旅行は準備が楽しさを決める
「これとこれは絶対に買うべきね、不安ならこれも持っておくと便利よ」
ポンポンポンと俺のカゴの中に商品を放り込んでいく茨威。
「おいちょっと待てや」
つい敬語を忘れてしまった。
「なにかしら?」
「いや待てとも言いたくなるでしょ」
カゴを揺らせばずっしり重い……。
内容物はモバイルバッテリー三本に水筒二本その他エトセトラ。
「絶対にこんなに要らないですって!!」
そもそも今日は虫よけスプレーとキャリーケースを買いに来ただけでこんなものはいらん……いやモバイルバッテリーはいるか、それでも一つで十分だが。
「舐めているわね、旅行を舐めているわよ畝観君」
「いやそんな事は無いんですけども」
「いいかしら、まず大前提として旅行というのは戦争なのよ」
茨威……こいつは大馬鹿野郎だ、今理解した。
「備えあれば患いなし、より準備した者が勝利を得る……戦争と大差ないわね」
大ありだとは思うが、こういう奴には何を言ってもみたとて意味がない。
「つまりこういった必要になるものはいくらあっても損は無いの、むしろ買っておかないことが損よ」
押し切られ、結局買う事になった。
想定よりもクソ高いキャリーケースも追加で合計七万円の出費である。
「相場とか知らないけど馬鹿だろこれ」
一人愚痴る。
ここからデッキとコントローラーで出費があると考えるととんでもないな。
「……というか茨威先輩は映画の時間大丈夫なんですか?」
ふと気になって問いかける。
「あぁ、そうね」
ズボンの右ぽっけからスマホを取り出し茨威は見る。
「そうね、ご飯を食べる時間ぐらいはあるわ」
「はぁそうですか」
じゃあここでさいならか。
「ちょうどそこにフードコートもあることだしあなた達もどうかしら」
「あ、大丈――」
「――ちょうど小腹が空いとったから儂は賛成じゃな、なあ貴様?」
「…………一緒させてもらいます」
「あらそれは嬉しい返答ね」
買った物を抱え、俺達はフードコートへと移動した。
「ラッキーじゃな、ちょうど席が空いたぞ」
ちょうど真昼時なので座ることは出来ないと思っていたが、目の前で中学生らしき男女四人組が席を離れ何とか座席を確保することが出来た。
「さーて、何にしようかの」
言いつつサファイアはぐるりと店を見渡す。
「おぉ、あれとか美味しそうじゃの」
「どれだよ」
「ほらあのたこ焼き屋」
サファイアが指さす方向を見るがたこ焼き屋なんてどこにもない。
「いやほらあの銀〇ことかいうたこ焼き屋」
「いや銀〇こはたこ焼じゃねえから」
あれはたこ焼きとは呼ばない……なら何か?
揚げだこだ。
「面倒な奴じゃな、変わらんじゃろ」
「変わるんだよ」
たこ焼きってのはグチャッてしてドロッとしてないとたこ焼きとは言わない。
しかし銀〇こは油で形を整え綺麗な球になっている、これではたこ焼きではない。
「まああれはあれで美味しいんだけどな」
「ならいちいち細かい事言うんじゃないわい」
取り敢えず各々席を離れて注文をし席へと戻る。
「結局貴様も銀〇こかい」
「うるせえ、久しぶりに食べたくなったんだよ」
戻る頃には既に茨威は座っており、机に水が三人分置いてあった。
「水は持って来ておいたわよ」
「気が利くのぉ」
「……そういや茨威先輩は何にしたんですか?」
「私はこれよ」
茨威は机の上に呼び出しカードを取り出す、書いてある店名はラーメン屋の物だった。
「……なるほど」
「なにかしら?」
「いや、別に何も無いです」
ただ単にこう、茨威がラーメンとか食べるイメージが無かっただけだ。
「ちゃんとヘルシーラーメンで注文したから太らないわ、実質ゼロカロリーよ」
「そうですか」
思うのだがそもそも、ラーメン自体がヘルシーじゃないのだからいくら野菜を増したとてカロリーは下がらないのでは?
途端にけたたましいブザーが鳴った。
「私のね」
バッと茨威は立ち上がるが、しかし……立ち上がる時に机に当たってしまったせいで俺の前にあったコップが倒れた。
「うぉっ」
こぼれた水は俺のズボンにクリーンヒット。
うへぇ最悪だ。
「あ、悪いわね……本当最近何やってもうまくいかないわ」
「いやしょうがないですよ今のは」
タイミング悪く成った呼び出しが悪い。
……しかしどうするか、ハンカチとか持ってねえから拭けねえ。
「もしよかったらこれを使って頂戴」
ありがたい。
茨威の貸してくれたハンカチでズボンを拭き机も拭く。
「……何やってんじゃお前?」
茨威に目を向けながらサファイアがそんなことを言う。
「いや誰も悪くねえだろ、水がこぼれたのはしょうがない」
「誰も水がこぼれた事については言っとらんわ」
「ん?」
「いやじゃってお前……異常じゃろ」
サファイアは茨威を指さして……正確には茨威の手元を指さして言う。
「何でお前爪に爪楊枝ぶっ刺してんじゃ?」
「「え?」」
俺と茨威の声が揃った。
茨威の左手の指を見てみると人差し指の爪と肉の間に爪楊枝を刺さっており、患部からは血がドクドクと流れ出ていた。
「……あら、癖でつい」
痛がった様子もなく、平然と茨威は言い放つ。
「癖って……どういうことですか?」
「最近少し無理をしてしまったのだけど、それでちょっとついちゃったのよ……自傷癖」
そんな事でつくだろうか、自傷癖。
「無理ってのは何じゃ?」
「それは内緒」
まあ気にしないで、と茨威が言うが……そんな事を聞くと色々気になってしまう。
……何故夏なのに長袖を着ているのか?
……何故右利きなのに時計を右手にしているのか?
……何故腕時計をしているのにスマホで時間を確認したのか?
つまり、恐らく……右の手首にはスパッと刃物で切った跡があるのではないだろうか。
クソほど暑いのに熱を度外視した服を着て、右ポッケにスマホを入れて右手で出し入れし、普段付ける習慣のない腕時計をしていた理由がそれだけで説明がついてしまう。
「……まあ、悩みごとって人それぞれですしね」
こんな人でもそんな事をするんだなという衝撃はあったが、それよりも気になるのは……。
「取り敢えず止血だけでもしません?」
いまだに指から血が出続けている、黴菌が入る前にとっとと血を傷口をふさぐべきだろう。
「あぁ確かに、それもそうね」
茨威は鞄から絆創膏を取り出し自分の指に貼る。
――その瞬間だった。
ガガガッと建物を揺らす程の衝撃が俺の体を襲う。
「地震?」
体感震度4ぐらいだろうか?
フードコートを見渡せば他の客も地震かとキャッキャしており、まあ震度4程度だとこんな反応だよなといったところであった。
「いや、地震じゃないわね」
茨威は俺に携帯を見せて言う。
「速報は出てないし、アラートもならなかったから」
「じゃあ今の揺れは……?」
地盤沈下とかも考えられるか……だとすればいち早く建物から避難したいところだが。
そんな事を考えていた時だ、強い衝撃に再び体が揺らされる。
「キャーッ!?」
次の瞬間にはフードコートの外からそんな悲鳴が聞こえてきた。
「もしかして今の揺れで誰か下に落ちたのか?」
「野次馬しに行こうかの」
サファイアが立ち上がり外へと向かうので、俺も着いていく。
「私も行くわ」
俺達は席から立ち退き、通路へと出た。




