ある作家
三題噺もどき―ひゃくさんじゅう。
お題:猫・作家・飴
冷たい風が吹き、冬の訪れを感じさせる。
朝晩は、冷たい風が遊んでいるが、昼間は暖かな日も、まだ存在していた。
「……」
今日はそんな、冬の晴れた日。
暖かな日差しが部屋の中に差し込み、眠気を誘う。
小さなアパートの角部屋。カーテンを開いても、住宅街が広がるだけ。
「……」
今日は何をしたものか…とぼぉっと外を眺める。
こうも日が暖かいと、のんびりとしたくなるのは人の性だろうか。
…うん。外の広めのベランダでゆっくり読書でもしよう。
「……」
現実はそんなにゆっくりしている場合ではなかったりするのだが。
私は1人の作家として今現在生活している。
数年前、ありがたいことにとある賞を頂いた。それがきっかけで、あれよあれよと有名人にまでなってしまった。おかげで一生働かないでもいいのではというぐらいの収入を得た。いまだ再販などしているみたいで、さほど困窮しているというわけではない。
「……」
しかし、そのまま、今のまま、一作品だけでどうこうできるほど世間はお優しくない。出版社は優しくない。
もちろん、何も作品を出していないというわけではない。それなりに、急かされるように出版はしてもらった。それが、売れたあの代表作に対して、そこまで売れていないという事だけ。
「……」
そうして、売れないモノばかり書いていたせいで、ここ二、三日、何も書けていない。
だがま、締め切りには追われている、実は。
しかし、筆を執る気にも机に座る気にもならない。いや、こんなことを言って駄々をこねている場合ではないことは分かっている。
分かっている。
が―たまの現実逃避ぐらい許されたとて、いいだろう。
「……」
と、自分に言い聞かせ、今日はベランダで読書をすることにしよう。
コーヒーを飲むために、キッチンへ移動する。
電気ケトルのスイッチを入れ、マグカップに粉末コーヒーを入れる。お湯が沸くまでの間にベランダに立ててある折り畳みの椅子を取り出し、その上にクッションを置く。日が差しているとはいえ、風の寒さは少々あるので、薄手のブランケットも一緒に。ついでにコーヒーを置くために小さなテーブルも出す。これも折り畳み式。
ベランダの準備も終り、次は本を選び。
「……」
仕事柄―と言っていいものか分からないが、大き目の本棚にはそれなりの数の本が並んでいる。ジャンルも様々。
昔から、ライトノベルを好んで読んでいたが、自分が書いているのはそれじゃなかったりする。…あまりジャンルにこだわらずに書いているのがよくなかったりするんだろうか。一応はノンフィクションとしてまとめられるものではあるのだが、あまり気にしたことはないな…。
「……」
まぁ、仕事のことは今はいい。
今日は―久しぶりにライトノベルでも読んでみようか。学生の頃ぐらいに流行ったものである。シリーズものをそろえるのが趣味なので、金額は張るのだが。本に対しての投資はあまり考えもせずに行っている。これトータルいくらだろう…。
「……」
本棚からお目当てを手に取る。ついでに小腹が空いてきたので、机の上に置いている飴を一つ。
作業中に手が汚れず、かつ噛むこともできて、気分転換にもなる飴は、机の上にストックされている。お気に入りは桃味。どこのメーカーとかではなく、桃味であればなんでも好きだ。あとはキシリトールの入っているもの。こっちは目覚ましように置いている。味はたいして好きではない。
「……」
そうこうしていると、お湯が沸いた。
キッチンへ向かい、マグにお湯を注いでいく。スプーンでくるくるとかき混ぜ、砂糖を溶かしていく。牛乳も入れようとも思ったが、今日はそんな気分でもないのでやめておいた。
本とマグカップ手に、いざベランダへ向かう。
「……ぁ」
今日も、いた。
日が暖かなこういう日は、気分転換にとベランダに出てくるのだが。そのたびに当然のように同席するものがいるのだ。
どこから来るのかは知らないが、少々細身の、大人の黒猫。
「……」
彼(彼女?)は、けして椅子や机の上には座らない。いつもベランダの隅で、丸くなっている。別に、餌付けをしているとか、お隣さんの猫とかそういう事はないのだが…。
いつの間にかいて、いつの間にかいなくなっている。特に何かいたずらをしてくるわけでもないので、放置している。
ので、今日もそのまま。気にかけず。
私は椅子に座り、本を開く。
「……」
しかし、こうも暖かいと眠気が襲ってくる。
本に目を落としているが、どうも、集中しきれない―
「……ん」
いつの間にか、寝落ちしていた。
空を見ると、少々陽が落ちてきたように思える。
「……」
ある、夢を見た。
世間から完全に忘れ去られて、過去の偉人になって。
ベランダによく来る黒猫と。
一人と、一匹で、人里離れた山の奥の、小さな家で。
新作をとせかしてくる編集も、電話も来ない。
面白くないだの、分からないだの、言い散らかしていくモノを目にすることもない。
―そんな、夢。
「……一緒に逃げるか?」
まだベランダの隅に丸くなっていた黒猫に、ぽつりと問うてみた。