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ドラゴンのあとしまつ  作者: ごんぱち
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第7章 月下の決死行

 月明かりの下、ササラ達は、巻き上げ機カゴで邪竜の上部に昇る。

 鱗の剥がされた肉は、ヌル付きはあるが踏み出した足がめり込む事はない。

 100メルテを超える高さの邪竜の上を、ササラは慣れた調子で歩き、穿孔すべき点を指示していく。

 次々に炭鉱技師たちは分かれ、掘削管の打ち込み準備を始める。

 胴体部分に満遍なく鋼筒を配置した後、そのうちの1本にササラは付き添う。

 ササラが付き添うポイントの炭鉱技師達が、筒を打ち込み始めた。

 飛行能力を持っていた邪竜は、筋肉組織が鋼線のように固くしなやかで、皮下脂肪はほとんどない。

 滑車でハンマー代わりの石材を持ち上げて叩き落とす事で、鋼管は筋肉に少しづつもぐり込んでいく。

 邪竜の上は風通しが良く、意外と瘴気が薄い。滑車の動きは滑らかだ。

 ササラの表情は緊張で強ばっている。

 彼が竜狩人である事に嘘はない。

 腕前も決して他の竜狩人に劣るものではない。竜に止めを刺した事すらある。

 だが、それでも、慣れてはいない。

 竜は個体数が少ない。竜狩人が生涯に竜と遭遇するのは、2、3回。狩り慣れる事は出来ない。

 ササラもその例の通りだった。

 幼少時に2回、竜狩人として実際に対峙したのが1回。そして、それは40年も昔の事だった。長命なエルフにとっても、決して短い時間ではない。

 しかし竜狩人の集落では、竜狩の伝承は無数にある。それが個々の体験以上に、竜狩人としての経験を積ませていた。

 竜の死骸が燃気で爆発する話を、ササラは寝る前のおとぎ話代わりに何度聞いたか分からない。


『――とうちゃん、竜をバクハツさせないためにはどうするの?』

『長い竹筒を腹の一番膨らんだところに刺し込んでやれば良い。燃気溜まりに当たれば、筒を通って燃気が抜けていくんだ』

『……それじゃあ、やっぱりバクハツするんじゃないの?』

『鹿の腹が破裂したのを見せたろう』

『うん』

『あの時の穴は腕1本ぐらい開いていたろう。だがあれが、細い竹1本から少しずつ出たら、爆発にはならんのだよ』

『そうなんだ……』

『竜はそれよりも遙かに大きい。だが構造はあくまで同じだ。ただ焦るなよ、焦れば燃気で爆発する。竜の爆発は、人を簡単に吹き飛ばす』

『怖いんだね』

『これが邪竜であってみろ』

『どうなるの?』

『飛び散るもの全てが高濃度の瘴気を含んでいるのだ。自分の身体にめり込めば、傷口から瘴気が深く染み込み、奥底まで聖水で洗浄してようやく回復魔法の効果が出る。狩り場にそんな準備はない、結局何一つ出来ず、苦しみ抜いて死んで行くのだ』


 身体に食い込む邪竜の牙から発せられる瘴気が、蛇毒のように身体に回っていき、傷口から広がり四肢の先まで腐らせていくイメージ。

 それは、ササラの記憶に体験とさほど変わらない触感で刻まれている。

 この場にいる誰よりも、ササラは邪竜の死骸がもたらすものを恐れていた。

 そして誰よりも、邪竜の死体の後始末を成し遂げたいと、望んでいた。

 今ササラが立つ燃気抜きのポイントは、最初の試し打ちと皆は思っている。だが、ササラにとって、ここは可能性から考慮した必中のポイントである。

 2度目はない。

 その覚悟で選んだ。

 故に、鋼管が指の太さ1本進む毎に、吹き出すと確信しながら燃気に耳をそばだてる。死骸の中の泡立つ腐汁を明確にイメージする。

 恐怖で動かぬ手足は、毎夜の悪夢の中で遂にそのまま振り回す事を覚えた。自然になったのではない。そのようになるよう心をねじ曲げた。恐怖を動くキーにした。イメージを作った、実際に動かした。

 物心付いて竜を狩るまで40年、その後竜の絶滅すら語られた40年、毎夜、毎朝。

 こぽ。

 ……コポ、コポ……。

 ササラの耳が捕らえる。

「次、来るぞ!」

 松明が筒の口に近づけられ、そして。

「せぇえええええの!」

 ハンマーが落とされた。

 次の瞬間。

 破裂音と共に、筒の先から火柱が立ち上がった。

「退避ぃいぃいーーーーーー!!」

 ササラ達は、その場を離れる。

 ササラは足を停めず、石切用のロープを伝って一気に滑り降りる。

 石畳に降り立ってからも、ササラは走る。

 誰よりも懸命に走る。

 怖いからだ。

 走って、走って、走って走り続け、酸欠で頭から転げそうになった時。

 身体が支えられた。

 作業に参加していた石切職人の巨人族の女が、転倒しそうになったササラの身体を支えて、そのまま肩に担ぎ上げた。

 そして、邪竜に向き直る。

 邪竜に突き立てられた鋼管からは、激しい炎の柱が上がり続けていた。それは、夜空を切り裂き天にも届く程の勢いに見えた。

「……案外臆病なんですね、作戦参謀様」

 巨人の女はおかしげに笑った。


 燃気を抜いた後、夜明けも待たずに肉屋達が王都内になだれ込み、邪竜に群らがった。

 王都の肉屋だけではない。領国の肉屋も総出の解体作業だった。

 本来は魔法による解体が主流だが、一定の規模の肉屋ならば、魔物を解体する為の肉切り包丁やハサミが必ず備えられている。

 鋼線のように固い筋肉も、熟練の肉屋にかかるとそれなりの効率で切り出される。

 内臓付近の腐敗はあるが、全てという訳ではなく、筋肉部分の大半は腐敗を免れている。

 切り出された邪竜の肉は、王都の水道用の水源を分けて城外に作られた池で洗浄される。

 池には領国から呼ばれた神官が控え、水に祝福を与え続ける事で、聖泉としての機能を持つ。

 邪竜に限らず魔物や魔族の瘴気は、魂から発せられるもので、死肉から染み出しているのは残滓に過ぎない。

 聖水の中に入れた邪竜の肉は、重さ当たり大体人間が沐浴で洗礼を受けるぐらいの時間で大体の瘴気が抜けて浄化済みとなる。

 浄化済み肉は、直ちに塩漬けに加工され、それで処理しきれないものはずらりと並べたかがり火で雑な燻製にされる。


 まだ火柱の立つ邪竜を、私とルシャ先輩は、物見の丘に半分寝転がりながら眺める。

 火柱のせいか、星が少なく見える。

「邪竜の肉なんて、おいしいんでしょうかね、ルシャ先輩?」

「1000年前の記録では、味の記述まではなかったみたいね」

 ルシャ先輩は笑う。

「でも、売れるでしょ」

「そうですね。食べてみたくなりますし」

「――そりゃ良かった」

 私はびくり、と反応して身体を起こす。

「世話になったな」

 ササラだった。

「これはお礼だ」

 串焼きの肉を差し出す。

「生の邪竜を喰えるのは今晩だけだ」

「そう言われると、貴重な気がしますね」

「ありがとう、ササラさん」

 串焼きを受け取る。

 見たところ、白っぽい肉って感じだ。

「おいしそうね」

「お礼とは殊勝な事を仰いますね、英雄様」

「別に皮肉を言ってる訳じゃあない」

 ササラは自分の分の串焼きを一口食べる。

「餓死させられかけた事は恨んでるが、その後あんたら通信局が色々話を繋いでくれた事は分かってる」

 恨んではいるんかい。

「仕事ですから、と、素直に言えるとカッコイイかもですけど、まあ頑張りましたよ、私たち。足なんかもう豆だらけ。デスクワーカーなのに」

「本当にね。身体に染みついた臭いも、一体いつ取れるか心配になるわ」

 ……髪とか毛とかに染みついてるかなぁ……。

「言いたかったのはそれだけだ。じゃ俺はここらでな」

「お疲れ様、お休みなさい」

「お疲れでしたー」

 ササラの言葉のニュアンスが何となく感じられたけれど、私は聞き返す事はしなかった。

 竜は希少種だ。

 彼はまた、どこかへ行くのだろう。

 今回の邪竜討伐に、彼は参加できていない。王国軍は、奴隷身分の者を兵士として使わない。

 また別の竜の噂があった時、少しだけ気にしてみる事にしようか。

 懐かしい顔にまた合うのは、良いもののような気がするから。

 なんてな事を考えつつ、私は邪竜の串焼き肉を齧った。

 思ったよりもクセはなく、油気が少なくパサパサしている。

「……なんかこう、脂のないトリ肉みたいですね」

「こういうのって、大体そうよねー」

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