8:蝶のように舞い、ミサイルのように吹き飛ぶ
ユニークモンスター、十二星群、『魔忌』ヴィムファロジカ。
それぞれどのような意味を持っているのかは分からないけど……明らかにヤバいことだけは分かる。
「これ倒しても大丈夫だよね?」
「多分……でも気を付けたほうがいい。爆発するかもしれないし」
ルナのナイフが、こちらに向かって飛んできた蝶を切り裂く。左右二つに分かたれた蝶は少しの間をおいて衝撃波を発生させながら地面に落下していった。
さっきは咄嗟のことで爆発としか表現できなかったけど、改めて見てみると爆発とはかなり異なっている。蝶を中心に青白い球体のようなエフェクトが出現して、それが奇妙な音とともに瞬間的に膨張。蝶の方向から衝撃波が飛んできて――今度は蝶の方向に吸い込まれるような力が発生する。
倒したものも破裂するのは厄介だけど、とりあえず衝撃波はある程度離れた位置で受ける分には特に問題なさそうだし、発生までタイムラグがあるのでそれさえ分かっていれば回避することもできるはず。
「行けるか?」
「もちろん!」
頼もしい返事とともに、ルナはこちらに接近してきた蝶の群れに突っ込んでいった。
右手でナイフを順手で持ち、左手でダガーを逆手で持って戦うという特徴的な戦闘スタイルで、ルナは次々に蝶を切り裂いていく。
リーチが短いので絶命時の衝撃波に巻き込まれる危険性はあるものの、キャットシッカーの俊敏さを活かして一撃離脱で戦っているためダメージを受けている様子はない。
「私も頑張らないとな――《荒ぶる波》!」
MP消費は50程。杖の先から溢れ出た水は荒れ狂う水流となって蝶の集団に襲い掛かった。この魔法は発生してから若干の間水が杖の方向に追従して動き、それから大きな渦のようになって広範囲を攻撃するという特殊な操作の魔法だ。
杖を振るって水流を操作すると、それに巻き込まれた蝶が端から順に連鎖するように衝撃波を放って散っていく。蝶のHPはかなり低いらしく、何度か《荒ぶる波》を使っただけでも結構な数の蝶を倒すことができた、が……
「……数減ってるか? これ」
「増えてる気がする……」
いくら倒しても蝶の数は減らず、むしろ徐々に攻撃の激しさは熾烈になっていく。
倒せど倒せど底は見えず……いや、そもそも底がないのか? これに遭遇することそのものが何かのトリガーになっているような、いわゆる負けイベ的なものである可能性が高い気がしてきた。
「……逃げよう。まともにやりあえる相手じゃない」
「でも囲まれてるよ!」
「策ならある。5秒だけどうにか凌げるか?」
「……わかった、任せて!!」
ルナの返事を聞いてすぐにインベントリからMPポーションを取り出して飲み、最大までMPを回復させる。
さっきのフラワリングボアとの戦いの後、私はいくつかの魔法を新たに取得していた。《マッドスパイク》や《ダークメルト》に、《ファイヤボール》の上位版らしき《バーニングスマッシュ》。そして――《背押す雄風》。
《荒ぶ風》の上位版という時点ですでにヤバい気配しかしないけど、この窮地を脱するにはこれしかない。
角度は大体40度で、MPは全消費。《荒ぶ風》ですらMP全消費で使ったことないのにいきなり上位版を全消費で使うのは大変なことになるんじゃないかという一抹の不安がよぎりつつも、今まさに蝶の衝撃波を食らってこちらに吹き飛んできたルナを見て覚悟を決める。
「掴まって!」
「こ、こう!?」
「それでいい! 絶対に手は離さないで――《背押す雄風》!!」
強く、とにかく強く。そんなイメージとともに放った魔法は杖の先に荒れ狂う風の塊を創り出し――直後、私たちの身体は森の樹木よりも高く吹き飛ばされた。
「わ、空飛んでる!?」
「吹っ飛んでるだけ!」
すごい勢いで後方へと進んでいく木々を上空から見ながら、ルナの言葉に答える。本当ならめちゃくちゃな向かい風で口を開けるのも大変な気がするけど、その辺はゲーム的なファンタジーなのか魔法の副次的効果なのか、向かい風そのものがほとんど感じない程度になっていた。
それはともかく、これは本当に吹っ飛んでいるだけなのでこのまま落下すれば確実に死ぬ。そのため、どこかのタイミングで《荒ぶ風》を使って勢いを殺す必要がある。
さっきの魔法でMPは底をついているけど、幸い初心者歓迎キャンペーンで貰ったMPポーションがまだ残っているのでインベントリから取り出して飲――
「あっ」
魔力欠乏で力の抜けた手からポーションが滑り落ちる。やっぱこのデメリットキツイな……!
「ごめんルナ、MPポーション飲ませて……」
「えっ!? ちょっと待って、MPポーションは……あった!!」
「ごぁ」
雑に口に突っ込まれた瓶から液体が流れ込んできて、視界の端に表示されたMPが徐々に回復していく。
満タンとまではいかなかったけど、勢いを殺すためなら問題ない。頭を振って瓶を吐き捨てて、再度唱える。
「《背押す雄風》!」
落下しつつあった私たちを持ち上げるように風が吹いて、押しのけられるように体が浮き上がる。
勢いを殺してなお殺人的速度で迫ってくる地面に向けて、今度は《荒ぶ風》を発動。これを威力を徐々に弱くしながら数回くり返し、ようやく地面に足がついた……が、しかし横方向の勢いは殺しきれなかったようで、私の身体は勢いよく地面にたたきつけられてしまったのだった。
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