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サキュバトクラシー  作者: 竹取翁
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6 ミズキ先生、魔導の説明をする

 竜崎の方から話を振ってきた。

「魔導のことを教えてください」


 ミズキは魔導士であることを隠してこの塾に潜入している。そんなヤツが魔導のことをペラペラ喋るのは不自然だ。というわけで、魔導について一般的によく知られていることだけを話すことにする。


「君は月が二つ見えるのか?」


 魔導は使える人と使えない人とがいる。両者を手っ取り早く区別する方法があって、それは月が二つ見えるかどうか訊くことだ。


「それ、よく耳にするけど、どういう意味なんですか? どうして魔導を使える人は月が二つ見えるんですか?」


 魔導の素質がない場合うさぎが餅つきしている月しか見えない。素質があればもう一つ月が見えるはずだ。


「理由は諸説あってハッキリとわかってない。ただ言えることは、『あの月』が天体としての性質を全く欠いていることだ。太陽光線を反射して輝いているわけじゃないこと、物質でできておらず質量を持たないこと、したがって潮汐力や月食などの形で地球に影響を与えていないこと、自転していないこと、極めつけは地球の周りを回っていないこと」


「衛星とは言えないわけですね。私は二つ見えます。母が母ですから」


「魔導を医療に役立てられる医者になれたらいいな」


「はい、だから幻想分子魔導に興味があるんです」


 幻想分子魔導論の説明に入る。まずは宗教と科学の違いについて大雑把にわかってもらわねばならぬ。


「魔導は宗教や科学同様、世界を記述する手段の一つだ。『神』という言葉を使って世界を説明しようとするのが宗教、『神』を使わずに説明するのが科学。宗教で一番大事なのは神を信じる心、一方科学に信仰心は必要ない。この違い、わかるか?」


 説明は単純で大げさなくらいがわかりやすい。正確さを犠牲にしてでもだ。


「『病気が治ったのは神様のおかげ』と信じるのが宗教で、『病気が治ったのは神ではなく手術や薬のおかげ』と考えるのが科学、そういう意味ですか?」


「その理解で合っている。ポイントは、その手術や薬の効果を信じようと信じまいと関係ないってことだ。俺たちが信じようと信じまいとペニシリンはバイ菌を殺す。理科で教わることはみんなそうだ。俺たちが信じようと信じまいと地球は太陽の周りを回っている。……わかるか?」


 長広舌をいったん切って相手の理解を確かめる。竜崎は頷いた。


「多分理解できてると思います。石灰石に塩酸をかけると必ず二酸化炭素が発生する。そういうことですね?」


「そう、誰がいつどこで何回実験を行なっても必ず二酸化炭素が発生する。これは『再現性』といって、科学の科学たる所以だ。再現性があるから科学は技術に応用できる。車や飛行機、テレビ、ケータイ、全部科学の再現性を利用した技術だ。スマホは仏教徒だろうがキリスト教徒だろうがイスラム教徒だろうが正しく操作すれば正しく作動する」


 宗教と科学を極端な言葉で定義した。次は魔導だ。


「魔導は宗教と科学の中間にある。幻想分子学派と呼ばれる魔導士たちは自分の魔導論を科学の一分野と位置づけているが、認めていない科学者も多い。まず魔導は使える人と使えない人がいる。次に魔導は魔導士の素質によって結果が異なる。魔導で作られた製品も使用者の素質によって効果は違ってくる。わかるか?」


「『再現性』がないってことですか?」


「再現性ゼロってわけじゃないんだ。でも中途半端なんだな。魔導で作ったライターは余程のことがないかぎり火を起こしてくれるが、使用者の素質や幻想分子の分布によっては水を噴き出したり風を吹かせたりする場合もある。それでも魔導の製品は分野によっては工業製品を押してるよな。人類社会の役に立っているからだ」


「それって要するに得体のしれない技術ってことですよね? 危険性はないんですか?」


「兵器を除けばって前提だが、魔導の施術者や被術者への実害は今のところ報告されていない。公害と呼ぶべき環境被害も起こっていない。もちろん今起こってないことが、将来も起こらないという保証にはならないけどな」


「サキュバスが使うのも魔導なんですよね? あれは有害じゃないんですか? そもそも存在自体が有害じゃないんですか?」


 そう来たか……。


 この子はサキュバスという存在にいい感情を抱いていない。今日初めて知り合っただけのミズキが百万言尽くしてサキュバス擁護論をぶっても暖簾に腕押しで終わるだろう。それがわかっていても、何も話さないわけにはいかない。


「有害か無害かは俺にはわからないな。人間にとって有害でも自然界全体として有益な生き物だって存在する」


「ヤブ蚊がそうですよね。あれって血を吸うの、メスだけらしいですよ」

 刺々しい。どうにもならぬ。


「そりゃ初耳だな。メスは産卵のため膨大なエネルギーを必要とする。だからかもな」


 必死に話題を逸らそうと明後日方向にハンドルを切るが、竜崎は乗ってこなかった。


「蚊が食物連鎖の中で役割を果たしているのは知ってます。でもサキュバスにも同じことが当てはまるとは思えません」


 感情的なサキュバス悪玉論先にありきなので打つ手無しだ。肯定すれば母親を敵に回し、否定すれば生徒と対立する。賛も否もよろしくない。


「サキュバスの役割、存在理由か。自分でそれを調べてみるのもいいんじゃないか? 我々塾の人間は君の研究のサポートにあたる。もちろん君が望めば、だけど」


 毒にも薬にもならない言葉で誤魔化す。この話題にはこれ以上踏み込まないという意思表明でもある。ミズキの意図を彼女が正しく理解したかどうかはわからない。


「わかりました、考えておきます」


 つまらなそうな面持ちで竜崎が言って、教室のアラームが鳴った。竜崎の初体験授業はかくして終了、母親の意に反し、彼女の貞操はとりあえず守られた。

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