第3章 避難連絡
曇り空の下を軍の先導で、避難民の列が進む。
領国の受け入れ能力に配慮し、西南北にほぼ三分割している。いずれの方向も、砦での一泊を挟んで2日の行程になるよう整備されている。
邪竜が飛来した東については、領国の無事は確認されているものの、念のため避難先にはしていない。
避難民の列には建築資材を乗せた馬橇が随伴する。マナの作用で橇はでこぼこした地面を滑る事が出来る。のだが、瘴気の濃い王都から出るまでは結構な手間だった。
「いやー、疲れたわね、ティナちゃん」
城壁の通信室のある側防塔から、ルシャ先輩が列を眺める。
「任務が終わるまで気を抜いたら駄目ですよ」
「真面目ねえ、ティナちゃんは」
私は通信用の台座に浮かぶ巨大な無熱灯にマナを込める。台座は窓に面していない側に無数の鏡が敷き詰められていて、光は一方向に集められる。
充分な光量が出たのを確認して、ルシャ先輩は、身長ほどもあるレバーを上げ下げする。連動して窓が開け閉めされる。
40万ミルテ先の砦からは、これが光の明滅に見える細工だ。
点灯してすぐ消える光、少し点いたままの光、消えた状態。この3つの組み合わせで文字を表現する。
これが、通信局の専門業務、光通信である。
私が光を維持し、ルシャ先輩は信号を切り替える。光自体を点け消し出来れば信号役は不要だが、この規模の魔法でそんな小回りは効かない。
通信内容は、避難民の受け入れに関する、各領国への諸連絡。
避難の基本計画については、早馬や竜兵で連絡文書を届けてあるので、光通信はこれを補う追加情報や、現在の状況を伝達する事で、文字数を節約する。
私とルシャ先輩は、役割を交代しながら送信を続け、終わる頃には、筋肉は疲れ、体内マナも不足し、フラフラだった。
重たい身体で螺旋階段を降り、一つ下の受信室のドアをノックする。
「はい」
ドアの内窓が開き、第1通信部の職員が顔を出す。
「第2通信部です。送信完了しました」
「はいよー、お疲れさん、お休み-」
もう少し降りると、窓の外から、竜の解体作業が見えた。
苔の一念、とでも言うべきか、所々に少しづつ切れ目が見えているが、依然として解体を進めるにはあまりにも小さすぎた。
その日の午後。
「やあ、少しは休めたかい」
避難民がいなくなった広間で仮眠して戻って来ると、今朝見たのと同じ姿勢でニム部長代理が机に向かっていた。
「避難民は、3隊いずれも無事に砦に到着したそうだぁよ。途中魔物も獣も見かける事なかったってさ」
「そうですか」
「やったわね」
ルシャ先輩も嬉しそうだ。
「大げさですよ。まだ路半ばです」
「まずは最初の功績でしょ」
ルシャ先輩が私の頭を撫でる。
この人はいつも私を褒める。
「邪竜の解体作業はどうですか?」
「その件だがぁね」
ニム部長代理がじぃっと私たちを見る。
「なんですか」
「ちょっと確認に行って欲しい」
「――途切れない仕事に、ボーナスがどれだけ出るか楽しみで仕方ありませんよ!」
「不機嫌は不機嫌を呼ぶのよ、ティナちゃん」
私たちは、王城の3階フロアに上がる。
3階は広間と各部署のオフィスが並んでいる。
「通信局ですが」
廊下の突き当たりのオフィスの戸を叩いた。
「開いてるよ」
声がした。
中を開けると、ウチと同じ間取りの筈だが、壁中が書物で埋め尽くされている。
テーブルがずらりと並び、各々が魔法を使ったり何事か書き付けたりしている。
「何のご用だい?」
竜族の預言局長が出迎える。
「厄介な預言があったとか?」
「ああ、それね」
局長は報告書類のうちの1枚を取る。
「天気の事でね。明後日から気温が急に上がるらしいんだよ。いわゆる小春日だね」
「明後日!?」
ここのところ寒いから気にしてなかった。
確かに今時期は、寒い日と暖かい日が交互に来る。
「邪竜の解体はどうだい」
「傷は付いてますが……」
「その他は、ひと山肉を切り出したぐらいかしら。摂政局長に禁止されたけど」
「まだその段階とすると、危ういね」
局長は自分の肌をつねって見せる。
「あの邪竜の鱗は癒着していて、一枚板ではない。一箇所破ればパリーン、とはいってくれないんだよねぇ」
その直後、議場にて。
「――以上が、預言局からの報告です」
摂政局局長が皆を見渡す。
「要件がそれだけであれば、任務に戻りたいのですが」
神官長が言う。
「何があろうと、我々は祝福を続けるだけです。ヤノハハキ神の祝福は、陽が当たったぐらいの事で揺らぐようなものではございません」
「現実的な話をしているのです。この瘴気の中で、祝福魔法をどれだけ続けられるか」
都市局局長がなだめるように言う。
「あなた方もヤノハハキ神の信徒でしょう! 信仰は信じる事が力になるのです」
「神官長、適度な感情は判断の舵取りをするが、過度なそれは舵をへし折る。弁えられよ」
穏やかに摂政局局長が諭す。
「今回の邪竜は、1000年に一度の大物。その大きさも吐き出す瘴気の量も鱗の固さも全てが想像を超えています。ですが、それはあくまで量の差に過ぎません。ならば、こちらも量で対抗するべきです」
「量、というと」
「こういう時の為の領国です。これより、事態打開の為、隣接する領国に神官、並びに兵士の提出を求める事とします」
摂政局局長が力強く言い切る。
国王も、無言で頷いた。




