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生贄なんていらない

 俺達が連れてこられたのは祭壇場と表現するほかない、石造りのそれは崖の上から湖へと突き出されており少しの衝撃が与えられればすぐにでも崩れ落ちてしまいそうな不安定さがある。

 縛られたまま俺達は座らされ、目隠しをさせられた。


「……オーグス・ショルヂ・クカ・タナ・カルウカ……オーグス・ショルヂ・クカ・タナ・カルウカ……オーグス・ショルヂ・クカ・タナ・カルウカ」


 バードの声が聞こえる……しかしその内容の一切を理解することは出来ない。

 俺はサファイアに小声で内容を問いかける。


「アレなんて言ってんだ?」

「んっとな……直訳で『神よ、贄を用意しました、現世へとお戻りください』って言っとるな」

「なんか……英語とかか?」

「呪文じゃよ、というか貴様にはあれが英語に聞こえるのかの? じゃったら中一からやり直した方がいいとおもうぞ?」


 聞こえてないけど一応聞いてんだよクソが。

 オーグス・ショルヂ・クカ・タナ・カルウカ、とバードが唱えるたび湖に何かが落ちる音がする。

 恐らくだが、死体保管庫にあった死体なのだろう……なぜそう思かといえば俺達を連れて来るときに同時に移動させていたからだ。

 何度それが繰り返されただろうか、飽きるほどの時間が過ぎた……そんな時場の雰囲気が変わるのを感じた。


「「「「「オーグス・ショルヂ・クカ・タナ・カルウカ」」」」」


 今まで黙っていた他の者たちが同時に声を揃えて呪文を唱え……そして。


「「「「「アメトリン」」」」」


 そう声を揃えて叫びをあげる……つまりここからは俺達の出番だ。

 一つの足音が俺達へと近づき、目の前で止まる……見えはしないが恐らくバードだ。


「それでは最後の仕上げと行こうか」


 その声を聴いた瞬間……俺達三人は声のした方へと体当たりをする。

 手足を縛られ前も見えない……当然当たるはずもなく俺達の攻撃はからぶった。


「ふん、くだらない悪あがきだ」


 だがそれで、俺達が女から言われたのは近寄って来たタイミングで何でもいいからバードの気を引くこと。

 その瞬間、一瞬の風が俺の頬をくすぐった。


「ッほう」


 バードの少し驚いたような声がした。

 カンッという金属同士を打ち付け合うような音が響く。


「な」


 そのすぐ後だ、女の声が俺の耳に入る。


「残念だったな……」

「気づいていたとは貴様にしては珍しい強がりね、驚いていたのを私は見逃していないわよ」

「ああ、驚きはしたさ……てっきり私はもっと後で仕掛けてくるものだと思っていたからな」


 余裕ぶったバードの声。


「判断を誤ったか……もしくは今動かなければならないような何か特別な事情でも出来たのか?」

「ッ……そんな訳ないでしょ!!」


 複数回の金属音……その最後の音は一際大きく響き、強い風が俺を横切った。


「なるほど、大体わかった……つまりこの生贄の中に貴様の知り合いがいるのか」

「………………答えると思う訳?」

「その態度は肯定と受け取っておこうか」


 ………………知り合い?

 自分の知り合いを思い出すが、残念ながら何の取っ掛かりも思いつかない。となればアマガかサファイアの知り合いとなるだろう、しかしサファイアに人間の知り合いがいるとは考えられないからアマガの知り合いか。


「アマガ、あれ誰か分かるか?」

「……検討もつかんゲロな」


 まあいいか……誰でも。

 俺は腕の縄を外して目隠しを取り、次に足の縄をほどく。

 先程女が横を通った時に腕の縄を切っていたらしく、力を込めれば簡単にちぎることが出来た。

 自由になった俺は同様にサファイアとアマガの拘束を解く。

 バード以外の奴らは全て倒れ込んでおり、中には泡を吹いている者もいた。


「どいつもこいつも儀式で正気を失ったようじゃな」

「まあ軽い気持ちで自分達の上位存在に手出しして無事なわけないゲロよ……死んで無いだけで儲けものゲロな」

「まあ儂らにとっちゃあ好都合じゃ、てきとーに武器かっぱらうぞ」


 地面に背を付け、白目で犬のモノマネをしている男が帯刀している刀を取り腰にぶら下げる。


「で、どうするか」


 俺としては女がバードを殺すと思っていたから、この状況は想定外だ。

 未だに森の奥の方では戦闘音が聞こえている。


「そうじゃな……いっそのことじゃがアメトリンを儂らで復活させようと思うんじゃ」

「……はぁ?」


 突拍子もなくそんな事を言うサファイア。

 そもそも復活を阻止するために来たのでは……無かったな、俺が触手見たくて来たんだったわ。


「よっしゃ復活させるか」

「え、本当にやるんゲロか? この土地荒れるの嫌なんゲロけど」

「大丈夫じゃ……肉体は復活させん、精神だけを呼び起こす」


 頬に指をあててサファイアは言う。


「じゃ、儂魔術今使えんから呪文は唱えとくれよ?」

「嫌だが?」

「何故じゃ?」

「いや、俺こんな風になりたかねえよ」


 俺は舌をだして、いまだに犬のモノマネを続ける男を指さす。

 ワオンッでもなければクゥウ~ンでもねえんだわ、ぶっ殺すぞ。


「それにアマガも言ってたじゃねえか、上位存在に手出しして無事なわけないって」

「いや貴様儂の事どう考えとんじゃ? このサファイア様はしっかりきっかり人間の上位存在じゃぞ?」

「……………………お前が上位存在?」


 理解に苦しむな。


「顔に出とる、ぶっ殺すぞ」


 サファイアは少し地団駄を踏んだ後、ポケットに手を突っ込んだ。


「まあ貴様も唱えるのは嫌じゃろうと思うてな、じゃからしゃーなしこれをやる」


 そして先程拾った指輪を取り出した。


「……結局それ何なんだ、教えてくれなかったけどさ」

「触手じゃ」

「え?」

「三度ほど触手を呼び出すことのできる指輪じゃ……既に二回は使われているようじゃがあと一回は使える、これを貴様にや――」

「――時間がもったいない、なんて唱えたらいいか早く教えろ」

「………………『ウル・ルギリ・タウラ・アメトリン』」

「『ウル・ルギリ・タウラ・アメトリン』」


 口にした瞬間、俺の体から何かが抜けるのを感じた。

 その直後だ……先程まで出ていなかった霧が濃くなり俺達三人を包み込む。

 それだけでも不可思議な状況なのだが、その霧は紫と黄色を混ぜたような色で……そして周囲が一切見えなくなったと思ったら頭に声が響いた。


『上位存在様……私めの様な者があなた様の様な上位存在様のご尊顔を拝めることを嬉しく思います』


 どうやらサファイアやアマガにも聞こえているようで。


「おい聞いたか、儂の事を上位存在様じゃと言いよったぞ! 全くよくできた奴じゃなこいつは! ガッハッハッハ」


 完全に調子に乗った様子で鼻を高くしているのが分かる。

 こいつが上位存在だと?


「ふっ、納得できんというのが顔に書かれとるわ……現実を受け入れるんじゃな」

「腹立つ奴だな」

「このアメトリンという奴はなかなか優れた観察眼を持っておる様じゃな、儂のこの! 溢れて隠せん!! この上位存在としてのオーラちゅう奴を見抜いて敬うとはな!!」


 なんだこいつ……家事も手伝わねえで毎日モン〇ンばっかりやって、口を開いてのたまう事の八割近くがカプ〇ンに対する悪口で構成されているお前のどこが上位存在なんだよ。


『差し支えなければ傍におられる方々の事をお聞きしてもよろしいでしょうか?』


 笑い続けるサファイアにそう問いかけるアメトリン。

 中々止まらないのでサファイアの肩を叩いて言う。


「だってさサファイア、答えたげたら?」

「ん? あぁ、この人間は眷属じゃ」

「ゲロは違うゲロけどな」

『……………………なるほど、理解いたしました』


 数秒の間を置いたのちアメトリンが言う。


『それで一体どのようなご用件なのでしょうか?』

「ああ、それはの――」

「――ッ貴様ら何をした!?」


 バードが鬼の形相でこちらへと歩いてくる。


「何故神が起床している!!」


 その手には女の髪が掴まれており、女は地面に引きずられていた。


『上位存在様方、あのお方は?』

「儂らの敵じゃ」


 ある一定の距離まで来ると立ち止まり、バードが言う。


「私の儀式はまだ終了していないはずだ!!」

「じゃが儂らが終わらせた」

「なん……だと!?」


 うろたえるようにバードが半歩下がる。


「最初は貴様等二人は星守だと思っていた……しかし、隣のクローライトと行動を共にしていたことでその考えは変わった」

「まあそうゲロだろうな……星守にゲロみたいな人外いるわけないゲロし」

「そしてどういう訳か、その霧……アメトリンが言うには貴様は上位存在らしいな」


 数秒の沈黙の後、バードは口を開ける。


「貴様一体何者だ」

「人以外に見えるかの?」

「大方の予想は既についている……神の上位存在となれば、それよりも序列が上の神しかありえないだろう」

「神がどうとか序列がどうとか、厨二病かの? いい大人が恥ずかしい奴じゃ、ゲームばっかりしてないで働いたらどうじゃ?」


 飛び切りの笑顔で煽るサファイア……一度鏡見て同じこと言って欲しいかな俺的には。

 魔術どうこう言ってるのお前だし、まあ俺も触手どうこう言ってるから周りから見れば厨ニ病か。


「一体我々の邪魔をして何が目的だ」

「邪魔をするのが目的じゃ、閉じ込められた仕返しの嫌がらせ」

「あくまで白を切るか」


 ……それ以外の理由ないんだよな、だって閉じ込められたことの意趣返しでやってるわけだし。俺に関しては触手目的だし。


「………………まあいいだろう、今回は大人しく手を引いてやる。神と正面から戦うほど私も愚かではない

「ほう、儂らが逃がすとでも」


 弱体化中の癖にやめとけよ。


「なあアメトリンよ、あ奴は貴様を操って従えようとし取ったようじゃが……許せんよな?」

『……人間ごときが、思い上がりの激しい事ですね』


 静かな声、その色には怒りもなければ侮蔑もない……ただ呆れたようなそんな声。


「ふん、精々その神という立場に胡坐をかいておくがいい……いずれ貴様等を全て支配し宇宙を制するのは我々『ケガレオトシ』だ」


 そう言い残すと女を置いて、ふと姿を消した。


「っち、殺させようと思ったんじゃが逃げたか」

『……それで私はどうすればよいのでしょうか? 』

「別に好きにしたらいいんじゃないかの? 起こしたの儂らじゃけど、奴ら的には意識を蘇らせるとアウトらしいからな」

『そうでございますか、ならば再び眠らせて頂こうと思います……床についてから起こされるのはこれで二回目、上位存在様に会えたのは大変な幸運と存じます』


 そう言うと少し霧が薄くなってくる……あ、そうだ。


「なあ、少し頼みたいことがあるんだけど」


 俺はアメトリンに話しかける……アメトリンが敬う上位存在、俺自身は人間だがサファイアの眷属という立場なら少しぐらい話を聞いてもらえるだろう。


『何でございましょうか?』

「この湖に落とされた人たち居るだろ、そいつらって生き返らせたりできるか?」

『無理でございます』

「亡者としてなら可能じゃろうがな」

『はい、死ぬと脳の細胞が死んでしまいますので……そうなってしまうと死体ではなく肉塊になってしまいます』

「死んですぐ、正確には五分以内とかならまあ可能じゃろうがな……脳がそのままじゃろうし」

「だったら腐ってなかったし、アレ死んだ状態で固定されてるんじゃないか?」


 死んですぐなら出来るのだったら条件は満たしていそうなものだ……素人予想だが。


「それでも無理じゃな、なんせもう水に浸かってしもうたからの……重要な臓器に水が入ってたら生き返ってもすぐ死ぬだけじゃぞ、流石にそれは望まんじゃろ?」

「……そうか」

『お力になれず申し訳ございません』

「いや、こっちこそ無理言って済まない……そうだ地上に引き上げて土に埋めるのって出来るか?」

『それぐらいならば私でもお力になれます』


 そう言ったかと思えば目の前に無数の死体が現れ、それが地面へと埋まっていく。


「有難う、助かる」

「何の意味があるんじゃこれ?」

「何って……そりゃ供養的な意味だ。流石に意味も分からず殺されて水ん中じゃ可哀そうだろ」


 それに喋った顔もあった訳だし。

 このぐらいはまあしてやった方がいいかと思ったまでだ……やってくれたのはアメトリンだが。


「意外じゃな」

「そこら辺はきっちりしてんの、何だと思ってんだ俺のこと」


 土の前で手を合わせつつ、サファイアに疑問を呈す。


「触手キチ」

「キチじゃなくて俺はロマンを追いかける探求者なんだって」


 うっし、こんなもんでいいかな。


『ささやかながら上位存在様方、こちらからもお願いをしてよろしいでしょうか?』

「何じゃ、申してみい」

『それでは……アメジスト様にお会いすることが御座いましたら癇癪は治ったか聞いておいてくださいませ』

「貴様アメジストと知り合い……いや、眷属か」

『その通りでございます……お体を心配しているとも伝えて頂けると嬉しく思います』

「まあそんぐらいなら別にいいぞ」

『それでは、先に眠らせて頂くご無礼をお許しください』


 そう言い残すと霧は完全に晴れた。

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