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6青果屋の少年

 ハリーは拾われた子だった。

 子どもに恵まれなかった青果屋の夫婦が、店先に置かれた赤子の入った籠を見て、自分達で育てる事を決めた。

 子はハリーと名付けられ、愛情たっぷりに育てられた。

 六歳になると父親について配達先を回るようになり、ハリーはある少女に興味を持つようになった。

 娼館で働く女の子、自分と同じような年齢なのに大人びた少女で、上から見られている気がして、会えばよく喧嘩した。

 そうして二人は喧嘩しながら共に成長していく。

 下女であった少女は、娼婦付きの小間使いになり、遂に娼婦として働き始めることになった。

 娼婦は体を売る商売だ。

 少女は娼館に売られた商品。

 下街で生まれ育った両親、しかも商売相手であり、彼らは娼館に対して負の感情を持っていなかった。しかし、ハリーに対しては小言を言うことがあった。

 娼婦を身請けするのには莫大な金が必要だ。

 下街の青果屋の息子が身請けできるほど安くはない。

 なので少女を身請けするなどできるはずがないと、両親はハリーを諦めさせたかったのだ。

 しかし頑固なハリーはアルメへの想いを持ち続けた。

 その想いが通じたのか、花護館の女将からアルメの初めての夜を譲ってもらった。彼女に教えられっぱなしで格好悪い夜ではあったが、ハリーにとって夢のような夜だった。早くアルメを身請けできるように頑張ろうと心に誓う。

 しかし彼の夢は壊された。

 翌夜、突然男達押し入ってきた。ならず者に扮していたが、どう見ても訓練された者達だった。

 喧嘩であれば下街で争うこともある。けれども正規の兵士、軍人に敵うわけもなく、ハリーたちは男たちにすぐに拘束され、目を覚ますと船の上にいた。

 そして上陸すると三人は荷物のように運ばれ、煌びやかな場所に連れて行かれた。


「水浴びをさせろ。汚らしい」


 待ち構えていた細身の男の言葉を合図に、青果屋の両親と引き離され、ハリーだけが別の場所に連れて行かれた。羞恥を感じる間もなく、手早く体を洗われ、上質な生地の服を身に付けさせられる。抵抗すれば両親の命がないと言われ、彼は従うしかなかった。


 豪勢な部屋に連れて行かれ、少しすると扉が開かれる。

 美しい妙齢の女性、サンゼルの王妃が現れ、ハリーを驚愕の目で見た。


「予想以上ね。こんなに似ているとは。よくやったわ」


 サンゼルの王妃メリアーヌは真っ赤な唇を歪めて、微笑む。

 この日から、ハリーはマーカス・サンゼルとして教育を受けるようになる。逆らえば両親の命はないと脅され、王妃の期待に応えなければ両親に元へ連れて行かれ、ハリーの目の前で両親に鞭を振るわれた。

 憎しみで心の全てが焼きつくような日々。

 両親を傷つけられたくない。生かしたい、そのために彼は必死に学び、一年後にはマーカスとして公式の場に立つようになった。

 正体が露見すると両親が殺される。

 その恐怖を戦いながら、彼はマーカスとして振る舞った。

 一週間に一度、両親と一時間だけ過ごすことが許され、その度に彼らに詫びを入れた。けれども彼らはハリーを責めることは一度もなかった。逆に自分達のことに構わず、事実を明らかにして、自由を手にしてほしいと願った。

 両親の想いにハリーは胸が潰されそうになる。そしてますます両親のために頑張った。

 そんな日々の中、彼はアルメを想う。

 彼女の生意気な微笑み、あの日の妖艶な彼女。それらの思い出はハリーに生きる気力をもたらせた。


「マーカス。最近花を愛でているらしいわね」

「花ですか?」


 日課の王たちとの夕食を終え、王宮内のマーカスの部屋で休んでいると前触れなく王妃メリアーヌが現れた。

 言われた事に心当たりがなくハリーが問いかけると、メリアーヌは真っ赤な唇を歪め、微笑む。

 この笑みは悪魔の笑みだと彼は思っていた。

 王や側近たちが見たことがない、王妃の影の部分。それが集約されたような笑みで、ハリーの背中が粟立つ。


「花を摘むのは容易(たやす)いわ。でもあなたはそれが嫌でしょう?だから、今は鑑賞しているだけにしているの。あなたもそうでしょう?花を摘むと散ってしまうから」


 王妃メリアーヌが意図したことをやっと理解して、ハリーは顔を強張らせた。


「勿論です。母上。鑑賞するだけに留めていますよ。摘むのは可哀想です。だから母上もどうか摘むのはおやめください」

「それはあなた次第よ」

「わかっております」


 ハリーの返事に満足すると、メリアーヌはマーカスの今後の日程について相談する。邪悪な笑みはなりを潜め、国母に相応しい慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。

 メリアーヌはマーカスを溺愛していて、彼の執務や行動、何事にも口を出す。病弱だった息子が心配で過保護になってしまうのだろうと王もそれを許している。

 本当はハリーを監視して、自分の思い通りに動かすためなのだが。

 メリアーヌの被っている聖母のような仮面は強靭であり、誰もが彼女を敬っている。ハリーが騒いだところで、誰も信じてくれないかもしれない。

 彼は半ば諦め言いなりの日々を送る。両親もそうで、三食の食事、着替え、睡眠、生きるのに最低限の補償はしてもらっているが、自由はない。四年もその生活をしており、希望など持ちようがなかった。けれどもハリーのために彼らは生き、ハリーは彼らのためにマーカスの身代わりを務める。

 しかし、アルメに会い、彼女の目的はわからないが、彼女を守らなくては、とハリーの心に火が灯った。メリアーヌの敵意をアルメから逸らす。そのために彼女からますます距離を置くことを決め、それまで義務として接していたルベルト侯爵令嬢シャローンとの距離を縮めることにした。

 ルベルト侯爵家は王妃に協力的で、マーカスの王太子即位のために貴族たちをまとめた。王弟は優秀であり、病弱であったマーカスよりも彼を押す勢力は小さくなかった。しかしルベルト侯爵はその勢力を瓦解させ、マーカス派に取り込んだ。

 王妃メリアーヌはルベルト侯爵を信頼しており、その娘シャローンを王太子妃につけようとするのは自然の流れであった。







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