6:花咲き乱れる猪の王
「ボォォォォオオオ!!!」
低く押しつぶすような咆哮とともに、フラワリングボアはこちらへ向かって突進を始めた。
結構速いけどただの突進なら普通に避けられ……いやこれなんかデバフ付いてるな。視界端のステータスを見れば、浮かんでいたのは[恐怖]のバッドステータス。咆哮にビビって脚がすくんでるってことか?
「やばっ――《荒ぶ風》!」
突進してくるフラワリングボアを前に、私は咄嗟に《荒ぶ風》を詠唱。初使用なので使い方はよくわかっていないけどとにかく右方向に杖を向けて——瞬間、強い風が吹いて景色が一瞬で右方向に流れていった。
なるほど、指定した方向の逆に吹き飛ぶ魔法ってことか。手にジェットエンジンが付いたようなイメージで使えるかな……ってそれどころじゃない。明らかにMP過剰だ。
体勢を制御しようと進行方向に向けて弱めに《荒ぶ風》を発動し勢いを殺そうとしたものの、少し力の方向が斜めになっていたせいで回転が加わってしまう。
天が地になり、地が天になり、回転が弱まったところでフラワリングボアが再度こちらに突撃してくるのが見えてもう一度《荒ぶ風》を発動すると、先程とは異なる強烈な浮遊感とともに私の体は上方向に吹き飛ばされた。
「制御が難し過ぎる……!」
吹き飛びながらそう愚痴るけど、改めて周囲の状況を見てみると、私は今大猪の真上にいることが分かった。
奇跡的に良い位置につけたらしい。フラワリングボアは上空への攻撃手段を持っていないようだし、この機を逃す手はない。
大猪目掛けて杖をかざし、唱える。
「MP100、《万象燃えよ》!!」
残存MPの半分以上を注ぎ込んで生み出した炎はサッカーボールほどの大きさになって杖の前に生成され、揺れる炎の渦を伴って矢のように放たれる。
炎はフラワリングボアに触れるとジッと焦がすような音を立て、それから爆発した。
瞬間的な膨張に空気が押し出され、私は空中で大きく煽られて木の枝をいくつかへし折りながら地面に落下する。
「へぶっ」
顔から落ちて変な声が出てしまった。
木にぶつかったせいか落下の衝撃か、HPは見て分かる程度に削られている。プレイヤーはこんなに脆いものなのかと思ったけど、単純にティムシーカーが脆過ぎるんだ。
紙装甲は伊達じゃない。本当に一瞬でも気を抜いたら死ねる。モンスターにやられずとも、物理法則の餌食となって。
回復薬を飲みつつ急いで立ち上がったものの、追撃が来る様子はない。どうやらさっきの一撃で怯んだらしいし、今のうちにMPも回復しておこう。
ポーションを二つ飲んでMPを最大まで回復したところで、フラワリングボアが起き上がった。その眼はさっきまでよりも鋭くこちらを見据えている。
怒りモードってやつか。大抵こういうのはHPが一定以下になったときになるし、さっきの一撃は結構効いたらしい。
「《ファイヤボール》!!」
顔面に火球を喰らいながらも、フラワリングボアは低く唸って身体を起こし、前脚を高く上げた。そしてそれから前脚を地面に叩きつけると、そこから私がいる場所へ一直線状に地面が盛り上がる。
反射的にそれを回避すると同時に、盛り上がった地面から更に花があふれ出した。
「花……?」
もっと物理的な攻撃を使うものだと思ってたけど、もしかして花を操ったりしてるのか。
そうなると猪系モンスターの定石は当てはまらなくなりそうだな……まあ、そこは臨機応変に対応ってことで。
「ボォォアアア!!!」
二度目の足踏み。今度は地面が盛り上がらず、一拍置いて辺り一面に花が咲いた。
よく見ると咲いている場所と咲いていない場所に分かれているので、《ファイヤボール》を撃ちながら花の咲いていないところに移る。一秒後、全ての花は真上に向かって燃え上がるように花弁を散らした。
「これは分かりやすい……って危なっ!?」
フラワリングボアの両肩付近から伸びた太い根が鞭のようにしなって襲いかかってくる。
一本目は上からの叩きつけで、これは難無く回避できた。しかし二本目の救い上げるような攻撃を完全に回避するのは若干厳しい。
《荒ぶ風》で吹き飛ぼうと考えて、ふとここに来るまで使っていなかった魔法を思い出した。
「《拒む壁》!」
杖を前に向けながら名前を叫ぶ。MP消費量は多めに。だいたい半分くらいのMPを代償に展開されたのは、青白い半透明の壁だった。
かなり多めにMPを使ったし、結構頑丈なはず……なんて思ってたら鞭一発でパリーンと小気味よい音を立てて消し飛んだ。
「……結構MP使ったんだけど?」
一応鞭の動きは逸れたので回避はできたけど、MP半分消費して攻撃を逸らすくらいってなんか……実用性薄くない? 上位版になればまた変わるのかもしれないけど基本は《荒ぶ風》でどうにかするべきっぽい。
そんな学びを得つつ、敵の攻撃をかわしながら魔法で体力を削っていく。
徐々に攻撃方法が増えていくので危うい場面もあったけど、パターンが増えているということはそれだけ削ったということだし、スタミナが切れたのか徐々に大きな隙が増えてきている。
あと一息ってとこかな。
「《サンダーアロー》!!」
杖に纏わり付くように蓄積された雷電が空気を切り裂いて迸る。
見た目の割に威力は低いが若干の追尾性能と出の速さ、そして僅かに敵の動きを鈍らせる痺れの追加効果を併せ持つ《サンダーアロー》はフラワリングボアの鼻っ面に突き刺さって僅かな隙を生み出した。
根のガードが消えたその一瞬を狙って、私は角度を調整して《荒ぶ風》を発動。フラワリングボアの方へと吹っ飛びながら空中でインベントリからポーションを取り出して文字通り浴びるように飲み、MPを上限まで回復する。
「ボォォアア!!」
「遅い!!」
重ねるように《荒ぶ風》を発動し、左右から挟み込むように振るわれた鞭を回避。そのままフラワリングボアの頭に乗る。
勢いあまってこけてしまったが花がクッションになっていたのでダメージは食らわなかった。
さっき上空から見たときに気付いたことだけど、フラワリングボアの頭頂部を覆う花は他と比べて数が多く、弱点である可能性が高い。
頭に乗られたフラワリングボアは怒り狂った声を上げているけど、鞭は飛んでこない。頭にぶつかることを恐れているのか何なのか、とにかく攻撃してこないなら好都合。真下に杖を向けて魔法を唱える。
「MP200、《万象燃えよ》!!」
MP最大値ギリギリまで注ぎ込んだ上位魔法は杖の先で勢いよく爆発し、先ほどの比ではないくらいの爆風に私の身体は吹き飛ばされた。
さっきみたいに地面に叩きつけられないように、小さく《荒ぶ風》を使ってふわっと着地する。ちょっと使い方わかって来たな。
「ボォォォア……!」
倒れたフラワリングボアがもがきながら声を上げる。同じ《万象燃えよ》でも、一回目に比べて消費MPは倍だし、その上至近距離で弱点らしき部位に直撃させた。それ相応のダメージは入っている。
私の残存MPは1。魔力欠乏状態にはなっていないものの、若干足元がおぼつかないので初期症状みたいなものがあるのかもしれない。
この状態で戦うのは結構厳しいし、どうかそのまま起き上がらないでほしい。
そう願う私の前でフラワリングボアは無情にも起き上がり――しかしそこで力尽きたようで、崩れるように地面に倒れたのだった。
ブルームボアは花と猪の共存状態。パラサイテッドボアは花が主導権を握った状態で、フラワリングボアは逆に猪が花の主導権を握っている状態です。
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