首が飛ぶ。
街で歩く吟遊詩人よりよっぽど死神のほうが信用できそうだ。
綺麗ごとなんかうんざりだ。
……たぶん私がこんなことを感じるのは、きっと「嫉妬」なのだろう。
命の危機に日々さらされる生活。もう生まれたときから何もかも考えることは「いかに生き延びるか」。常に本能のまま生きてきた。そんなことを少しも考えなくてもいい、なんてどれだけ幸せなのだろうか。街中を駆け回る少年のように、道端で物を売る商人のように生きられたらどんな生活をおくれたのだろうか、と。
今日もぼろ布の下で寝る。雨が降っているからか、つめたい風が通り抜ける。
周りには今回だけの仲間たち。明日にはこの世にいるかも分からないし、来週には敵になっていてもおかしくない。そんな浅はかな関係の人たちに背中を預ける。最初は寝れなかったが、最近はもう慣れた。彼らも私と同じ境遇なのだ。明日を掴みとれるかどうかの勝負をしているわけだから。
「傭兵」
それは人が社会で生きるためにたどり着く最後の場所。
明日を掴み取るために、欲望に満ちあふれた世界でただの駒として動く者、いや、物。
力あるものの果てなき欲望のためか、それとも神の暇つぶしか。ただそのために、私たち力なきものは無残にも散ってゆく。私にはこの命をどうしようもないのだ。
その中で少しでも足掻いてみよう、私はそう思う。明日の景色が例え変わらないものであったとしても、いつか変わる日がくることを願って。
だから今日も寝る。いくら恐怖に怯えていてもその日はいつか来るのだ。
おやすみなさい。
明日はきっと戦場だ。
—
「おい、起きろ。交代だ。」
軽く肩を叩かれて起きる。
あたりはまだ暗い。まだ眠いが仕方がない。今回は未明の見張りや偵察を任されているから。
いや、眠る時間があるだけましというべきか。
「あとは頼んだぞ。」
そういってすぐに起こしてくれた奴はすぐに寝てしまった。特に何もなかったようだ。
自分が腹を冷やさないようにかぶっていた布を彼にかぶせ、持ち場へと向かう。
「おう、来たか」
夜の見張りは最低二人一組で行うことが基本。相方はもうすでに持ち場についていたようだ。
今回の任務は、夜襲など相手陣地に動きがあるかどうか監視をすることだ。夜襲は戦争の基本であり、それに対応するのも基本である。相手の動きをなるべく早く察知し、対応する。やっていることはとても短銃ではあるが、とても重要な仕事だ。
......と言えど、ここから相手陣地は遠く、薄明りがついている程度にしかわからない。当たり前だ、ここから遠く離れている陣地の、人の動きなんてわかるわけない。それでも、敵にどのような動きがあるか、探さなければならない。それは味方もそうだが、自分の命に直結する仕事なのだ。
「新月みたいだな」
月明かりがない今日の監視は特に注意が必要だ。特にもうじき夜が明ける。夜が明けるタイミングで奇襲を狙ってくることはよくある。
「確かに」
「それにしてもあれだ、今回の司令官さんはだいじょうぶかね?」
「さぁ?お偉いさんはみんな自分の陣地でお休みだし」
「いつ攻めてくるかもわからないっていうのによ、皆さんぐっすりとは全く戦をなめてるな。それで死ぬのは俺たちなんだからよ.....今回はハズレだな。」
そんな悪態をつきながら監視を続ける。
今回雇われた軍は、司令官がどこかの若造のボンボンだからか、慢心した空気が正規軍の中から流れている。確かに相手よりも兵の数は多いみたいだ。純粋に押し込めば勝てるだろう。
しかし、求められるのは「勝利」のみだ。そのためならズルやハッタリは当たり前だし、「卑怯者」なんて誉め言葉だ。それを嫌なほど実感しているいわば「戦争慣れ」してるのは、おそらくこの軍の中で皮肉にも一番身分の低い自分たち傭兵だけだろう。
今、チャンスなのにな。敵は何をしているのか。
そんなことを考えながら、軽口をたたいて任務を行う。特に敵陣地でかわった動きは見えない。ただ、それが陽動だということもよくある。まもなく夜明けだ。奇襲がくるならこのタイミングだが......
何か遠くで小さな光が見えた。
「やっぱりか」
本能が最大級の警鐘を鳴らす。その場にすぐ伏せる。
すぐにけたたましいサイレンが鳴る。魔力反応装置が作動した。
「あ、あああああああああああああああ!」
刹那、自分の後ろから轟音とともに巻きあがる土煙。その後もいたるところから閃光が上がり続ける。
隣には、さっきまで話していた「モノ」。微かに嚙み締めた口から鉄の味が染みる。
幸いとっさに伏せたからかほとんど巻き込まれず、かすり傷程度だ。
未だに火柱があがっている。司令部の魔力防衛機能装置も働いてない。敵の奇襲が見事に成功しやがったようだ。まぁ、当たり前か。
「.......これは無理だな。」
なるべく体をかがませながら、激しい爆撃から逃げる。
敵に一級魔術師でもいないかぎり、もうそろそろ爆撃は止むだろう。
そうすると間違いなく敵の総攻撃が始まる。その時に味方がいないのは、無駄死にを待つだけになる。
すぐに味方の陣地へ、態勢を立て直すために宿営地へと向かう。
天井に使われたボロ布は跡形もなくふきとび、穴がいくつかと、そのまわりの黒い塊。
右手だけを天に伸ばしながら発狂する者。痙攣している者。
しかしそんなものに気を取られている暇はない。
鬨の声が聞こえてくる。生き残った者たちと急造ながらその場で部隊を編成する。どうやらそこにはお偉いさんも1人いるみたいだ。
「もう無理だ!もう無理だ!私を守れ!逃げる!逃げるんだあああああ!」
……なんとも情けない格好だが、正気は保っているようだ。これは傭兵たちにとってはありがたい。
ここで無駄死にする必要はなさそうだ。
「はぁ、負け戦か。稼ぎがすくなくなる......。」
よろしくお願いします。