第一話 デスゲーム家族
今からデスゲームを行なう。』
7年前、千木野雅人は夢の中でデスゲーム開始を宣言された。当時10歳だった彼にとってそれは、現実世界という漫画やゲームよりも面白みがない世界に、一筋の光をもたらしたのだった。
これから全世界から狙われ、そしてこの世界における主人公たる彼自身が、特殊能力を用いてそれらを撃退し、見事デスゲームに勝利し、全てを手に入れる…。
だが、彼は考えた。どんなに強くとも、まだ10歳なのだ。卑劣な罠や策略に踊らされる可能性は大いにある。
ーー助けが必要だ。まずは仲間を集めなければならない。
ーー
それから7年の月日が流れた…。
「おはよ!おにぃ!」
「もうご飯出来てるわよ」
一日の始まりは家族全員で食卓を囲むところから始まる。側から見れば、ただ仲の良いだけの家族に見えるだろう…。
全員が座ったのを確認した父が一息おいて口を開いた。
「おはよう諸君、では本日も円卓会議を始めようか」
両手を組み、眼鏡を光らせながら父がそう言うと、周りの空気が一変した。
「ママ、現在の状況は」
「普段通り…と言いたいところだけど、昨日の午後7時、商店街付近で不審な男の目撃情報があったらしいわ、これを見て。」
そう言って、母がチャンネルを切り替えると、朝のテレビ番組が夜の防犯カメラ映像となった。それには、全身黒ずくめの明らかに怪しい男が映し出されていた。
「フン…見ない顔だな…。明らかにこの街の外の人間だ。町内会副会長だからすぐわかる…。ただ気掛かりなのは、明らかに怪しいのにも関わらず商店街まで潜入できている点だ…。普通はこの町に入ることすらできないからな…。」
父は手を組むのをやめ、いつの間にか卵焼きに手を伸ばしていた。
「とりあえず、町民全員に不審者の情報は流しておいたわ。なのに、今になっても目撃情報は一切ないわ。あるのはこの映像だけ…。」
「どうする…おにぃ…」
雅人の妹、咲がミートボールを頬張りながら言った。
「…通学ルートをBルートに変更、そして警備の強化に努めよう。今はこれしかない。それに、いざとなれば、俺の能力で…」
「やめろ…!」
父のドスの効いた声が食卓に響き渡った。
「デスゲーム参加者にはそれぞれ能力が備わっているが、それらをこんなところで使うのはダメだ。一体お前はいつまで反抗期なんだ…!」
「そうよ、自分の状況を鑑みなさい。マサちゃんの能力は本当に大事なところで使うの。相手がデスゲーム参加者かどうかすらまだわからないし、単独なら絶対に包囲可能よ…。学校に行ったり遊びに行ったり、この町で普通に生きる為にできる事はなんでもやらせてあげてるんだから、そのくらい守りなさい!」
「そうだよ、おにぃ。いざとなったら私がなんとかするからさ…。」
「…うん、分かったよ。……あの、トイレ行くわ…。」
彼は早歩きで、その場から逃げるようにトイレに駆け込んだ。
彼が廊下を歩いている間も、トイレに入った後も、家族達の作戦会議が止むことはない…。
ドアを閉め、一息つき、彼は出来るだけ声を押し殺しながら、魂の叫びを上げた。
「気持ち悪りぃぃぃぃぃぃぃ……!!」
一体この演劇はいつまで続くのだろうか!7年前に、デスゲームのことをドヤ顔で家族に告げてから今までずっとあんな調子なのだ。たしかに3年前ーー中学2年生までは、中二病とやらで色々と拗らせていたから違和感はなかったし、なんならノリノリだった。だが今は違う…。17歳で特殊能力とか、不審者とか、デスゲームとかもう何も信じているわけがないのだ。これは大掛かりなドッキリなのだろうかと何度もネタバレの流れに持っていこうとしたが、あまりにも…あまりにも家族の演技が迫真だから冷めたようなことを言う気になれなかった…。ただ、もう…限界はすぐそこまで来ている……。
…ドアを開けると咲が涙目でこちらを見ていた。
「おにぃ…大丈夫…?今日は学校休んだ方が…」
「いや行くよ!なんなら今すぐ行きたいね!猛烈に外の空気を吸いたい気分だわ!」
「待って…単独行動は…!」
「うるせぇぇぇ!もう流石に馬鹿らしくなってきたわ!ネタバラシなしでこのまま高校卒業させようとしてないよなぁ!?」
「待て…マサ…。これはお前だけの問題ではないんだぞ?もはや町全体の問題なのだ。」
「そうよ、まだ話したいこと沢山あるんだから早く座りなさい」
「うるっせぇわ!大体この町全体を演劇で巻き込もうとしてんのは父さんのせいだろ!昨日だって、おばちゃんからもらったアメ玉の袋をよく見たら、変な暗号書いてあったしぃぃぃ!」
「それは、お前の安全のためだ。暗号の解読方法は教えたはずだが…。」
「黙れ!!もう行く!!あとネタバラシするまで帰らないからな!!」
家から飛び出した直後、母がドアから顔を出した。
「せめてBルートは使いなさいよー!あと、忘れ物ないわよね?拳銃とか!」
「誰がそんな物騒なモン持っていくかよ!あと前から気になってたけどBルートってなんだよ!」
ーーー
ーー
ー
どのくらい走っただろうか…。無我夢中で走っていたから、ここがどこの裏路地かわからなくなった…。
理由は分からないが、この町の道は迷路のように入り組んでいる。これも町内会副会長である父の差し金かもしれないが、そこまで手の込んだ演劇をしているとは思えない…いや、思いたくない…。
「…!!」
瞬間、体が電気を浴びたような感覚に襲われた。その後、ゆっくりと寒気のようなものを感じ始めた…。
もう一度辺りを見回す…。
朝なのにも関わらず見通しが悪く、そして暗い…。
…静寂の中、正面から足音だけが響いた…!
「あれぇ…?もしかして、今ピクッとしたぁ?」
姿は何も見えないが、たしかに正面から男の声が聞こえた。
「道に迷ってやばかったけどぉ、逆にラッキィィ!やっぱすげぇな、この参加者を炙り出す装置」
「え…」
目の前にいる、不可視の男は今…とんでもないことを口にしたような……
「んじゃ、ばいば〰〰い」
男の声が明らかに近づいてきている…!
ただ、恐怖で体は思うように動かなかった。
ーーもしかして、デスゲームは………
「おにぃ!下がって!」
反射的に尻もちをついた刹那、真横から武装した咲が右から左へドロップキックをかましていた…!!
「ぐへぇぇぇぇっ…」
不可視の殺人鬼の情けない雄叫びを他所に、ワイヤーで男を拘束していた。
「あ、あのさ…」
「今って、マジでデスゲーム中なの…?」
「え、そうだけど。」
…空いた口が塞がらないまま、デスゲーム参加者「千木野雅人」は腰を抜かしたのだった。