表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンのあとしまつ  作者: ごんぱち
5/11

第4章 廃都

 翌日の深夜。

 お風呂入りたい。

 軍の解体作業はほとんど進んでいなかった。

 私たちは、また進捗を確認に来た。

 空気入れ替えたい。

 邪竜はかがり火で照らされている。瘴気は徐々に濃くなり、大気のマナは枯渇してきている。

 無熱灯に割くマナの余力がない。

 薪を集めたのは私たち役人だ。

 軍人さん達は、それなりに格好の良い事を言うが、実際の仕事は進んでいない。

 顔の前にハエが旋回するのを、手で払いのける。

 ……私が臭いんじゃない。

 街の中にハエが大量発生しているのだ。

 邪竜自体は、神官達の祝福魔法のお陰で腐敗はしていない。

 しかし個人宅は、食料も放置されている所も多かった。それが、少しづつ腐敗し初めている。瘴気下ではマナが薄まり、保存の魔具も動作しないだろう。

 それに加えて。

 邪竜の頭部付近の、体内から切り出した邪竜の肉も、積み上げられたままになっている。

 邪竜本体の指1本にも満たないが、牛5頭分にもなろうかという量だ。

 その邪竜肉の小山は、ハエで真っ黒になっている。

 更に、明日から気温が上がるなら、どうなってしまうのか。

 濃くなっていく瘴気だけでも辛いのに、腐肉の激臭が強まれば、とても作業にならない。その後どうなるか、想像もつかない。

「――アンデッド発生、第4小隊、援護せよ!」

 風魔法で増幅された声が響く。

 王城よりずっと低い市民用の墓所で、強い光が見えた。

「あら、またなのね」

「瘴気が濃いですからね」

 軍人さん達のうち、1部隊が持ち場を離れ、援護に走る。

「もう、墓地から死体みんな掘り起こして、処分した方が良いんじゃないでしょうか」

「まだ記憶のある家族も含まれるし、難しいんじゃないかしら」

 もう一度邪竜を見上げる。

 かがり火に照らされ、ゆらゆら影が揺れている。

 あれ?

 なんか棒が出っ張ってる。

 ……ああ、あの時の妨害してた人の矢か。

 私たちは王城に戻る。

 周囲の街並みは、街腐れで一層ボロボロになって見える。

「ルシャ先輩、もしも凄く丁寧に石を積んでたら、瘴気の中でも綺麗なままなんでしょうかね」

「魔族の作るダンジョンはそうみたいね」

 この巨大な王都を作った人達の気持ちを考えても、こんな事で王都を放棄するのは絶対に避けたい。

 そして……ええと、なんだっけ、ともあれ、何にせよ。

「お風呂入りたい」

「ティナちゃん、昨日水浴びしたじゃない」

「染みついてる気がするんですよ!」


 議場は重苦しい空気に包まれていた。

「何か、提案はあるかね、神官長」

 摂政局長がテーブルに両肘をついたまま、尋ねる。

「……神官達も、私も、もう祝福魔法をこれ以上重ねる事は、難しく……」

 神官長の語尾が小さくなっていく。

「明日の午後には応援が到着するが」

「先の見通しがありませんと……」

 昨日と比べ、神官長の肩に力がない。瘴気の中での休み無しの祝福魔法の使用は、彼らの想像を遙かに超える疲労となっていた。

「ドッシュ元帥からの提案ですが」

 参謀が切り出す。

神饌滅破マナバーストの許可を、と」

「陛下」

 摂政局長は国王に向き直る。

「……罷りならぬ」

「陛下、お言葉ですが、元帥の決意は固く――」

「ご子息の身一つの事ではない」

 食い下がろうとする参謀を、摂政局長が遮る。

「勇者は魔王を伐ち人の世を保てとの神意そのもの。これを濫用すれば、次に勇者に撃たれるは我らですぞ」

 国王も頷く。

「では、一体どうすれば!」

 しん、と議場は静まりかえる。

 自然、国王に視線が集まる。

 摂政局長は、国王の目を見る。

 それから、ゆっくり国王は口を開いた。

「……捨てるべし」

 皆俯く。

 王都を捨てる。

 誰もが考えはした。

「ご英断にございます!」

 摂政局長が立ち上がる。

「国王陛下、万歳!」

 参謀も、神官長も、内務省局長らも立ち上がり、万歳が繰り返された。


「優先命令!」

 私はオフィスの戸を開けて、怒鳴るなり書類を投げ込む。

 廊下を走る、投げ込む。

 走る、投げ込む。

「ひぃ、ふぅ、はぁ、ふぅ……」

 3フロア分、西側の各局に命令書を伝え終わり、私は呼吸を整える。

「ふぅぜぇ、ぜぇぜえ……」

 瘴気がここまで来ている。

 勘違いされがちだが、瘴気自体が身体に悪い訳ではない。

 いつもマナの加護で補われた体力バフがなくなるから辛いのだ。

「ティナちゃん、終わったみたいね」

 東側に命令書を届けたルシャ先輩と合流する。

 手元に命令書はもう残っていない。

「任務完了ね」

「……はい」

 任務完了。

 そうだ。

 私たちは明日、王都を放棄する。

 祝福魔法が途切れれば、一気に腐敗は進むだろう。城塞の住人全てが死体になったよりも多い腐肉が腐り続け盆の中。瘴気と腐敗の燃気と疫病にまみれ、魔物や死肉喰らいの獣、瘴気で動くアンデッド、様々なものが集まり、間もなく生きた人が踏み込む事の憚られる汚染区域になる。

 帰る国を失った我らは、避難民として領国に身を寄せる事になる。

 領国の自治権は王国法に認められた権利であり、これを一方的に接収して王都にする事は出来ない。

 王国は共有地の治安維持と領国の安堵を義務とし、領国は納税と領内の治安維持を義務とする。

 客分では王国軍を維持する事が出来ない。

 義務の元に権利は在る。王国としての義務を果たす事ができなければ、王権は失われる。

「邪竜一匹で、王国が滅ぶなんて……」

「気を落とさない事よ。国が滅んでもわたし達が滅んだ訳じゃない」

 ルシャ先輩は私の頭をぽんぽん、と撫でる。

「向こうに行っても元気でね」

「先輩も」

 私たちは、行き先が違う。

 行き先は、摂政局と会計局が選定した。

 専ら家柄による格と職業で調整され、受け入れ先の国でも何かしらの立場は与えられるようだ。摂政局の判断はいつも的確だ。今回もそうだろう。

 言葉少なにオフィスに戻る。

 戸の前まで来て。

「見落とし、ありませんでしたっけ」

「そうね」

 私たちは、また廊下を歩く。

 夜が明けるまで、まだ間がある。

 多少寝不足になったところで、王都の外の、マナのたっぷりある中なら、砦までは辿り着けるだろう。

 もう急いだところで、大して意味がない。

「ティナちゃんが来て何年だっけ?」

「1年ですよ」

「あー、まだそんなか」

「やっと信号使えるようになったんですけどね」

 力こぶを作って見せる。

「あのレバー重いもんね」

 階段を降りる。

 地下にオフィスはない。

 倉庫と下水道と地下牢があるぐらい。

『……ぃ』

 出来るだけ、ゆっくり歩く。

『……ぉ……ぃ……』

 なんだか、意中の男の子と帰り道を辿る、恋する女の子みたい。

『おおおおいいいい!』

「ぎゃああああ! なんかいる!」

「アンデッド発生!?」

 どん、どんという何か重たい音がして、この世の者とは思えない声があちこちからする。

 いや反響か? あれ?

「ど、どどど、どうします、囲まれました!」

「落ち着いて、落ち着くのよ! 数を数えましょう」

「0」

「悪魔の数字!」

「ぎゃー-!」

 動揺しながらも、ルシャ先輩は牢の見張りの詰め所に置いてあった棍棒を手に取る。太くて曲がっていて身長よりも長い。私の方は平和的に懲罰棒を拾う。

 声の方向に進む。

 アンデッドの中でも、生ける屍はそれほどの強さはない。魔法がまともに使えていれば、成人してすぐの子でも倒せる。

 瘴気が擬似的な魔力挙動をして肉体を動かすのが生ける屍であって、組成そのものに奇跡が起きるマナを使ったゴーレムとは根本的な強度が違うのだ。

 声とどん、どん、という音が続く。

「牢獄……?」

「獄死した人間のアンデッドね」

 戸はかんぬきがかかった分厚い木の開き戸で、壁は石造り。

 戸の足元辺りには横長の穴があり、食事を入れる事が出来る。

 私たちは目配せすると。

 一気に動いた。

 ルシャ先輩が、戸の足元穴に一気に棍棒を突っ込み、左右に振る。

 アンデッドが足を払われて転倒する物音がする。

 同時に閂を外し、ドアを一気に押し込む。

 そのまま牢獄に飛び込み、うずくまるアンデッドに懲罰棒で1撃!

「痛ぇ!」

 2撃!

「ちょっと待て、馬鹿!」

 かわした! 素早い!

 アンデッドは転がりながら立ち上がり、身構える。

 アンデッドはエルフの男で、拳を構えこちらに対峙する。

「ティナちゃん?」

 全然腐敗が進んでいない。

「あのー」

 死んですぐのアンデッドだろう。

「ティナちゃんっ!」

「ひゃんっ!?」

 背中にいきなり手を突っ込まれて変な声出た!

「落ち着きなさい、ティナちゃん、その人、人間だわ」

「え」

「……痛たた、この国はどうなってやがんだよ」

 言われてみると、全然腐敗してない。眼球も抜け落ちてないし、舌も口に収まってる、排泄物が肛門から漏れ出てすらいない。

「ちょっと、驚かさないでよ……」

「こっちの台詞だ。夕飯が届かないと思ったら、灯りまで消しやがって」

「へ?」

 ルシャ先輩と顔を見合わせる。

「あの、あなたは逮捕された方?」

「牢屋に入るのが趣味じゃなけりゃそうだ」

「……あ、ああ、そうでした。王都を引き払う事になりまして、略式裁判で無罪となったので、保釈しますが、王都内は危険なのですぐに退避して下さいね」

 説明をするルシャ先輩の袖を引いて、監獄の外に出る。

「おい、待て、把手ないんだよ、こっち」

 男は戸に手をかけて閉じるのを止める。

「これは脱獄じゃないからな? おい?」

『……ちょっと、ルシャ先輩! 勝手に出したら駄目ですよ!』

『撤収の計画書に、収監中の者の欄がなかったのよ。完全に計画漏れよ』

『ええっ! だったら、そっちに話を繋がなきゃ』

『今さら不自然でしょ。迂闊な事を言ったら、人権侵害案件で吟遊詩人経由で拡散されて、下手したら次の仕事に障るわよ』

『あ……確かに』

『いい? 口裏合わせるのよ!』

「逮捕したの忘れてやがったのか。緊急事態にしてもいい加減だな、おい」

「うわぁ、聞こえてた!」

「エルフで狩人だぞ、お前らの心音まで聞こえるっての」

「あ、あの、ご迷惑かけたみたいだけど、うちは通信局だから、部署は違うの。でも、このタイミングだから、多分あなたの罪は問われないのは違わないのよ。だからこれは人権侵害ではないのよ。人間は人権侵害する訳じゃないの、ただ間違える事があるだけなのよ」

「分かった分かった。別にそこは気にしちゃいない。文句があったのは、邪竜の解体方法だけだ」

「ん?」

 あ。

「あ、あなた、作業妨害して逮捕された人ですね!」

 初日、進捗を尋ねに行った時に、軍人さんにボコられてた人だ。

 どっかで見覚えがあると思った。

「人聞きが悪いな、アホな事をしてやがったから、ともかく止めようとしてつい一発撃っただけだ。証拠に人は全然狙ってねえだろう」

「そっか。じゃあまあ、逃がしても良い、ですよね? ルシャ先輩?」

「……あなた、ちょっと」

 ルシャ先輩が真顔になっている。

 ん? 好みのタイプだったのかな?

「あなた、狩人だって言ったけど、ひょっとしてこの弓」

「竜狩りだよ」

 その棍棒、弓だったの?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ