縁結びの指輪④
消えかける意識の外で、何か、大きな音が鳴った。
もう一度、目を開けなきゃ。
「…京さ…ん」
今しがた思い出したばかりの美しい青い着物。
それを今この時代に着てるヤバいやつなんて京しかいない。
嬉しいやら悲しいやら、たくさんの感情がごちゃ混ぜになって目の奥が熱くなる。
だって、死ぬと思ったんだもん。
もう助からないと、そう思ったのに。
空手習っておけばよかったって心の底からそう思ったくらいなのに。
「人の……、雲薙、ケガは?」
「な、ないけど…」
「そうか。
というかなぜお前、こいつに襲われている?
メリットがないように思えるんだが。こんな小娘襲って何がいいんだ…」
「は?」
訳が分からない、と言わんばかりの表情で真剣に悩む京に先程まで感じていた感謝の念が一気に掻き消えた。
_くそっ、くそ!
『チカラノニオイ…チカラァァァ!』
「…!
この指輪か!」
ナニカの声に何かを理解したのか京が弾かれたように顔を上げて指輪を握りしめる。
雲薙はよく理解ができず激しい声で問いかけた。
「なんで指輪が関係あるのよ!」
「この指輪は本来、神の持ち物だと言っただろう。だから人が持っていると手放させるために様々な神を呼び寄せる呪いがかかっている!
その呪いは間違いなくコイツにとっては力となる。そんな呪いの匂いとやらが長時間持っていた雲薙に移っていても不思議ではない!」
「はぁ!?」
京が現れたことでそちらに興味を向けたナニカ。
雲薙が驚いているのをよそに、京に攻撃し続けている。
なんとか京は避けているが時間の問題だろう。
雲薙は咄嗟に叫んでいた。
「コイツを倒すのにはどうしたらいいの!?」
「1番手っ取り早いのはこの指輪をコレから遠ざける事だ!」
遠ざける。
…遠ざける?
雲薙は言葉になにかひっかかりを感じた。
_遠ざける、ということは力が感じられなくなればいいわけで。
【契約の指輪】ってことは…指輪でする契約なんてひとつに決まってる。結婚式だ。
結婚式ではめる指輪。
契約完了には…もしかして。
「京!
指輪の力を無くすには指輪をはめればいいんじゃないの?」
「…まぁそれもそうだか、この指輪…強制的で契約はできるが嵌める者がいない__」
「私がはめる!」
雲薙の叫びが階段にこだまする。
階段が静まり返り、雲薙は戸惑った。
なにか不味いことを言ってしまったのだろうか。
京なんて肩を震わせている。
「そうか…! そう言ってくれるか、雲薙…!
ならば話は早いな。
雲薙…僕に手を」
「え、え?」
ナニカに強めの風を当てて動きを止めた京が雲薙に手を差し出す。
困惑しながらもあれだけ盛大に叫んだ手前、手を重ねない訳には行かない。
手を重ねると京は雲薙を真剣な瞳で見つめ、優しい顔をしてその場に跪いた。
「雲薙。お前の心に感謝する」
「は、はい…」
雲薙の左手の薬指に指輪がはまった瞬間。
雲薙の体を何かが駆け巡り、背中を風を押された気分がした。
よろけた雲薙の体を京が支える。
雲薙の視界の端で、ナニカが悔しそうに消えていった。
「もう消えたの…?」
「あぁ」
「良かった…」
_ちょっと待て。
雲薙の頭の中にひとつの疑問が浮かぶ。
さっき京はこの指輪は神様と人の縁を結ぶものだって言っていた。
ってことは私のはめているこれの他にもう一個ペアのものがある訳で…。
「きょ、京…。私この指輪はめてしまったけど御相手の神様は…」
「あぁ、その事か」
京はなぜか気分良さそうに雲薙の腰を抱き、雲薙に見せつけるようにして自分の左手を出した。
その薬指に輝くのは。
雲薙の銀の指輪と全く同じ模様をした金の指輪。
「いやぁ。雲薙がはめることを了承してくれてよかった。本来、この指輪は神の意志で強制的に相手に付けさせることが出来るが僕はまだ【卵】だからな。相手の了承が必要だったんだ」
「は…?」
「それに。僕の任務を行うにあたってまず必要なのは【人の協力者】だった。この指輪のおかげで簡単に協力者を見つけられた」
「雲薙よ、先程の僕をほら吹きよわばりしたことは水に流してやろう。
今後ともよろしく頼むぞ、花嫁殿?」
呆気に取られる雲薙を鼻で笑い、怪しく微笑んだ京。
雲薙は、京の花嫁、と言う名の協力者になってしまったのだ。
契約の指輪(元:縁結びの指輪)について
神と人の縁を強制的に結べるアイテム(呪具)。
契約主権があるのは神。
京がしている指輪(金)は【神の指輪】
雲薙の指輪(銀)は【人の指輪】
補足
京は最初からしっかり神の指輪つけてます