プロローグ 勇者、邪竜討伐す
夕日を背に、漆黒の邪竜が城塞へと急降下する。
城壁に並んだ側防塔から、バリスタによる一斉射撃が行われる。
ほぼ同時に、城壁上に集合した魔法兵らが魔法を放つ。火球、高圧水、風を纏わせた金属片。様々なマジックミサイルが、軌道修正しつつ命中していく
しかし。
邪竜の勢いは止まらない。
力強い羽ばたきで、城壁に肉薄する。
人々は、この時、初めて邪竜の大きさを正確に認識した。
顔だけで、城壁の高さを超えた。
兵士らの全力の攻撃による傷は決してゼロではない。しかし、分厚い鱗と吹き出す瘴気はバリスタの矢、魔法、いずれの効果も減殺する。
邪竜はほとんどその力を殺がれぬまま、ついに城塞を覆う風の防護膜を突破し、その爪が城壁の一角を崩した。
その時。
城壁の側防塔の屋根に立つ、ひときわ輝く鎧を纏った1人の男が、引き絞っていた弓をようやく放った。
物質化するほどに濃密なマナを纏った矢は、ややゆっくりと弧を描きつつ、邪竜まで飛び、そして。
突如に方向を変え、邪竜の喉の下に突き刺さった。
強固な鱗に覆われた邪竜の唯一の軟組織に、矢は自ら加速しながらもぐり込んでいく。
邪竜が痛みに身悶えした一瞬の後。
邪竜の口、鼻、眼窩から、激しい爆風が吹き出した。飛び出した眼球の1つが、商店街を丸ごと薙ぎ倒す。
邪竜は、ゆっくりと城塞内に倒れ込んでいく。
力を失った長い首が折れ曲がり捻れ、骨の砕ける音と共に石畳の地面に叩き付けられた。
翼は即座に動きを止め、着地しようと伸ばしていた脚には既に力はなく、その巨体は城塞の建物を崩しながらゆっくり横倒しになっていった。幾分痙攣を見せたあと、四肢、尻尾の先がようやく動かなくなった時。
「……元帥がやったぞ!」
誰かが叫ぶ。
「邪竜を倒した!」
「勇者マルキがやった!」
「ドッシュ元帥、万歳!」
兵士達は国難を打ち払った英雄を讃え歓声を上げ始めた。
地下下水道に避難していた市民ら、少しずつ地上に現れ、歓声に加わっていく。
また1人、市民が地上に出て来た。
彼は、丸めがねをずり上げ、絶命した今も瘴気を放つ邪竜の死骸を見上げた。
「……こーれ、どうすんの?」