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ドラゴンのあとしまつ  作者: ごんぱち
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第5章 竜狩り

 私たちはそのエルフ男をオフィスに連れて来る。

「おーや、軍の手伝いかい?」

 書類を整理していたニム部長代理が顔を上げる。

「いえ、この人、牢屋に忘れ去られてたんです」

 私はエルフ男の事を説明する。

 ニム部長代理は、幾度か具体的な内容を聞き返し、それから少し黙り込む。

「竜狩りの伝承は、掃いて捨てる程あるがぁね。どうして王都にいて、しかも邪竜襲来の情報があった時に、義勇軍に参加もしなかったんだぁね?」

「行ったが、義勇軍は市民しか受け付けなかったろう」

 エルフ男が応える。

「奴隷の徴兵は主人の財産権を侵害になるしぃね。しかし、竜狩人君がどうして市民権の補償金一つ払えず、奴隷身分に甘んじていたんだぁね?」

「……竜は少ない。俺が最後の竜を狩ったのは40年前だ。その時の儲けなんてお守り程度しか残ってはいない」

「それで、パン屋で仕事をしていたぁと? 猟師でもすれば良かったんじゃないかぁね?」

「竜猟師の弓は、強く重い。これで他の獣を撃っても砕けるばかりで売り物にならんし、狩人の神がヘソを曲げる」

 ニム部長代理は、エルフ男が肩に担ぐ弓を見る。

「こう言っては失礼だぁがね、それを引ける人間がいるとは思えなぁいね」

「ふん」

 エルフ男は、弦を広げるや、座り込んで両手で弦を、両足で弓を押さえ、全身の筋肉で引き絞る。

「なぁるほど」

 ニム部長代理は、席を立つ。

「ふむ」

 もう一度改めて、エルフ男の顔を見る。

「君、ええと」

「奴隷登録名でイェーガー、本名はササラだ」

「ありがとう。ササラさん、あの邪竜を解体出来るかい」

「人手があれば」

「分かった。解体計画をそこの2人と立てて下さい。必要なものは必要な量書くんだぁよ」

 言い捨てて、ニム部長代理はオフィスから出て行く。

「あっ、ちょっ」

 少し具体的な事を聞こうとして廊下に出た時にはもう、ニム部長代理の姿はなかった。

 なんかいつもと違うな。

 竜狩りがそんなに気にな――。

 実在している?

 竜狩りが?

 改めて口の中で繰り返す。

 ひょっとして。

 それは、凄い事じゃないのか!?

 その直後、猛烈なスピードで摂政局長が突っ込んで来た。

 ――この直後、私たちの任務は根底からひっくり返った。

 王都放棄の撤回。

 邪竜解体計画の大幅転換。

 計画の主体が王国軍から、内務省に切り替わった。最高責任者が国王である事は変わらないが、実質的な司令官が元帥から摂政局長に切り替えられた。


 城内ロビーの住人サービス窓口とそれに連なるオフィスで、私たちは作業をする。

 市民リストと奴隷リストを片端から確認し、職業によって分類していく。

 通信局員だけでなく、会計局員も作業をしている。

 いや、そもそも、住民情報に関する管理は、会計局員の管轄だ。

「どうだね」

 会計貴族のグラム・ア様がやって来る。優しい目と逞しい体格が特徴的な、純血の森の賢者族だ。

「見せてくれるか」

 ピックアップした名前を見せる。

「よし」

 ア様は、手元のボードに添えた紙に、何やら書き付けて私に渡す。

「こちら、光通信で頼むよ」

「はい!」

 それから別のをルシャ先輩に。

「こちらは、勇者殿に。途中で竜兵の隊長を見かけたらそれでも良い」

「はっ!」

 走り去るルシャ先輩を見送りつつ、こちらも側防塔の通信室へ走る。

 発信当番の第1通信部局員にア様からの文書を渡す。

「お願いします!」

「お疲れ!」

 文書を渡してから、呼吸を整えながら、邪竜の方を見る。

 朝日に照らされる邪竜は、漆黒の鱗に覆われている。

 日が昇れば熱を吸収する事は疑いようがない。

 邪竜の周りに、霧がかかっていた。

 そして、少し離れた場所で指揮を執っているのは摂政局長で、その隣りには作戦参謀のササラが立っていた。


 邪竜の周りを霧が取り巻き、それが消えて、また霧が現れる。

 霧は、上水道の水から魔法で作り出したものだ。この霧を更にコントロールして水蒸気にする。これにより、急激に温度が低下する。

 竜狩人は、自力で巨大な獲物を運搬する事は出来ないため、最低限の解体をした後は、多数の商人を呼びつけて量り売りする。

 商人の到着までの腐敗を防ぐのが、この水魔法による冷却術だという。

 高位の神聖魔法である祝福と違い、4大属性魔法は誰でも習う。この操作も子供でもどうにかやれる程度のものなのだ。

 軍人さんだけでなく、手空きの職員達も冷却に参加している。

 日は既に空高くのぼっている。

 周囲の気温は小春日どころか初夏に近い。

 しかし、邪竜は冷気に包まれていた。


 空を小さく旋回した飛龍が、邪竜の側に降り立った。

 飛龍の函鞍から、女を先頭に3名が降りて来る。女の身長は2ミルテ半、標準的な巨人族の体型だった。

 巨人族の女はササラと2、3言話してから、飛龍の鞍から降ろした道具袋を担いで、新たに邪竜に設置された巻き上げカゴで上っていく。

 そして、道具袋から石切ノミとハンマーを出し、飛龍の1枚の板のように癒着した鱗を削り始める。

 作業を進めるうち、他の飛龍もぽつぽつと飛来し始める。

 誰もが同じ種類の道具を持ち、邪竜に取り付いていく。

 避難先から呼び戻した石切の職人達だった。市民階級の親方だけでなく、奴隷階級の徒弟もいる。

 石切職人達は、命綱に身体を預けながら、邪竜の鱗に石切ノミで「矢穴」を作る。

 これにくさび形の「矢」を打ち込み、ハンマーで叩き込んで広げ割る。

 魔法で空気も鱗も冷やされているが、石切職人らの顔にはたちまち汗が浮かぶ。

 細かに矢が打ち込まれた後、石切職人達は矢の頭を一斉にスレッジハンマーで打つ。広がる方向の力に、ヒビは割れ走り、隣の矢のヒビと合わさり、そして。

 パックリと鱗が開く。

 半ミルテちかい厚さの鱗の下から、肉の色が見えた。

 石切職人達は、肉と鱗の間に斧を差し込み、テコの要領で引き剥がす。

 ぴったり癒着した鱗は、肉からなかなか剥がれない。

 これに全力で力を入れ、もう一度、さらにもう一度。

 ばりっ!!

「落ちるぞーーーーーーーーーーー!」

 鱗は外れ、石畳の上で金属音を立てた。

「石と違って目が分からんな」

「所々削れている部分がある。そういう部分はかなり脆い」

「軍の魔法攻撃のようだ」

「肉がくっついてるから、どうも気持ちよく外れんな」

 職人達は話しつつ、作業を進めていく。

 バラバラだった作業音はいつしかリズミカルにまとまり始め、各親方が音頭を取りつつ石切の職人歌が響き始める。

 何度目かの飛龍が職人を連れて来る。

 最初にリストアップしたよりも人数が多い。

 領国側の職人も加わっているようだ。


 今や、邪竜のあらゆる場所に石切職人が取り付いていた。

 飴に群がる蟻のようでもある。

「順調そうですね」

 北の物見の丘で作業指揮を執るササラに、進捗確認に独りで来た私が声をかける。

「今のところは、計画通りだ」

 ササラは襟元をやや所在なさげにさする。摂政局の上級局員の制服を着ると見違える。

「日暮れまでには解体線が繋がるんじゃありませんか?」

「石切は1日に6回休む。夜にはなるだろう。出来ればこの倍人数をかけたいぐらいだ」

「陸路で色々向かってると思いますよ。明日には到着する予定です」

「王国も無能ではない、か」

「ふふん、個々の発想を実現するのが組織の力というものです」

 物見の丘は王都内5箇所に設けられた公園で、住人の憩いの場であるのと同時に、火災の発見や、水害時の避難場所としての機能もある。

「……おい、通信さん」

「なんです」

「首側の神官、どうした?」

 よく見えるな。猟師の視力か。

「ああ、ええと、頭は肉が薄いしすっかり冷えたみたいだし、お腹の方の手伝いに行ったみたいで」

「戻らせろ!」

 異様な必死さ。

 こういう時は、四の五の言わずに言われた通りにすべき。

 そう思い走り出そうとした時。

 邪竜の頭が炎に包まれる。

 一呼吸後に、爆音がした。

「……あれでは早かれ遅かれだったか」

「え」

「待て。すぐ行くな。通信局員をもう2、3人こっちに寄越せ」

「あ、はい」

 私は無熱光で王城に合図を送る。

 王城から光の明滅が返って来た。

「第三通信部が来る筈です」

「よし。ならあんたは現場に伝言を。口述するので疑問点があれば、質問を。要約は任せる」

「はい」

 ササラは小さく溜息をついて、座り込み話す。

「肉は腐れば燃気ガスが出る。牛馬でも結構な量が出る。竜ともなれば、火花1つで大爆発だ」

「腐るのは冷却で防げていたんじゃないですか?」

「巨大な生物の体内は、非常に高い熱を溜め込んでいる。腹を開かない限り、容易には冷えない」

「中から腐ってるんじゃ、止めようがないんじゃ?」

「祝福魔法は概念系だ。肉の厚さ関係無く、効果範囲は瞬時に祝福される」

「それだと逆に冷却の意味ってなくないですか?」

「神聖魔法の術者だけで全ては覆えない。祝福はハラワタに沿った部分に集中配置している」

 邪竜の頭付近の消火が終わったようだ。怪我人が運ばれている。

「最初から今の対応をしていたら、あそこまで腐らせはしなかったが」

 炎魔法を使うな、に戻って来る話か。。

「思ったより全体に燃気が出ているのかも知れない。怪しいと思ったら一旦避難する事だ」

 私は今の話をざっくりとまとめ、追加の通信局員が来るのと同時に、解体現場へ向かった。


 王城内、国王寝室。

「――燃気の爆発が発生したようだな」

 窓から邪竜を眺めていた国王は、報告に現れた摂政局長に言う。

「神官が持ち場を離れた事が原因のようですな」

「そんな事を聞いてはいない」

「は」

 摂政局長は背筋を伸ばす。

「2名が火傷、3名が転倒による外傷、14名が耳の痛みを訴え回復魔法で治療を受け、現在は復帰しています」

「死者は」

「ありません」

「何故」

「爆発の可能性については、ササラ特別作戦参謀より既に指摘があり、作業員は全て防護印を身に付けておりましたので」

「ふ、む」

 国王は窓枠に寄りかかる。

「余は、先に議会で王都の放棄を決め、命じた。そうだな?」

「左様でございます」

「だが、勇者の匹敵する伝説的な存在である竜狩りが実在したとして、今一度解体作業を再開させ、職人を呼び戻している」

 逆光になり国王の表情は伺えない。

「一国を捨てる決定を覆す、厚顔無恥にして蒙昧な暗君は、折角勇者マルキが救った国民の命を、無駄に失わせた」

「そのような事は」

「良い。その通りだ」

 穏やかな声だった。

「3人だ」

「は」

「もしも、死者が3人出たら、その時点で改めて邪竜の解体は終了し、当初の決定通り、王都は放棄し、当家は王権を放棄する。貴官らは王国法に則り、既存の領主から新たな王家、王都の選出のための臨時議会を開催せよ」

「……恐れながら」

「命を聞けぬか」

「聞けません。陛下」

 摂政局長は、逆光の中僅かに浮かぶ国王の目を真っ直ぐ見据える。

「判断の誤りであれば、先ず摂政局を罷免なさるのが筋」

 作業をする石切職人達のハンマーの音が微かに聞こえている。

「『この王のためならば』と国民に思わせる。その事自体が王の仕事。忠誠を捧げられる特権は、忠誠を受け止め王であり続ける義務によって購われます。我らは王の命令なればこそ、生命を賭け働きまする」

「命を受け止めよ、と?」

「損得だけで動く人に、いかほどの業が果たせましょう。我らは陛下を戴くが故に、魔族を圧倒し街を拓き、人の世界を保つ。死と隣り合わせの辺境都市も、暴流の浚渫事業も、そして、1000年の歴史に名を残すであろう邪竜の討伐であっても、決して怯まず取り組んだのです」

 国王は黙り込む。

「弱音は宜しい、泣くも怒るも止めませぬ。しかし、王を止める事だけは、決して、我らの忠誠が許しは致しませぬ」

「……フフッ、感動的な忠誠だ。だが、もしも、余の命が終わればそれだけの事ではないか? 屍に忠を誓い、共に墓穴にでも入るか?」

「わはっははは!」

 大声で摂政局長は笑う。分厚い胸板と太い喉から発せられる声は、部屋自体の空気を揺るがす。

「冗談を言えるようになれば、もう大丈夫ですな! それでは私は、仕事に戻りますれば!」

 足音を立てて、摂政局長は出て行った。

「……陛下」

 隣の寝室に控えていた后が、王子を胸に抱いたまま入って来る。

「局長殿は、なんと?」

「『寝言言ってんな、馬鹿野郎』だそうだ」

「まあ……」

「済まぬな、もうしばらく、我らは王家のようだ」

「そんな! まだこのような腐臭に満ちた瘴気の中に居続けるのですか! 一度は王子の為に、国を捨てると決めて下さったではありませぬか。わたくしはどうなっても構いません。勿論そうです。けれど、この子の、この子の為にも! 1人の親として生きるのも良いと仰ったでは――」

「控えよ」

 国王は后の言葉を遮る。

「汝は、王の前にいる」


 ササラからの命令を職人頭に伝え、邪竜の腹に向かった神官を呼び戻し、そのまま尻尾まで走り伝え走った。

 もう足はパンパン。

 通信局は光通信が主で、塔までは馬が使えるから、走る事なんてないって言われたから入ったのに。今度人事局に訴えてやろう。

「あ、ティナちゃん!」

 別任務のルシャ先輩が駆け寄って来る。

「鱗、凄いわね」

 邪竜から少し離れた広場に、切り出されたブロック状の鱗が積み上げられている。運搬は石切職人の見習いが担当している。軍が手伝おうとしたが、落下点付近に素人がいると危ないとして断られている。

「燃気、また爆発するのかしらね?」

「ササラに考えがあるみたいですよ」

「だと良いけど」

 ルシャ先輩は邪竜を見上げる。

「失敗して大爆発したら、街が丸ごとなくなっちゃうかしらね?」

「このサイズの、しかも邪竜なので、あり得るみたいですよ」

 切り出された鱗はへばりついた肉が腐っていて、各家もハエだらけ。ほとんど鼻は麻痺しているが、ひょんなタイミングで臭いを意識すると、そのつんざく腐臭にうんざりする。

 ハエは定期的に軍が炎魔法なんかで厚いところを狙って焼き払っているが、後から後から沸いて来る。イナゴの大群みたいなものだ。

 この王都を復興させるより、大爆発で吹き飛ばしておしまいにした方が、ずっとスッキリするんじゃないかな。

 なんてね。

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