第2章 解体
「おーつかれー、無事片付いたみたいだぁね」
オフィスに戻ると、ニム部長代理がお茶を啜っていた。
「勇者マルキが締めてくれましたよ」
自分のデスクの椅子にどっかり座る。
「最初から出てくれれば良かったのに」
「また、そんな事言って」
ルシャ先輩がお茶を淹れて私のデスクに置いてくれる。
「ティナちゃんの説明が下地にあったからこそよ」
「そーですか?」
分かってはいる。
「勿論よ。何にも無しで、雰囲気だけで『がんばりましょー』って言っても、『そんな話聞いてない』って揉めるでしょ。ティナちゃんがきちんと説明して、ちょっと怖がらせて、それをわたしが弛めて、ドッシュ元帥が締める。段階と役割が必要なんだから」
「えへへ、まあ、そうですかねぇ」
「褒められたい時に拗ねるよーね、君は」
「うるさいですよ、ニム部長代理」
弛んだ顔のまま、私はお茶を飲む。ルシャ先輩の淹れるお茶はいつも微妙だが、こういう時はホッとして良い。
「じゃ、戦意回復したところーで、次の仕事を頼むよ」
ぶはっ!
「終わりじゃないんですか!? もう夜中ですよ? 労働基準は?」
「これは本質的には戦時下だよ? 大丈夫、本当に無理にはならないようには調整するのが、上司の役目だからぁね」
さっき住人に言った事が返って来た。
……本当、公務員は最高だぜ!
神殿で回復魔法を受けた後、私たちは連絡任務で邪竜に向けて歩く。
邪竜に近づくにつれ、圧迫感が強まっていく。
周囲の建物は100年経ったかのようにボロボロに歪んでいる。
浮かばせていた無熱灯の珠が消えた。かけ直そうとしたが、マナが集まらない。
馬が怖がったのも道理だ。
「もう駄目みたいです。足元、気をつけて下さい」
「ティナちゃんもね」
石畳はでこぼこで、所々ぐらつく。
辛うじて下水道は崩落していないようだ。
邪竜を包む魔法の光の照り返しがあるが、影も多い。
足元を気にしながら、ようやく最前線に辿り着いた。
軍人さん達は、小隊単位に分かれて魔法を連発していた。風や炎や高圧の水流、相殺しない程度に属性をばらけさせているが、それ以上の策略はなく、がむしゃらに各人の最大威力の魔法をぶつけている感じだ。
そんな中、一番外側の部隊の魔法が停まっていた。
休憩中……じゃない。
誰かが取り囲まれている。
私たちは早足で近づく。
もう縛られているようで、人だかりの割りには静かになっていた。
「あのー、すみません」
一番上の階級章を付けた隊長と思しき軍人さんに声をかける。
「えっ」
びくりとして軍人さんは振り向く。ドワーフ族の男の人だった。ドワーフ族にしては珍しく、あごひげを剃って鼻ヒゲだけを生やしている。
「どうされたんですか?」
「ああ、いえ、矢を打ち込んで妨害して来た者がおりまして」
ヒゲ軍人さんが邪竜に刺さったやけに太い矢を指さす。
確保されている容疑者は、エルフ族の男だった。縄でグルグルに縛られ、芋虫状になっている。
「邪竜への恐怖で、どうかしていたのでしょう。魔物との戦闘で瘴気に当てられた兵士にも、時折起こる事です」
容疑者のエルフは、連行されていく。襟元に見えた黄色い布は、奴隷身分を表す札だった。
自由奴隷も含め広間に避難していた筈だが、木登が得意なエルフや足裏の丈夫なホビットなら、こっそり抜け出す事も出来るだろう。
「――だから、解体に炎魔法を使うな! そんな事は常識だぞ、おい! お前らの中に鹿か熊の狩人か、せめて肉屋の子はいないのか!」
怒鳴り続ける容疑者エルフに、軍人さんの1人が猿ぐつわを噛ませる。
「それで、通信局からのどのような連絡でしょうか」
ヒゲ軍人さんが尋ねる。
「え、ああ、あの、こちらからではなくて、作業の進捗状況を教えて欲しいんですが」
「そうでしたか」
ヒゲ軍人さんは懐から見取り図を出す。
ざっくりとした邪竜の略図があり、今の場所は腹部に当たる。
「当小隊は、第7区画を解体中です」
「それで進捗は」
「順調に進んでいます」
「それは良かったです」
地面に、人の頭ほどの石の塊が積み上げられている。
「邪竜の皮膚って変な削れ方するんですね」
「いえ、こいつは違います」
軍人さんがつま先で蹴飛ばす。
石の塊がごろりと転がると、裏側に炭化した虫の足が生えていた。
「うわ!」
「あらあら、生き物だったのね」
「寄生虫です。宿主が死んで繁殖期に切り替わったようで、しばらくはこいつら退治でした」
ううっ、うじゃうじゃしてて気持ち悪い。
「邪竜の鱗そっくりねぇ」
あんまり言わないで欲しい。邪竜が虫の塊に見えて来る。
しかし……虫退治に手を取られて順調ねぇ。王国軍としての面子だろうけど。
私とルシャ先輩は、邪竜を見上げる。
見たところ、どこにも傷が入っていない。
そして、魔法が途切れて来る。
隊員達は息を切らせて座り込む中、1人の隊員が魔法を使うと、吹き下ろしの風が起きる。
瘴気がやや吹き飛ばされ、マナの混じった空気が入って来る事で、隊員達はまた魔法を使い始める。
「……傷ぐらいしか付いてませんね」
「例え僅かな傷であっても、繰り返せばいつかは鱗を破るでしょう。諦めない心が重要です」
これは長引きそうだ……。
「そうですか」
連行されていくエルフ男の後ろ姿が何となく目に入っていた。
「残りの14区画ほどまわっても、大きな傷を広げる事が出来ているのは、ドッシュ元帥が付けた喉付近を担当する部隊だけです」
報告の書類を、王城司令部の勇者マルキことドッシュ元帥に手渡す。
「ありがとう」
にこやかにドッシュ元帥は書類を受け取る。
先ほどは気にしていなかったが顔が真っ青で、今にも倒れそうだ。
邪竜を倒した魔法が、どれほどの力を振り絞ったものだったか、想像が付くというものだ。
「傷口か……」
ドッシュ元帥は立ち上がる。
「元帥」
参謀が彼を引き留める。参謀は初老のホビット族で、ドッシュ元帥の義父でもある。
「元帥の任務は休養です」
「……承知した」
親子の会話じゃないけど、仕事外だとまた少しは違うんだろうか。
「通信官殿、少しお待ち頂けますか?」
「はい」
私たちは司令部前の廊下で待つ。
いくらか時が過ぎて、戸が開いた。
出て来たのは参謀だった。僅かに見える司令部の室内に、ドッシュ元帥の姿は見えなかった。
「摂政局長にお伝え下さい。我が軍は、これより邪竜の体内に突入し、内部から解体致します」
なるほど、鱗が固いんだから、頭の傷口から入れば良いのか。
――摂政局長に伝えた私たちが、「すぐにやめさせろ」という一言を伝える為に、邪竜の頭に辿り着いた時には、運び出された軍人さん達が何人も横たわっていた。
「第4次攻撃、吶喊!」
頭の方の部隊の隊長らしき人が、林業用の長柄の斧を担いだ3名の部下を引き連れ、邪竜の傷口に向けて走る。
「待って下さい!」
「止めてくれるな――やや、通信官殿。命令の伝達でしょうか」
隊長はややよたつきながら斧を置いて敬礼をする。使い慣れていない上に、膝が笑っている。
「摂政局長から、突入作戦禁止の命令が下りました」
倒れている軍人さんの中に、参謀の姿もあった。赤い顔で目を回している。
「む……そうでしたか」
隊長はがっかりしたような、ホッとしたような顔をしている。
「何が起きてるんですか?」
「先ほど、参謀殿が伝令と援軍に来られて、喉下からの突入作戦が開始されたのですがた」
「はあ」
「中は瘴気で満たされ息苦しさに加え相当な暑さで、魔法は使えないので斧を使っていますが、10振りもすると腕も動かなくなり、外に出て息継ぎをする始末で」
瘴気の中では身体が重くなる。それは、今如実に感じている事だ。
「しかしながらご安心を! 肉の切り出しは順調に進んでおります!」
傍らには肉片が積まれている。人間1人分ぐらいにはなりそうだが、邪竜の大きさから考えると、とても何かの足しになるように見えない。
「次の突入では必ずや新たな突入孔を!」
「……いや、摂政局長から中止命令出てますから。これ、国王陛下の勅命扱いですからね」
「ぬぅ! 我らの命にお気遣い下さるとは、何と深い御心か!」
「中に入っても危険なだけですから、外からの作戦に戻って下さい」
「分かりました!」
肉に目を向ける。
もう嫌な臭いがし始め、ハエもたかっている。
「祝福がかかってないとすぐ腐っちゃうのね。勿体ない」
残念そうにルシャ先輩が言う。
「このままだと朝になっちゃうわね」
ルシャ先輩は城壁を見上げる。
城壁の崩れめから、雲越しのぼんやりした朝日が見えていた。




