13:変人舞い踊る
「えっ、えっ!? これどういう状況!?」
突然のことに混乱しているルナはひとまず置いておいて、この状況をどうするかを考える。
PKに関連する概念に関して私はほとんど知識を持っていない。これまでにやったゲームはどれも最初からシステム的にPKが出来ないか、あるいはPKがメイン要素になっているタイプのゲームだった。まあ自分の場合大多数は後者だったから対人戦の経験自体はかなりあるんだけど、問題はそこじゃない。
何をもってPKなのか、PKerの判別方法は何なのか、何をすればPKerになるのか……PKのデメリットそのものと、どこからがPKなのかが分からない。
今の状況で言うなら、今ここでヒメユリをぶん殴る……あるいは魔法で消し炭にしたとして、私はPKerになってしまうのか。それがわからない以上迂闊に手を出せない。
まあ時と場合によってはその辺気にせずブチかますほうがいい時もあるんだろうけど、流石にこんなくだらないことで犯罪者になりたくもないしな……。
「どうにかして無力化かな……ルナ、ちょっとヒメユリの気を逸らす感じで動けるか? 直接の攻撃はしないでいいから」
「りょ、了解!」
ルナがナイフとダガーの二刀流スタイルで走って行ったのを見て、合わせて目くらましとして《燃えよ》を発動。ヒメユリに当たらないように杖を払って軌道を少し逸らしつつ、こちらはこちらで動き始める。
「へえ……ロダメアちゃんだけ見てればいいと思ってたけど、実は君もかなりヤバいね? これは私もちょっと本気出さないとな~……《流水の舞》!」
ヒメユリを中心に、花が開くような青いエフェクトが展開される。攻撃は来ない。自己強化系のバフか……と考えていると、ヒメユリがスッと前方に足を延ばす。
足が地面に着くとそこを中心に先ほどよりは小さな花のエフェクトが出て、ヒメユリは更にもう片方の足を滑らせるように移動させた。
「一歩二歩、三四五六、七に八!」
チャクラムを回しながら足を運ぶ姿はまるで舞い踊っているかのようで――
「これにて九歩――《海淵大瀑布》!」
タンッ、と踏みつけるような一歩とともに、ヒメユリの足元から水が満ち溢れる。それは一瞬のうちに辺り一面を薄く満たし、爆発した。
下から押し上げられるような感触とともに私の身体は宙に吹き飛ばされる。どうやら間欠泉のように噴き上がった水に押し上げられたらしい。
それ自体にダメージはないものの、本命は落下ダメージってことか。まあ私は吹っ飛べるからどうにでもなるんだけど……ルナは助けないと。
「わ、高いところ無理~!!」
「《背押す雄風》!」
斜め下に角度をつけて吹っ飛んでルナをキャッチ。一度上方向に吹き飛んでからさらに勢いを殺して……よし、着地できた。
「ロダメアちゃん変態みたいな動きするねえ……それ使いこなせてる人初めて見たよ」
「まだ吹っ飛んでるだけだ――《拒む壁》!!」
話しながら投擲されたチャクラムの軌道上に壁を展開。攻撃力自体はさほど強いものではないようで、チャクラムの軌道を逸らしても壁は砕けていない。
それならついでに気になることも実践してみるか。
まだ大して使ったことのない《拒む壁》だけど、生成された壁が結構物理的な挙動を取っていたのが少し気になっていた。砕けるというのがまさにそれなんだけど、鞭とかチャクラムとかを防いでる時点で実体として存在していることになるわけで……これ足場にしたり出来るんじゃないかって。
そう思いながら半透明の壁に足を乗せるとしっかりとした感触が返ってくる。行けるなこれ。
壁を足掛かりに跳躍。上空で風を起こしてチャクラムを回避しつつヒメユリに接近する。
「え、魔法使いが自分からこの間合いに来るの?」
「生憎、これが私のスタイルだからな」
ある程度の大きさがある分取り回しは相応に難しいのだろうけど、一つでカバーできる範囲が大きい分潜り込みにくい。
それでもどうにか隙を見つけて懐に入り込もうとし――そこで三つ目の攻撃が弧を描くように襲ってきたことに気付く。
ヒメユリの長髪――その先端に付けられた金色のリング。ただのアクセサリーだと思っていたけど、これもチャクラムらしい。
なるほど、こういう時に武器に使えるようになっているのか。かなり初見殺し的で厄介だけど、身体を回転させる時の遠心力で操っているので軌道自体は読みやすい。
……と、そう思った途端に髪が意思を持っているかのように動き出した。
「なっ……!」
寸前で仰け反りつつ膝を折って回避を行うが、想定外の一撃は避け切れない。
チャクラムが頬を一文字に切り裂いて私のHPが三分の一削られた。掠っただけでこの威力かってことは直撃したら本当にワンパンもあり得るな。
髪が動いたのはスキルなのか魔法なのか、或いはもっと物理的な方法なのか……いや今は方法についてはどうでも良い。とにかく髪が動くことさえ覚えておけば咄嗟の動きでどうにかなる。
というかもうここで決めてしまおう。
「今だ、ルナ!」
「!?」
私の言葉で、ヒメユリは驚いた表情でルナのほうを向く。なにか大技を仕掛けてくるのだと警戒したのだろう。
実際私も同じ状況だったらそうするだろうけど……残念ながら、この状況で一番驚いてるのはルナだ。だって「今だ!」とか言った時点で何の準備もしていなかったから。
その隙をついて魔法を発動する。
「《荒ぶ風》!」
――MP16消費、《荒ぶ風》。
詠唱による魔法行使と無詠唱による魔法行使。それを若干ずらしたタイミングで連続して行うことで、本来一方向に吹き飛ぶことしかできない《荒ぶ風》で回り込むような動きを行う。
ヒメユリの反応速度はかなり速い。私の声に反応してすぐに本命が私だと気づいて体を翻したけど、既にそこに私はいない。
そのままがら空きの背中から手を回し、捕獲。
「あっ、ちょっ、冗談のつもりで」
「《荒ぶ風》」
ヒメユリを羽交い絞めした状態で《荒ぶ風》を発動して一緒に吹き飛ぶ。地獄のフライトの始まりだ。
さて、 そのまま手を放してしまえば勢いよく地面に激突することになるし、いくら相手が高レベルプレイヤーだからと言って無傷では済まないだろう。
しかしそれは硬い地面に落とした場合のこと。場所によってはほとんど無傷で済むはず。例えば……湖とかな。
なんとここにはおあつらえ向きに湖がある。というわけでタイミングを見計らって上空でヒメユリを放し、自分だけは逆方向に風を起こしてふわりと陸に着地。
「ああぁぁぁぁ……」
吹っ飛ばされたヒメユリの声が途切れるのと同時に、湖に大きな水柱が上がったのだった。
クソ雑魚STRの羽交い絞めにレベル差の暴力で抵抗しない時点でそもそも本気で来ていない。
・舞闘スキル
舞闘家系ジョブ特有のスキル。
発動すると地面に足跡が表示され、その通りに足を運ぶことで追加効果が発動していくが一度でも踏み外すとそれ以降の効果が発動しなくなってしまう。
戦う姿が舞い踊っているように見えるので舞闘家自体の人気は高いが、敵の攻撃を避けながらスキルを完遂するのが難しいため人口は少ない。