転生したらまたインコだったかもしれない
五月も下旬に入った
「今日もダラダラできて最高だぜ!休業補償最高!」
今日も今日とてゴロゴロするしかやることがない
何て素晴らしいのだろう
一生これでいいわ。もう元の生活なんか戻りたくないわ
「少しは働いてヒグラシニート」
「ニートちゃうわ。人をセミみたいに言うなよマミー・・・。まだまだ夏は始まったばかりだぜ?ヒグラシにはまだ早いぜ?」
掃除機をゴロゴロする人の身体に当てつつ、冷たい目を向けるのはうちの母
僕に攻撃するのはまだ許そう
しかし!今回は!事情が!事情!
「てか、手にルー子いるんだから少しは加減してくれよ」
僕の手の上には小ぶりなもちもち具合を発揮するセキセイインコの「ルー」が立派にお仕事をしていた
「ああ、こんなところで寝てたの」
「いるよ。僕の手がやはりナンバーワン癒しスポットなのだろうさ・・・」
ルーはまだ生まれて二ヶ月の雛鳥だ
目に優しい黄色のモフモフ羽毛が愛らしい性別不詳のセキセイインコ
まだ飛べやしないけど、最近は自力で粟玉ぐらいは食せるようになるという成長を見せてくれた
が、まだ雛鳥なのには変わりない
今はたくさん食べて、たくさん寝て、ビックなインコになるのがこの子の仕事である
今もまた、餌を食べ眠っている
「一番は絶対小屋」
「正論を言うなよ、正論をよぉ」
「まあいいや。掃除機かけるからどいて」
「無理」
「どけ」
「へいへい」
手を動かさないようにのそのそと亀のように動く
「ぴ」
「あー・・・掃除機の音で起きたんだい」
「あんたが動いたからに決まってるでしょ」
「せやな」
真っ赤な目がこちらに向けられる
ルーの品種は「ルチノー」
真っ赤な目に、黄色の羽毛・・・たまに白い羽毛が混ざっていることが特徴のインコさんだ
もしかして名前もルチノーだからルーなのかと思われたそこの諸兄ら
残念ながら、名づけは適当である
個人的には「よっちゃん」か「そーちゃん」を推していたのだが、母が首を縦に振ることはなかった
イメージカラーもぴったりだったというのに・・・
父が案として「プリン」と名を出したが、ルー子の反応はなかった
ちなみに母の案は菊色だから「きくちゃん」である。渋い
そしてもう一つ。母から妥協案として出たのが「ルー」なのである
最終的に五つの候補を書いたあみだを用意し、ルーに選ばせた
結果、ルーになったわけである
ルーちゃん、ルー君、そしてルー子と多種多様な呼び方をしているが、その全てに一応反応してくれているので問題はないかと思う
「グッモーニン、ルー子」
「・・・・」
「返事ぐらいせえや・・・?」
「・・・・」
まだ眠たそうな赤い目がじっとこちらに向けられてから、再びまだお眠なのか閉じられる
そういうところも可愛いぞと思いつつ、今度は立ち上がる
再び掃除機に吸われないように、椅子に座ってルー子のねんねを見守ることにした
「そういえばその子、今いくつ」
「生後二ヶ月のピチピチベビーさ!」
掃除機をかけ終わった母が問う
買ったのは一ヶ月ほど前。誕生日は三月らしいので生後二ヶ月が過ぎたぐらいだ
ちなみになぜ三月生まれなのか知っているのかというと、買う時の資料で見た
正確な日付はわからないが、大体・・・「彼」と同じ3月13日ぐらいではないかと思う
「へぇ・・・「ホーちゃん」に比べたらまだ小さかね・・・」
「あいつは、ほら、よく食ってたから」
「小さい頃は食べてなかったやろ」
「・・・そうかな。粟玉もりもり食ってたと思うけど」
椅子から見える場所に飾られている写真を見る
青紫色の羽毛に白い頭が特徴的な、何とも言えない間抜けな顔をしたセキセイインコの写真
その中にいるのが、我が相棒「ホー」である
中学生の時に、言い方は悪いが他にどういえばいいかわからない
まあ、なんだ
在庫処分セールでなんとびっくり500円で販売されていたセキセイインコだ
当時の彼は同じカゴに入っているインコに比べて一回り以上小さく、まだ羽も生えそろっていない状態
とどめに、餌の争奪戦に負け続けて自分のか、それとも他のインコの物かわからないフンを食していた
生後一ヶ月を過ぎたのに、まだ挿し餌の世話になるほど小さなインコだったのだ
それを父と買い物に行った時に見つけたのが、彼との出会いである
父が店員さんに話をすると、どうやら明日、安くなるらしい
その時はまだ普通の販売価格だった。それでも千円ぐらいだが
それを聞いた父は、次の日に再び僕を店に連れてホーちゃんを買いに行ったのだ
去年の九月に亡くなるまで、七年間を共に駆け抜けた
共に色々なところへドライブに行ったり
・・・父の怒りを買って、雛鳥のホーと出先に置いていかれこともあった(公共機関を使って自宅まで帰った)
食事の時に黙ってこっちを寂しそうに見る彼の為に、同じ食卓で食事を摂ったり
・・・気が付けば自分の餌ではなく、飼い主のご飯を強奪しに来て争奪戦が始まっていたが
悲しいことがあって泣いていたら肩の上で泣き止むまで待ってくれていたり
・・・その際、目から出た涙を飲んでいたが
こう書いてみると、悪行が目立つインコだがそれでも、僕の親友であり相棒だったことには変わりない
毎日肩に乗せて、色々な話をした
言葉が通じているとは思っていないけれど、何となく何が言いたいのかわかっていた
多分、互いに
「ホーちゃんが死んでから・・・もう半年ね」
「まだ、半年さ」
苦楽を共にした相棒はもうこの世にはいない
約半年前の9月5日に天寿を全うした。七歳。一般的なセキセイインコの寿命だ
世の中には十年以上も生きるらしいが、彼の場合それはないだろうと確信していた
先程も述べたように、飼い主のご飯を狙い争奪戦が起きていた
彼は昔の経験からか不明だが、とても食い意地の張ったインコであり・・・
足音を消して食事に忍び寄ることはもちろん、サイレントで人間の食事を貪っていたことが何度かあったのだ
しかも厄介なことに、奴は自分で小屋の扉を開けることができた
洗濯バサミで補強したが、それでも開ける時があった
食べ物のことになると全力を出す、賢いインコだったのだ
後にも先にも、小屋を開けられるインコは彼しかいない
彼は小屋を自力で飛び出し、置いてあった食事に向かって飛んで行ったり、僕の部屋にあったお菓子の袋の中に入っていたことが何度かあった
それを目撃するたびに止めていたのだが、微量に食べていたことは変わりない
「ルーには人のご飯食わせないようにしなさいよ」
「わかってるよ。でもこいつ・・・」
「どうしたの」
「人のマシュマロを「例の手口」で盗み食いしてたんだけど」
例の手口とは、サイレントで標的に忍び寄り、袋の中に突撃するホーさんお得意の手口だ
まさか生後二ヶ月のインコが使いこなしてくるとは思っていなかったので完全に油断した
しかもマシュマロをルー子の目の前で食べてはいない
・・・なぜ、これが美味しいものだとわかったんだ
そんな手口をいつ、どこで学んできたというのか
「手遅れね・・・」
「一体どこでこんな技術を身に着けてきたんだ二ヶ月児。誰に教えてもらった?頭が白くて青いもふもちわがままボデーのインコか?」
「・・・・」
ルー子からの返事はもちろんない
「この家にまだいるのあの子・・・」
「そりゃいるよ。今ホーさんはオリーブオイルになったんだよ」
ホーさんの死までは少しだけ猶予があった
僕は今、仕事の都合で実家から離れて暮らしている
社会人になってから、ずっとだ
今は、仕事が休みなので実家に戻ってきているのだが・・・仕事が再び本格化したら、向こうが生活の中心に戻る
ホーさんが存命な時は、数少ない休みは全て実家に戻り、ホーさんと遊んでいた
ただいまというと、ぴぃ!と返事を返す
帰って部屋を覗くと、すぐに肩に飛んで話しかけてくれる
おかえり、というように。いなかった日何があったかを話すかのようにずっとしゃべり続けてくれるのだ
しかし夜には帰らなければ次の日の仕事に差し支えるため、一日しか遊べないのが難点だった
帰るたびに、寂しそうにこちらを見るホーさんの顔は今でも忘れていない
向こうの家に着いてから、一度実家に帰宅報告も兼ねて連絡するのだが、ホーさんは僕が帰るたびに一度元気がなくなるらしい
ちなみに、帰る日をあらかじめ教えておけばその日の昼間、凄く元気だったらしい
あの日も、いつもと変わらない一日だったのだ
僕は9月2日まで仕事をして、3日を休んだ
いつも通りホーさんと過ごして、いつも通り帰った
その次の日である4日
ホーさんの体調がおかしくなり、そろそろ危ないという話になった
僕は仕事が終わってからすぐに実家に戻る
そこには昨日とは打って変わって、寒そうに身体を膨らませたホーさんが待っていた
止まり木に掴まる力もないらしくて、箱の中に毛布に包まれて座ったままだった
寒いかもしれないからと、真夏なのにカイロを腹に入れて、自分の服の中でホーさんを温める
腹は熱いけど、ホーさんの方が辛い
前々から老鳥になったタイミングで覚悟はしておきなさいと母から言われていたが、こんな唐突に来るとは思っていなかった
寝るときは流石にどうにもならないから、箱の下にカイロを敷いて、毛布に丸めた状態で寝かせた
次の日の朝。9月5日
箱の中を見ると、ホーさんがいなかった
箱を置いていた机の下を必死に探していたら、新聞を取りに行った父が玄関前まで飛んで行っていたホーさんを抱えて帰ってきた
なんで玄関前に、と思ったと同時に
ああ、今日で最期かもしれないなと悟った
その日も仕事だった
朝から父が気を利かせてくれて、会社まで送ってくれた
正直言おう。集中できなかった
定時に上がり、帰る前に一度実家に電話を入れた
まだ、生きてくれていた
けどすでに動く元気がなくなり、ずっと毛布の中で蹲っているらしかった
早く帰らないといけないのはわかっていた
けど、もうダメなんだ
いなくなるんだと考えるだけで涙が出てきた
すぐに涙を拭って二時間かけて実家に戻る
移動中に既に亡くなっていないか不安で考えるだけで胸が締め付けられた
実家に一番近いバス停から走って実家に向かう
「ホーさん!」
「まだ生きとるよ」
箱の中を覗き込むと、今朝と同じように羽毛を膨らませて蹲るホーさんの姿があった
けど、もう座る元気もないようで
座っているというよりは、毛布にもたれ掛かっていた
時間がないのはわかっていた
ずっと側にいてやりたいけど、僕にもやることがある
明日も残酷なことに仕事だし、今日と同じように朝から会社に向かう準備をしておかないといけない
帰ってきてからすぐに風呂に入って、ホーさんを見守りながら夕飯を食べた
いつもなら沢山食べる食事も、喉を通らなかった
それから最期の時までずっと、ホーさんを左手に乗せて毛布を自分の腕にかけて過ごしていた
最期だと思い、今までの事を話しながら過ごしていた
十時半ぐらいだったか
ホーさんはいきなり、羽をばたつかせ始めた
僕はまだ元気だと訴えるように、最期の抵抗をするように手の上で暴れ始めた
かつて文鳥を飼い、その最期までの瞬間を見ていたからわかる
あの子もまた、死の間際にこうして羽をばたつかせ始めたから
それからはずっと泣きながら暴れるホーさんの上で泣きながら彼を止めた
「もういい。もういいから」
それでも彼は羽ばたきをやめない
浅い呼吸、弱くなった鼓動
その目はまだ死んでいない
「・・・最期ぐらいは飛びたいのかよ」
なんとなく、そう思ったのだ
彼自身、すでに自分の身体を浮かせるだけの羽ばたきをすることはできない
けど、一瞬だけなら飛ばせてやれる
一度だけ、彼が羽ばたいた瞬間に左手を上にあげる
彼の身体が宙に浮く
床に落下させるわけにはいかないから、左手から数センチ。定規一本の長さにすら満たないほどの高さへ上げる
ほんの一瞬だけ、いつも通りとはいかない「飛び」だった
彼の身体を左手で回収できる
「飛ぶの、上手だったぞ」
そう言ってやると、今度は嬉しそうに羽ばたく
彼自身飛び足りないのはわかっていた
それに羽ばたきも先ほどより遅く、浅い息もさらに浅く
感じ取れていた鼓動はもう、わからない
「今はもう休め。起きたらきっと、いつも通り、飛べるから」
彼の身体を撫でると、彼はなんとなく笑った気がした
そして、それは唐突に
彼が再び羽ばたき始める
今度は先ほどまでの比ではない
口はあけられて、ぼんやりしていた目は辛そうに見開かれこちらを見ていた
先程までは何かへ抵抗するかのような羽ばたきだったが、今度は苦しみが伝わるほど、痛そうに辛そうに彼は羽ばたき続ける
「ホーさん!?」
彼を止めようと、触れようとした瞬間
彼の身体が一瞬、小さく動く
羽ばたきは止まり、脚の力がゆっくり抜けていく
直感で理解した。これが最期だ
「つらかったのは終わりだからなあ・・・」
横たわる彼の頭を左手の指先で撫でる
「うちに、来てくれてありがとうなあ・・・」
拭く暇すら惜しくて、彼の青い羽毛に僕の涙が落ちる
目は半開きになっている
昔から人が泣いていると肩に乗ってきて心配そうにしていただけあって、泣いているとホーさんは泣き止むまで待ってくれていた
けど、もうそれはできない
だからせめて、安心させるかのように目を半開きにして、口を開いていた
ホーさんは、確かに笑っていた
「おやすみ、ホーさん」
だから、僕も最期ぐらいは七年間一緒にいた相棒を笑って送り出したかった
帰ってきてからほぼ泣いていただけあって、上手くは笑ってあげられなかったけど
夜の十一時。左手で感じていた重さが少しだけ軽くなる
その瞬間、ホーさんが旅立ったことを理解した
心臓に触れる。もう、動いていない
昔、読んだ本に魂の重さがあるという話を読んだ
だからかもしれない
軽くなった瞬間に、旅立ったことを自覚できたのは
「・・・・・・」
悲しいのは仕方のない話だ
けど、このままにしておくわけにはいかない
今は夏場。気温も湿度も普通に高い
遺体をそのままにするわけにはいかない
保冷バッグの中に、保冷剤を敷き詰めて、タオルで彼の遺体をくるむ
半開きになった目を閉じようとしたが、死後硬直が始まったわけでもないのに閉じてはくれなかった
ずっと、見ていたいのだろうか
もしくは死してなお、僕の事を心配しているのだろうか。仕方のないインコめ
目はそのまま
せめて、開いた口だけは閉じてあげた。まだ、笑ってくれている
タオルの中に、彼のお気に入りの人形と餌を入れて、保冷バッグのチャックを締めた
それから、これからの事を考えた
頭の中を切り替えるのは抵抗がある
けど、切り替えなければいけないのだ
悲しみは取り払うことはできない
その中で頭を必死に動かしながら、今考えなければいけないことを考える
明日も仕事。けど、こんな精神でまともに仕事なんかできるわけがない
明日は普通に仕事をしよう
頑張って仕事をして、次の日の休みを含めて三連休を取ろう
そこで、ホーさんの遺体と、彼が遺したものや、心の整理をしようと考えた
早急に遺体をどうするかも決めなければ
帰宅した父から、お前が決めてやれと言われた
だから、これはホーさんの意思を読み取りながら僕自身が決めなければいけない
火葬して、灰から石にするという技術もあるらしい
これから死後も一緒にいられる。金額も思っていたよりお安い
けど、火葬して灰になったホーさんは果たしてホーさんといえるのだろうか
なんとなくだが、彼の形を崩したくはなかった
剥製にするというのも考えた
けど、それは母が猛反対した
あの子の姿のままで残したいのはわかるけど、あの子も休まらない訳であんた自身も見るたびに今日の事を思い出すことになるから、と
残されたのは、普通に埋葬だった
祖父母の家に、庭がある
そこに埋めさせてもらえないかと話すことも考えたが・・・同時にそれでいいのかと考えた
ホーさんは僕の相棒であり、家族だ
それに、彼自身も離れた場所にいることをよしとしないだろう。何の為に、目を開いたまま旅立ったのだ
心配だから、見ていたいから開けていったのではないか
それならば、遺志に応えてやるべきではないのか
ネットでペットの、小動物の弔い方を調べ・・・プランター葬というものがある事を知る
それならば、これからも一緒にいられる
父にプランター葬の旨を伝えて、土曜日に植木鉢と土を
そしてなぜかオリーブオイルの苗とナデシコの苗を買って
父曰く、植木鉢に土だけじゃ寂しいやろ・・・とのことだ
それから土を作って、保冷バッグからホーさんの遺体を取り出し、遺体をその中に埋めてあげる
最期の別れだ
止まったはずの涙は再び溢れてきた
その後は、泣きながら作業を進めて、オリーブオイルとナデシコを植えて完成
それが去年の九月の話
僕とホーさんの別れの話だ
「大体一年・・・そう考えると、オリーブオイル成長遅かね。ナデシコなんてすでに枯れかけとに」
母の言う通り、オリーブオイルはあまり成長していない
そこは木だから仕方ないだろう
「オリーブオイルさんだって成長してるんだぞ。受粉機会を失っただけで、実る可能性はあったんだぞ!」
「受粉って手作業ね」
「手作業だよ。モスラがいれば違うかもだけど?」
「いい加減アゲハチョウの幼虫の事をモスラって言うのやめんね。あれ蛾よ。蛾。それより、あんたナデシコの後はどうするとね。別の花を植えるとね」
「そうだな・・・」
一方、ナデシコは一年草
しばらくしたら一年経つわけだし、枯れるのも時間の問題だろう
「考えておくよ」
「早く決めるとよ」
「言われなくても」
「ピ」
ルー子がこちらをじっと見つめている
「んー?どうしたルー子。餌か?さっき食べただろ。早いぞ」
「その子、食べる回数多くて小食やろ。お腹すいたんじゃなかとね」
「いや、これは・・・」
ルー子はまだ飛べないくせに人の手から飛び降りて、床を歩く
そして僕の部屋に歩いていき・・・
「ピィ・・・」
自力で、小屋まで戻っていた
開けっ放しにしているから出入りは自由なのだが、これまで自力で小屋に出入りしていたのは、今、ルー子が使用している小屋に前住んでいたインコだけだ
あの子に関して、来た当初から不思議と彼の面影を重ねてしまう
仕方のない話なのかもしれない
ルー子は我が家のペットロスが酷すぎて迎え入れられたインコなのだから
しかしそれだけでは、彼の面影と重なるのはおかしな話だろう
ルー子はホーさんの代わりではない
ルー子は、ルー子だ
けど、ルー子はホーさんによく似ている
会ったこともない、写真だけでしか見せたことのない先輩の行動と同じことをする
まだルー子に教えていない事が多すぎるのに、なぜかルー子はそれをすべて把握している
とても、不思議なインコ
それが、ルー子なのである
まずはルー子との出会いから話さなければならないだろう
ルー子との出会いは、一ヶ月前の事だ
買い物の手伝いで、両親と共に来ていた
父がこっちに来いと言って、ペット売り場の方に歩いていく
母と僕はそれを見てついていき、父が待つセキセイインコの籠のところまで行く
「こいつ、可愛いやろ」
「こいつ?」
「この一人でおる黄色いの」
ホーさんと同じ店にいた、小さなセキセイインコの雛
ホーさん同様羽が生えそろっておらず、食糞していたのが印象的だった
そして、仲間からハブられているのも同じ
羽毛は黄色。ホーさんとは大きく異なる
「可愛いね」
「じゃあ買うか。店員さん!」
僕がそういうと同時に、父はなぜか即決し、店員さんを呼んだ
「え」
「え」
勿論予想外の僕と母は一言しか呟けない
何が起こったかわからないからだ
「はい。どうされました?」
「この子がいい!」
「え」
「わかりました。カゴから出しますねー」
そう言って店員さんはルー子になる黄色セキセイインコを取り出す
「はい。金」
「え」
「後は頼んだ!」
父は後の全てを僕に任せて五千円を手渡しどこかへ行く
まあ、五千円あれば餌も揃えられるだろうし・・・と思ったが、その金額に衝撃を覚えることになる
カゴの前に貼られていたプライスカードは、ホーさんの十倍の金額である
彼の金額に対して、ゼロが一つ増えた形だ
「ふぁっ!?」
「・・・大体五千円。それから税金」
「控えめに言って高いし、五千円じゃ足りねえよクソ親父ぃ・・・・」
「あんたお金・・・」
「あるよ。それぐらい、払えるよ・・・」
母から心配されつつ自腹でもう五千円を支払う
餌代他と生体代の差額を購入
ついでに、誓約書のサインまで書き終えてルー子は我が家に迎え入れられたわけだ
それから、色々と不思議なことがあった
まずは家の間取りをすでに把握しているということ
隙間から、僕の部屋の机の下まで何が、どこにあるのかすでに把握していたこと
強いて言うのならば、ホーさん時代から変化があった場所だけは戸惑っていたと見受けられた
次に、肩乗りの事
これは少しだけ成長してからなのだから、自分で移動が容易になってから僕の手ではなく肩で過ごすことが多い
肩乗りは全く教えていないのにも関わらずだ
家のインコで、肩乗りを根気強く教えたのはホーさんしかいない
そして、自分で家に帰る事
帰り方は全く教えていない
帰巣本能が強くて、家の場所をすでに覚えているから帰るのだろう・・・ぐらいに思って一つ実験をした
結論から言うと、成功した
家の場所を変えても、ちゃんと自分の家に帰れるのかという実験だったが・・・
きちんと成功し、場所が異なっても帰ることが判明した
そして、今現在悩まされている事なのだが
ホーさん同様、食事に対する執着が激しいのだ
ホーさんのこともあって、ルー子には人間のご飯の味は覚えさせていない
最近は出禁を食らい食事の時間には監禁されているが、以前は毎日のように小屋を抜け出して盗み食いをしていたらしい
一体、どこで覚えたんだという話を僕の幼稚園以来の友人に話すと
「ホーちゃんの生まれ変わりじゃ?前世の記憶付き」と言われてしまった
その線は考えたことがなかった
生まれ変わりという概念は信じてはいないが、もし生まれ変わりがあるのなら
彼は今度こそ、美味しいものを食べてもほぼ問題はない人間に生まれ変わるだろうと思ったからだ
「転生したらまたインコだった件ってことか?」
「新たな転生ジャンル開拓」
友人とは幼稚園の時から一緒なのだが、本格的に付き合いだしたのは小学校高学年になった時からだった
それまで互いに「派手な奴だなあ」「変な奴だな」と思っていた
そんな友人とはとあるラノベをキッカケに話すようになった趣味に関してほぼ唯一と言っていいほど話せる貴重な存在だ
まさか、オーバーランしているラノベをキッカケにした関係がここまで続くなんて思っていなかった
そんな友人にこのことを相談したら、ネタを交えながら見解を述べる
「そんな転生嫌すぎる・・・」
「個人差があります」
「あるやろうなあ・・・」
二回も好き好んで飼い主に依存しないといけないペットに転生したいなんて思うのだろうか
他のインコだったら可能性は少なからずあったかもしれない
けど、相手はホーさんだ
ホーさんの場合はあの食欲が糸を引く
「・・・あの飯好きが、もう一度インコに生まれ変わる理由はないだろ」
「なんで」
「あいつは人の飯奪うの。美味しいものを満足いくまで食べられる人間の方がいいに決まっている」
「そうかな」
「そうやろ」
「相変わらず馬鹿だなぁ」
「なにおう」
馬鹿にされた理由がわからないまま、その日はお開きになった
友人に馬鹿にされたその理由は今なら自分で理由を付けることができる
もしも、彼が僕の事をそこまで想っているなら・・・いう仮定の話だから必ずしも合っているとは断言できない
同時に、違うとも言い切れない
僕はそこまで察しのいい人間じゃない。むしろ鈍感な人間だ
人の感情すらうまく理解できない僕が、他人の、ましてやセキセイインコの感情なんて完全に理解に至るわけがない
これは僕自身の中に留めておく想定の話のままでいいのだ
「・・・ルー子」
「ピィ?」
名前を呼ぶと、ルー子は首を捻る
「ルー子は・・・」
「ピィ」
「・・・いや、何でもない。家にいるのなら大人しくしてるんだぞ」
ルー子の小屋にタオルをかけて、暗くしてやる
本格的にお昼寝の時間なのだろう
それならば、暗くしてやらないと
一通り終えた後、椅子に座って溜息を吐く
「何を聞こうとしてるんだ」
ルー子はルー子
たとえ過去のホーさんであり、生まれ変わりであっても今はルー子だ
ホーさん比較することも、ルー子の人格をホーさんだと述べて否定するのもこの子に失礼なことだろう
「また・・・うちには似つかない、賢い子が来たもんだ」
家の間取りを理解しているのはきっと、一度見たら覚える子なのだろう
食い意地が張っているのは、多分この子の個性
だから肩に来る。口の中には餌が入っていると知っているから
転生して、前世の記憶を持っているからという仮定も一ヶ月間の思い出があれば普通に砕くことができる話だ
「あー・・・そろそろ鉢に植える花を決めないと」
スマホを手に取って、花のサイトを見る
ホーさんに似合う、可愛らしい花がいいな
「・・・誕生花とか?」
一人でぶつくさいいながら、僕は3月13日生まれの誕生化を調べていく
アネモネ、フリージア・・・花言葉も花自体もいい感じだが、何にせよ多年草と宿根草
これでは根付いてしまう
一年か二年ぐらいで枯れる一年草か二年草でなければいけないのだ
「・・・これは」
ある花を見つけて、花言葉の意味を見る
「・・・これしかないな」
考えていた条件全てに当てはまった花を、僕はすぐに見つけることができた
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新たに埋める花を決めたのは、かれこれ三ヶ月と少し前の話
9月5日
彼が旅立ってから一年が経った
「ただいま」
「おかえり」
「ほら、食パン」
「どうも。今回はいつまで休み?」
「明日まで。台風来てるし早めに帰るよ」
ホーさんの一周忌は台風が明日には上陸するような悪い天気だった
けどまだ、雨は降っていない
「仕事はどう?」
「ぼちぼち。普通に忙しいよ」
七月ぐらいから仕事も少しずつ忙しさを取り戻していき、僕も向こうで過ごすことの方が多くなった
ルー子と過ごす時間が少なくなったのは悲しいが、一人で餌を食べられるようになっているし、母が困ることはない
「ピィ」
「ただいま、ルー子」
半年という時間は遅いようで早いもので
雛鳥だったルー子も立派に若鳥になってしまった
もしゃもしゃだった産毛は生えそろい、優しい黄色の羽毛は更に美しくルー子の身を包んでくれていた
・・・歩いてきたということは、翼の方はまだ生えそろっていないらしい
音も立てず歩いてきたルー子は人の足の甲に乗り、ズボンを伝って肩まで登ってくる
そしてふんぞり返った後、耳元で話し始めた
言葉にならないけど、文句を言われていることぐらいはわかる
最近帰ってこないものだから、こうして帰ってくるたびにルー子に文句を言われるようになった
帰ってきてから文句というか、その日の話をしてくれる辺りはホーさんによく似ている
全く、誰に教えてもらったんだか。僕は教えていないぞ
そんなルー子は、最近性別が判明した
セキセイインコの性別はおおよそ半年ぐらいで判明するから、やっとわかったという安心感と「またか」という残念さが混ざっていた
「オスのインコはおしゃべり大好きだな」
「うちのインコはオスしかおらんね・・・」
「・・・脱走インコの事忘れてやるなよな?」
家で飼っているセキセイインコは三羽だが、トータルすると五羽
ホーさん、チロ、リン、キー、ルーの五羽
その中で、ホーさんは寿命で、リンは脱走。すでにこの家にはいない
脱走も脱走してやるという意思が伝わるほど確信的な脱走だった
その脱走したリンだけが、メスのセキセイインコだった
他は全員オス
「・・・うちのインコは種類も違うしね」
「オパーリンアルビノ原生種ハルクインルチノー・・・うわあ、個性豊か」
「被りがないのはいいことね」
「覚えやすいすい」
全員同じ姿じゃなくてよかったと思う
・・・正直、間違うだろうから
「そういえば、花はどうすると」
「買ってきた」
「何を買ってきたの。たくさん生えるのは・・・」
「一年草を選んでいるから平気平気」
そう言って袋から出したのは・・・青い花の苗
「・・・これ何」
「蝦夷菊」
「なんでそう堅苦しい名前の花を・・・」
「アスター。こういえば可愛いだろ?」
「まあ・・・で、なんでこれを?」
「花言葉は信頼。それと色的にもホーさんカラーだし丁度いいかなって」
本当はもう一つの花言葉で選んだのだが、母には言わない
僕はホーさんを信頼している。それは一年経っても変わらない
多分、死ぬまで変わらない
変わるとしたら、僕が頭を強く打ち付けて記憶喪失になってホーさんのことを忘れてしまった時だけだ
長い人生の中の、たったの七年だけのセキセイインコにそこまでかける理由があるのかと問われれば、僕は「ある」と即座に答えるだろう
断言したっていい。他者から見た「たったの七年」は、僕にとって「大事な七年」なのだ
「まあ、色合い的にもいい感じ」
「だろ?」
「でもまあ、ホーさんの色ではない」
「青紫とかなかなかないので」
「都合よくないもんね。紫陽花ぐらい?」
「小さいのあるらしいけど・・・どうする」
「ナメクジでそうだからいいや」
「それ土地が関係してるだろ・・・まあいいか」
ルー子を手で捕獲して、アスターの苗を置くためにベランダの戸を開く
作業はしばらくしてからでいいと思い、出てすぐのところに袋を置いて戸を閉めた
それから捕まえていた手を開いて、ルー子を自由にする
「ぴぃぃぃ」
「怒んなって。ごめんって。お前逃げたらカラスに食われるんだぞ。いいのかよ」
「ピィ・・・」
「よくないよな」
「ピギョギョギョピギョピピピピピ」
「すまん。何言っているかわからない。日本語で頼む」
「無茶言わない」
母のチョップが頭にさく裂し、ルー子は母の指の上に乗る
「ピギョイ」
「飼い主キモイ・・・?ルー子、そんな言葉どこで・・・」
「なかなか帰ってこない飼い主に暴言の一つや二つ吐きたくなるわね。ねえ、ルーちゃん?」
「傷つくからやめろぉ・・・死地から帰ってきた僕をいじめないでくれぇ・・・」
一応わかってはいるが、母がこんな暴言を教えているわけではない
ましてや父でもない
勝手に覚えてくるのだ。どうせテレビだろうけど
ホーさんも最近殺したとか唐突に言い始めるし、いつ、どこで何を覚えるかわからないから要注意すべきだ
飼い主より賢いインコたちの学習能力を舐めてはいけない
「ピギョギョギョ?」
「ルー子ぉ・・・」
再び僕の指の上に戻り、首をかしげる当の本人
「・・・お前、自分が何を言ったかわかってないな!可愛い奴め!」
「ピギョイピギョイ」
顔に指を近づけそうになって、ふと危ないと思い指を止める
インコは頬を撫でられるのがお好き・・・とは言うが、残念ながらルー子はそれに当てはまらない
頬を撫でられるのがお好きだったのはホーさん。頭も撫でられるのが好きだった
けど、ルー子はそれだけは断固拒否の姿勢を見せた
代わりに、ホーさんが決して触らせてくれなかった胸を触らせてくれる
指全体に羽毛が広がる
ふわふわ感に心奪われ、頬が緩む
一方、ルー子は無表情で僕の事を見つめている
何が楽しいんだこの飼い主はと言わんばかりに
「もふいぞもふもふもふふふふ。もふふふふふふふ、もふふふふふ。ルーちゃんもふもふもふふふふふ・・・」
「気持ち悪い歌を歌わない。ルーちゃんが覚えたらどうするの」
「一緒に歌う」
「二十歳過ぎた人間が何を言うかと思えば・・・幼稚園ぐらいで卒業してくれない?」
「そこまで?」
「そこまで」
母の冷たい目が向けられる
「・・・ルー子。お前はやればできる。さあ、さっきの歌を復唱だ」
「腹いせで本格的に教え込むような子に育てた覚えはありません」
「そんな事しでかすのがお前の子供やで、マミー」
「どこで教育間違えたのやら」
「小学生の時、学校の滑り台から同級生に突き落とされて頭打ち付けたのが決定的だと思うよ」
「完全に私が預かり知らぬところじゃないの」
「そうともい・・・ったぁ!?」
「ピギョ」
胸を撫でまわし続けたせいでルー子のご機嫌が斜めになってしまい、軽くかみつかれる
まだ加減を知らないので、結構きつめだ
ルー子がふふんと得意げに笑った気がする
「・・・痛いぞ、ルー子」
「ピギョイ」
「すまんな。セクハラ大好き飼い主で。お前の胸が魅力的で魅惑的なのが悪いんだぜ?」
「ピギョォ・・・」
完全に人でなしを見る目である
「・・・植木鉢の作業でもして来るかな」
「いってら」
ルー子を指から指に移動させて母に渡す
哀愁漂う背中を向けつつ、再びベランダへ
オリーブオイルの木が植わっている
そこに彼が眠り続けている
「ホーさん」
「・・・・」
名前を呼んでももう返事は帰ってこない
それでも構わず、作業に取り掛かりながら話を続ける
「ルー子からいじめられたわ」
「・・・・・」
「自業自得ってか」
黙々と作業を続けていく
明日には台風が来るというのに、気持ち的な意味では今日実行すべきなのだろうけど、普通はもう少し天気が落ち着いた時にすべきではないかと思う
「ホーさん、もう一年だぜ」
「・・・・」
「飼い主は一年前から全く成長してないぞ」
「・・・・」
「だから、これが丁度いいと思ったんだよ」
アスターの苗を植木鉢に植える
これで作業は終わり
空を仰ぐと、曇り空が広がっている
天候は怪しい。これは色々と早く切り上げて帰らないと、明後日の仕事に差し障る
「ホーさん」
青いアスターのもう一つの花言葉は
「・・・貴方を信じているけど心配。常日頃のお前にぴったりじゃないか」
思い返せば長いようであっという間に過ぎた常に一緒にいた七年間
それはある意味、彼なりに心配していたんじゃないかなと思っている
飼い主とペットとしての信頼関係はしっかりしたものだと思っている
けど、飼い主が自分よりも幼稚でヘタレで、泣き虫で
ホーさんはペットにしては世話好きで、面倒見がいいしっかり者のインコだった
ある意味バランスの取れた迷コンビだったのかもしれない
「なあ、ホーさん」
「・・・・」
「・・・お前が転生するなら、人間だよなあ」
「・・・・」
「転生したらまたインコだったと仮定した時、お前は」
お前はまた、僕のところに来たいと
この家に戻って来たいと思ってくれたという認識でいいのだろうか
「なんてな。この家に来ても、もう人間の飯は食わせないぞ」
手に着いた泥を払って、ゆっくり立ち上がる
「まあ、たとえルー子がお前の生まれ変わりでも、ルー子はルー子でお前はお前。似たような行動するけど、それだけだからな」
「・・・・」
「生まれ変わりであっても、もう僕の知るホーさんは空の彼方だ」
だから、同一視はしない
生まれ変わりなんて、信じない
「とにかくだ。気が向いたら肩は開けておくから帰ってこい」
「・・・・」
左の手のひらも、左肩もホーさんの特等席だ
ルー子はそこに滅多なことがない限り近寄らない
肩に乗るときは右肩。指を移動するのも僕相手だと右手だけだ
「・・・実は生まれ変わりじゃなくて、先輩幽霊インコとしていたりな」
「・・・・」
「自分で言ってなんだが、早く成仏しろよ。地縛霊になるぞ?」
「・・・・・」
返事はもちろん帰ってこない
「まあいいか。地縛霊になっても土地は植木鉢的な意味で移動するし、実質浮遊霊・・・」
「・・・・」
「そろそろ行かないと。じゃあな、ホーさん。また仕事に行ってくるわ」
「・・・」
「寂しそうに見送るなよ。帰る気失せるし」
「・・・・」
「たまには背中押せ。そして信じろ。お前の飼い主、ここぞというところはちゃんとするからな」
「・・・・」
「信用に値しない?してほしかったら昼寝癖直せって?疲れ目酷いんだよ。色々と対策してるけど、眠い時はうっかり寝てしまいそうになる。あ、仕事中寝てないからな?寝かかってるだけだからな!カフェインで乗り切ってるからな!?」
一人で会話を繰り広げながら、必死に弁明する
大丈夫。うちの会社にはコーヒーメーカーがある
出勤日はぐびぐび飲んでいる
コーヒーと言えば、ふと思い出す
新卒時代の教育を担当してくれた先輩もよくコーヒーを飲んでいた
まさか、あの時は飲めなかったコーヒーが飲めるようになるとは・・・しかも好きなコーヒーがエスプレッソになるなんて、二年前の僕は予想だにしていなかっただろう
ゲームの影響もあるだろう
影響を受けやすいオタクなのは自覚している。イタリアマフィアが悪い。グランドルートで選択肢ミスったら唯一死ぬマフィアが悪いよ。FD延期したの泣いたよ
ホーさんは、母のインスタントコーヒーをよく強奪していたな。本来ならいけないだろうに、こいつときたら・・・
「先輩辞めてそろそろ二年か。色々と苦労させられたな。もう一人の先輩に」
教育担当の先輩の仕事は、なぜか新卒時代の僕に大半が押し付けられたのは記憶に新しい
「・・・ホーさん。僕、今年も頑張ったんだぜ」
二重計上とか、取り漏れとか、はたまた過剰請求とか
「数えきれないぐらい奴らのケツ拭ったのによぉ・・・正当な評価が欲しいね」
今の会社は楽しいが、あの会社で出世したいかと言われたらしたくない
胃に穴が開きそうだ
酷さぐらいは会社を辞めたら、これをネタに一本書いてやりたいレベルだ
あの酷さ、ネタの宝庫とか思っていないと精神的にやられる
しかし同時に、そんなネタに尽きない、刺激的で面白い会社をまだ楽しみたいと思ってしまうような僕の精神面を見る限り、相当狂ってしまったことを自覚する。ああ元からか
・・・しばらくは辞められなさそうだ
色々と落ち着いて、転職しやすい環境になるかはたまた仕事に飽きたら辞める計画を立てよう
「飼い主、もうしばらく頑張るからさ。今年も見守っていてくれよ」
そう言って、僕は再び家の中に戻る
一年経っても忘れない。これから先も、ずっと覚えているだろう
この家に、ホーさんがいたことも。僕の相棒が生きていた七年間を
かつての相棒と、よく似た行動をするルー子がいることも
そして何よりも、共に過ごした七年間を
「プギョーン」
「ルー子・・・なんだ、その鳴き声」
ベランダから戻って来た僕の足に乗り、ルー子は首をかしげながら僕の顔を覗く
上に上がりたがっているようだ
右手の指を差し出すと、ルー子はそこに飛び乗る
僕の顔の前まで持ち上げると、ルー子は黙って人の顔を見続ける
そして、正面を向きなおして一声
「ピーチャン!」
「お前もピーちゃんか!?」
「ピ」
「うちのインコはどいつもこいつもピーちゃんだな!世襲制か?ルイなのか?」
「ギョイ」
「なるほど。五世な。お前も「僕には、ピーちゃんの名を冠するのは相応しくないので、二世・・・じゃなかった。五世を付けてもらいたい・・・」みたいな口か?」
「ギョ」
「ほうほう。じゃあピーちゃんよ」
「ぴぎゃぁ?」
「ルー子、わざとじゃないんだ。本当にごめん。痛いから噛まないでくれ・・・」
思い通りにならなかったのでルー子は人の親指をガミガミする
「すまんすまん。ほらルー子。向こうに行こう。帰るまで時間があるから向こうで遊ぼう。お前、百均の星好きだろ?鈴もあるぞ」
「ぴょぎょ」
「ハンガーもつけてやろう。帰るまで相手をしてやるからな」
「ぴぎゃ!」
飼い主渾身の提案を一蹴し、一足先に飛んで僕の部屋に向かう
途中で床に降り立ち、そこから再び足で駆けていく
「なぜそこで嫌がる!?なぜだ!待ってくれ!」
「・・・いなければ静かでなんか寂しいけど、いればうるさいわね。あんた」
「すまんな!おい、待ってくれ!ルー子ぉ!」
情けない声を出しながら、インコの背を追う人間
「ピギョォ?」
「・・・・お前さぁ」
追いついた先では、ルー子が色々とえらい目に遭っていた
ホーさん
もし、ルー子に語り掛けられるのなら一つだけ頼みがある
もう少しだけ、落ち着きを持ってくれ・・・と!
飛ぶのに失敗して、小屋の裏の隙間にハマったルー子を救い上げ、不服そうな顔でこちらを見るルー子の胸に指を埋める
「アホめ」
「ピ?」
「そこも可愛いからいいけどさ」
まだまだ半年だ
これから先、ルー子がどう成長するかなんて見えない
今はきちんと飛べないけど、一年経てばきっと飛べるようになっているだろう
「お前はまだ発展途上なんだから、無茶して怪我するなよ」
「ピョ」
「ならばよし。ほら、ハンガー揺らしててやるから乗りな」
「ピョヨヨ」
ルー子がハンガーに乗ったことを確認して、小さく揺らす
何年先かわからないけど、ルー子もいつか僕より先にいなくなる
それでも、ルー子がこの家に来てよかったと思えるような人生を送らせてやるのが僕の仕事だ
ルー子は半年間見る限り、賢いツンデレのようだ。かなり手がかかりそう
それでも
「ギョイ!」
「手が止まってる・・・ああ、すまんすまん。ほれほれ、ゆれるぞよー」
「ピュリュリュ」
それでも、ルー子は僕の元に、この家に来たんだから最期まで責任もって面倒を見るさ
「お前は世界一かわい・・・うむ?」
なんだか寒気を覚える。真夏だというのに
しかも・・・なんなんだ。左肩が重いぞ・・・
まさかお前・・・本当に・・・・!?
「・・・お前はめちゃんこ可愛いインコ」
「ギャブ!?」
「ああ。お前も世界一って言われたいタイプか」
「ぎょぎょい」
「ああもう。仕方ないな」
ルー子の抗議。左肩の謎の重量感
それを踏まえた上で、僕が言える言葉は一つだけ
「ホーさんもルー子も、僕にとって世界一可愛いインコだよ」
満足そうにこちらを見て、再びハンガーの元で待機するルー子
左肩の重さは消えて、再びハンガーを使った遊びをルー子とする
ホーさんがいなくなって一年
僕はルー子と楽しく生きる
彼の思い出を、ルー子とのこれからの思い出を
そして、ホーさんがいなくなってからの喪失感も
全て抱いて、また一年を過ごしていく
おまけ
母 「そういえば、あんた」
僕 「なにさ」
母 「よくあの子たちの言いたいことわかるわね。なんで」
僕 「顔に出てるじゃん。わかりやすいよ。特にホーさん」
母 「何を言っているかわからない・・・」
おしまい